必要な時に必要な力を出せれば
 
それで、よし
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
全身全靈でサボる
 

無駄な力を抜き最低限の力で動く

そして

必要なパワーを必要な時に瞬時に出す
 
 

それが裏ニュートラル
 =
泳ぐように生きる
全身全靈でサボる



+++++++

 
 
楽をしたい=怠ける
 
という公式、わかります。言いたいことはわかります。



でも、別に怠けるとかぐうたらしたいと言うわけではないのです。


 
 
 
無駄な力みや動きをなくす
省エネのフォームを身につける
残ったエネルギーを速く/長く動くためのエネルギーに回せる



こういうことです。
 
 
 
力まずに出来る


それは、そのやり方が自分に合っているからです。
 
 
 
私には私の骨格や肉や神経やリズムがあり、その動きに任せていたら自ずとうまく廻るようになっています。
 
 

だから、全身全靈でサボるのです。何もしないと言うことではないのです。
 

 

 
 

↑↑↑
全身全靈でサボりながら
生きているなぁと思います
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

あー…




やっとだ…





3年前に起こした左股関節炎症や膝の捻挫から今日に至るまで、快調から縁遠かった肉体





昨夜、久しぶりに負傷する前のほぐれている感じを味わいました





一つ一つ蘇る記憶で筋肉の細胞がぷちんぷちんと弾け懐かしい感覚を思い出していく私と今の体にすっかり慣れてほぐれていた感覚を忘れている私の割合が変わっていく様は、エスプレッソにミルクを入れたカフェラテの様な感じ





長かった…





からだ・こころ・ことばの連動性を自身の体で日々確認し実証した3年間





それは追々、書かないかもしれないけど、書くとして





今はその連動性を脳と肉体の中で整理整頓されるのを待つとしましょう




 
 

『人も動物も虫も植物も鉱物も物も全て同じ、普遍的な愛がある』

 
 
 

普遍的な愛

基本的に恋愛感情も性的感情もない

対象に対しても思いの違いはない

唯一、例外の人がいて、その人はたまたま実在の人間で男

その人にだけ恋愛感情も性的感情も全てがある

 

 

 
 
これが私の中にあるセクシャリティ、これをカテゴライズするとこのようになるようです。
 
 
 
 
・パンセクシャル
・パンロマンティック
・デミセクシャル
・デミロマンティック
・クワロマンティック 
 
 
 
 
 
そして、これらを包括して《Aスペクトラム》と言うそうです。このAスペクトラムの中にもいくつかありまして、私はAceスペクトラム(アセクシャルスペクトラム)Aroスペクトラム(アロマンティックスペクトラム)です。
 
 
 
 
 
個人的にはカテゴライズはしなくてもいい、というか、そもそもカテゴライズすることは難しいと思っています。
 
 
 
 
 
私は上記のようにカテゴライズしましたが、セクシャリティは一つのカテゴリーの中にもグラデーションがありますし、組み合わせは星の数ほど。私が唯一無二の存在であるように、セクシャリティもその人特有のものなので、土台カテゴライズは無理なんですよね。
 
 
 
 
 
 
 
でも、現状は「男と女」しかいなくて「異性愛」が当たり前思われているので、そんなことないよと知ってもらうために必要だなと思っています。
 
 
 
 
 
 
てか、そもそもなんで自分の性の嗜好を口にしなきゃならないのよ、なんだっていいじゃないのよ。余計な御世話よね。
 

 

 

 

こちら私の好きな漫画↓↓↓

おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!

 

 
 
 
 
 
私は、私のことを知ってもらいたいのでセクシャリティやジェンダーに限らず自分を発表しています。
 
 
 
 
 
 
 
私をわかってもらいたいわけではなく、ただ私を知ってもらいたいだけです。なので、カミングアウトはしたい人がすればいい
 
 
 
 
 
 

しなくてはいけないものではない←ここ大事です
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
いずれカテゴリーはなくなる、その移行期間である今を楽しく過ごしたいと思っています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 
 
 
 
 

 

 

私はノンバイナリーです。

 

 

 

 

 

ですが、長い間、自身の性別で悩んでいることに氣がつきませんでした。

 

 

 

 

 

ただ常になんとも言えない不安定さに苦しんでいたのは確かで。それに加えて自分のセクシャリティが人と違うことでも悩んでいたので、そちらが優位になって氣付かなかったのだと思われます。

 

 

 

 

 

 

慢性的な肩こりは肩こりと自覚しないのと同じように、慢性的な悩みは自覚できなくなるのでしょう。

 

 

 

 

 

そんな中、昨年の春、ひょんなことから自分がノンバイナリーであることを知りました。

そして、つい最近、「女の人になろう」と決めました。

 

 

 

 

 

ノンバイナリーだけど女

 

 

 

 

 

女ならノンバイナリーじゃないんじゃないの?という声も上がりそうですが、そうでもないんです。宇多田ヒカルさんと同じ感じなのかわかりませんが、多分そうであろうかと。多分。

 

 

 

 

 

 

こちらは、私がノンバイナリーと自覚した時に出会い、ノンバイナリーと分かってもモヤモヤした私を落ち着かせてくれたエッセイコミックです。

 

 

 

 

 

自身の性などモヤっている物事が明確な人もいれば、私のようにモヤっているものがあるのはわかるけれど何に対してモヤっているのかわからない人もいると思います。それが↑こちらの本で色々わかりました。ありがたや。

 

 

 

そんなわけで、モヤっている何かがわかるきっかけになったらいいなという思いもあり、自分のことを記していこうと思います。よかったら読んでください⭐︎