無事
自宅や実家の状況が全くわからないまま、次の日になった。
夫がやっとスマホを持ってきてくれた。
聞いてみると、自宅は問題なし。何事もなかった。
…どころか、家族は誰も、地震があったことすらその時は気付かなかったらしい。
一日を忙しく過ごし、夜にテレビを観て初めて知ったのだそう。
何事もなく良かった。
後に聞いた話で、お互いの実家も多少物が落ちたりしたが、大きな被害はなかったそうだ。
むしろその後の計画停電や、ガソリン不足、流通が止まったための物不足のほうが大変だったそうだ。
昨日の病院の揺れは何だった?
ここは、人工島にあるため、特別によく揺れた様だ。
陸地はほとんど揺れなかったと。
皆の無事が確認でき、通信手段も元通り。
ひとまず安心だった。
Android携帯からの投稿
夫がやっとスマホを持ってきてくれた。
聞いてみると、自宅は問題なし。何事もなかった。
…どころか、家族は誰も、地震があったことすらその時は気付かなかったらしい。
一日を忙しく過ごし、夜にテレビを観て初めて知ったのだそう。
何事もなく良かった。
後に聞いた話で、お互いの実家も多少物が落ちたりしたが、大きな被害はなかったそうだ。
むしろその後の計画停電や、ガソリン不足、流通が止まったための物不足のほうが大変だったそうだ。
昨日の病院の揺れは何だった?
ここは、人工島にあるため、特別によく揺れた様だ。
陸地はほとんど揺れなかったと。
皆の無事が確認でき、通信手段も元通り。
ひとまず安心だった。
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イヤな時間
揺れがおさまっても、しばらく病室内は、ざわざわしていた。
向かいのベッドの方は、この病院は、当時の震災に耐えられたが、同じ系列のもう一つの病院は、中層階が潰れ、大きな被害がでていたことを教えてくれた。
外の景色を見ても、空と無機質なビルしかみえず、この地区の被害状況がわからない。
しばらくしてテレビを見ると、混乱している状況が明らかだった。
ここは関西なのに、こんなに揺れた。震源は東日本。相当大きな地震があった事は想像ついた。
気がつけば大津波警報がでている。
実家は東日本だが、内陸地で津波は心配していなかったが、自宅は海が近い。
ハザードマップでは、津波注意地区だ。
ますます、義母と子供達が心配でならない。ひとりで何も出来ないまま、そわそわしていた。
その内、看護師さんが血圧を測りに来てくれた。
病院内はいたって通常通りの時間が流れていた。
それによって、私は冷静さを保つ事が出来た。
今、私が観ているテレビは、どれも津波に襲われている中継ばかりだ。
看護師さんが「ちょっとみせてもらってもいい?」と、報道が気になるようだった。
余りの衝撃映像に、お互い言葉を失った。
夜になると、帰宅難民のニュースが流れた。
義父も、実父も、まだ現役で勤めている。帰宅難民…、心配だった。
本当にイヤな時間だった。
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向かいのベッドの方は、この病院は、当時の震災に耐えられたが、同じ系列のもう一つの病院は、中層階が潰れ、大きな被害がでていたことを教えてくれた。
外の景色を見ても、空と無機質なビルしかみえず、この地区の被害状況がわからない。
しばらくしてテレビを見ると、混乱している状況が明らかだった。
ここは関西なのに、こんなに揺れた。震源は東日本。相当大きな地震があった事は想像ついた。
気がつけば大津波警報がでている。
実家は東日本だが、内陸地で津波は心配していなかったが、自宅は海が近い。
ハザードマップでは、津波注意地区だ。
ますます、義母と子供達が心配でならない。ひとりで何も出来ないまま、そわそわしていた。
その内、看護師さんが血圧を測りに来てくれた。
病院内はいたって通常通りの時間が流れていた。
それによって、私は冷静さを保つ事が出来た。
今、私が観ているテレビは、どれも津波に襲われている中継ばかりだ。
看護師さんが「ちょっとみせてもらってもいい?」と、報道が気になるようだった。
余りの衝撃映像に、お互い言葉を失った。
夜になると、帰宅難民のニュースが流れた。
義父も、実父も、まだ現役で勤めている。帰宅難民…、心配だった。
本当にイヤな時間だった。
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あの日
入院生活の中で、鮮明に覚えている日がある。
入院から1週間近かった。
仰向けで寝たきりの状態から、少しずつ上体を起こす許可が出始めた頃だ。
とは言ってもまだまだ仰向けに近かった。
お昼を済ませ、特に予定もなく自分の時間を過ごしていた。
室内の他の患者さんはそれぞれご家族が面会に来ていて、賑やかだった。
私は、面会は週末だけ。義母が子供達の世話をしに自宅に長期滞在してくれているが、なにせ私の外部との唯一の連絡手段である携帯電話は、スマホに変えてもらうため夫に預けたままだったから、義母ともまだ連絡は直接とっていなかった。
ぼんやり窓の外を眺めていると、ブラインドが僅かに揺れている。
風かな?と思ったが、よく見るとそのブラインドは2枚ガラスの間にあり、直接風は当たらない。
「あ、地震だな~」
よくあること、と思っていたが揺れはどんどん大きくなり、忙しく動き回っている看護師さんが気付くほど、大きく揺れた。
病棟内がざわざわしていた。
一瞬、ここが以前大きな地震にみまわれた地区であることが思い出された。
しばらく揺れた後、静かに収まった。
今避難するような事になっても私は動けない。
いざという時は、ムリヤリ歩いてみるか?
