CLEOPATRA Ⅷ  -36ページ目

ノストラダムス






今日は卒論についてせっせと考えた。

やらねば・・・。



ノストラダムスといえば大予言。

これはいわゆるペンネームで、本名はミシェル・ド・ノートルダム。

ノストラダムスとはノートルダムのラテン語読み。

成功ゆえに彼の偽物が登場するなど、当時から注目を集める人物であった。


頭がずば抜けてよかった彼は医学を学びその道に進むのであった。そんな彼の、初期の代表的な著作は 『化粧品とジャム論』。

なんともかわいらしい。

初版の正式名は

『若干の魅力的な処方についての知識を得たいと思う全ての人々にとって優良かつ大変有益な二部構成の小論集。第一論文は顔を麗々しく、一層美しいものにするための美顔料や香料の作り方。第二論文は目次で多く言及されている通り、蜂蜜、砂糖、濃縮ワインなどをたっぷり使ったいくつかのジャムの作り方の手ほどきを示すもの。プロヴァンス州サロン・ド・クローに住む医学博士ミシェル・ド・ノートルダム師が新たに編纂し、新しく公刊されたもの』


長い。

お料理好きの方はぜひにも参考していただきたい。




化粧





美しくありたいというのはいつの時代も変わらぬ願望である。

美とはそれだけで力を持ち、時には歴史おも動かす。歴史上の英雄たちの周りには必ず美女が登場するし、美しさゆえに悲しい人生を送ったもの、美しさで世の中を動かそうとした物など、とにかく、美しさとは力なのだ。



女のたしなみ、特権、楽しみと言えば化粧。

女性たちにとって、本来の美しさを引き立たせるだけでなく、それをすることによって女性は精神的にもハイになることができるし、なりたい自分のをプロデュースしてくれる本当に魔法のアイテムたちなのだ。



ファンデーションにチーク、アイライナーに口紅・・・。

古代には化粧とは呪術的に、体を自然から守り、美しさを求めて男性も女性もするのが一般的であった。

ギリシア時代にももちろん化粧という文化はあったが、彼らの考える美とは本来の健康的な美しさであり、人工的に作られた美しさには否定的であった。いかにも哲学的なギリシア人の考えそうなところである。確かにそれを言われたらおしまいだが、女心がまるでわかっていないと思う。



ということで古代ギリシアでの化粧と言えばもっぱらヘタイラ(神殿娼婦)がせっせと行っていたという。

髪の毛を染め、美白ブームに乗って、鉛白のおしろいをはたいてた。

やはり男性を迎えるにあたって努力がなされていたのだろう。当時のヘタイラというのは大変身分が高く、女性の身分が低かったギリシア時代では珍しく自由な存在だった。学園へ足を運び、差サロンを設け、知識も豊富でお相手をした権力者にアドバイスをするほど。こんなに自由だったのだからさぞ華やかな香りを身にまとい、華美な化粧をしていたのだろう。



ローマ時代になると化粧に関心の薄かったローマ人もギリシアを征服するにあたって、河床が伝わり、化粧熱が盛り上がることに。この時代には化粧はもう否定されるどころか、堂々と行われ、貴婦人達はその美しさを競っていた。侍女たちに囲まれて、ネロ帝の妻ポッパエアは化粧に半日も費やしていたという。



化粧の腕に精神的美しさが伴えば本当の意味での力を発揮するだろう。




ギリシアにおける信託



(デルフィ)






今日の運勢は?

全体運に恋愛運に仕事運・・・

占いって朝の番組から雑誌にとあまりにもあふれていて、気にしてないようで気にしてしまう。

信じてないとか言いながらその通りになってしまったり。そしてペース崩したり逆に調子乗ったり。



どんなに科学は発展しても、人はどこか占いを信じ、よりどころとしているのだ。



世界どこの文明であれ、神々の存在を信じ生活も神々とともにあった。

厳しい掟を人間に課し、人間が愚かなことをすると罰を与え滅ぼそうとする神を信仰する民族、万物に神を見出しそれぞれに違った権力を持たせた民族、特に神々が人間的で多くの物語をもたせる民族などなど。



そんな神々に捧げ物をし、人間は神のご機嫌をとってきた。

そして人間の行く末を神に尋ねる。

これが占いである。



先にも触れた、神々が人間的で多くの物語をもたせた民族の占いについて紹介しよう。

かつてのギリシア人は大きな国を持たず都市国家に分かれて分立していた。しかし、この民族は同じ言葉を話し、同じギリシア文化圏に属していた。文明開化以前の日本みたいな感じかな。みんな日本人っていう意識はなかったけど、方言はかなり違えど、同じ言葉を話し、みんなキモノにサムライ、ゲイシャは共通点。

こんな感じでギリシア世界も個々の利害をこえて信仰の中心地や神域を共有していたわけ。

こうした信仰と宗教の中心はギリシア全土にわたって存在し、神は信託という形で人間に語りかけると考えられていた。


そこで有名なのが「デルフィの信託」。

そこではピュティアゆう巫女がアポロンの神託を人々に伝えていました。

写真のようにピュティアは神殿内の小さな部屋の中で、青銅の三脚台腰をおろす。

そこは神殿といっても洞窟で、地面には割れ目があり、そこから蒸気が出ている。

蒸気を吸い込み、やがて神がかった状態になったピュティアは言葉を口に・・・。

その言葉はまるで意味のはっきりしないもので、これを神官が聞いとり解釈され、質問者に書留が渡されるのである。


アポロンは未来を教えたりはしなかったが、はっきりとした質問には答えを出して、それぞれの状況でどの道を選んだらよいか、質問者に助言を与えたという。

そこには市民だけでなく王やポリスが進退をかけた質問を持ち込んだのは有名である。


テルモピュレーで、300人の部下とともに死をもってしてギリシア諸国の勝利に大きく貢献したレオニダス王もここでの信託に、覚悟を決め、戦いに臨んだ。

「王が死ぬか、国が滅びるか。」


GoogleにYahoo!がある私たちは国の運命ほどの大問題でなくても

それなりの神託は受けられる。

どんな信託でも常に前向きに、

信託を自分の願いを叶えるためにうまく利