いろいろな不安が湧き出てくる。
すると、隣の患者さんの面会に来ていた方が、カーテン越しに私に声をかけてくださった。
「大丈夫ですか?」
この部屋で唯一独りで過ごしていた私を気遣って下さった。
いろいろな事にビクビクしていた私は「大丈夫です。ありがとうございます」と言うだけだった。
そうやって、見ず知らずの者に声をかけてくださった事が本当はありがたかった。
アレコレ会話も交わしたかったが、お喋りが止まらなくなりそうだった。
それもアンマリみっともよくないかな~と一瞬思ったら、短くお礼を言ったまま、言葉が途切れた。
しかし、声をかけて頂き、不安がふっと消え去った。
今度は、自宅に手伝いに来てくれている義母や、ちょうど帰宅時間帯の子供達が心配になった。
ところが心配したところで、通信手段がない。
もし、自宅の方が被害が大きくて避難するような事になっていたら?義母は、土地勘がない。初めて来ている地域だ。
子供の学校で引き取り指示が出ていたら?義母はそれを知ることはできるのか!?
何より、かつて震災したこの地、義母はさぞかし怖い思いをしているだろう、とか心配が尽きなかった。
ここは
阪神淡路大震災での被災地であり、
そしてこの日は
2011年3月11日だった。
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入院から1週間近かった。
仰向けで寝たきりの状態から、少しずつ上体を起こす許可が出始めた頃だ。
とは言ってもまだまだ仰向けに近かった。
お昼を済ませ、特に予定もなく自分の時間を過ごしていた。
室内の他の患者さんはそれぞれご家族が面会に来ていて、賑やかだった。
私は、面会は週末だけ。義母が子供達の世話をしに自宅に長期滞在してくれているが、なにせ私の外部との唯一の連絡手段である携帯電話は、スマホに変えてもらうため夫に預けたままだったから、義母ともまだ連絡は直接とっていなかった。
ぼんやり窓の外を眺めていると、ブラインドが僅かに揺れている。
風かな?と思ったが、よく見るとそのブラインドは2枚ガラスの間にあり、直接風は当たらない。
「あ、地震だな~」
よくあること、と思っていたが揺れはどんどん大きくなり、忙しく動き回っている看護師さんが気付くほど、大きく揺れた。
病棟内がざわざわしていた。
一瞬、ここが以前大きな地震にみまわれた地区であることが思い出された。
しばらく揺れた後、静かに収まった。
今避難するような事になっても私は動けない。
いざという時は、ムリヤリ歩いてみるか?
いろいろな不安が湧き出てくる。
すると、隣の患者さんの面会に来ていた方が、カーテン越しに私に声をかけてくださった。
「大丈夫ですか?」
この部屋で唯一独りで過ごしていた私を気遣って下さった。
いろいろな事にビクビクしていた私は「大丈夫です。ありがとうございます」と言うだけだった。
そうやって、見ず知らずの者に声をかけてくださった事が本当はありがたかった。
アレコレ会話も交わしたかったが、お喋りが止まらなくなりそうだった。
それもアンマリみっともよくないかな~と一瞬思ったら、短くお礼を言ったまま、言葉が途切れた。
しかし、声をかけて頂き、不安がふっと消え去った。
今度は、自宅に手伝いに来てくれている義母や、ちょうど帰宅時間帯の子供達が心配になった。
ところが心配したところで、通信手段がない。
もし、自宅の方が被害が大きくて避難するような事になっていたら?義母は、土地勘がない。初めて来ている地域だ。
子供の学校で引き取り指示が出ていたら?義母はそれを知ることはできるのか!?
何より、かつて震災したこの地、義母はさぞかし怖い思いをしているだろう、とか心配が尽きなかった。
ここは
阪神淡路大震災での被災地であり、
そしてこの日は
2011年3月11日だった。
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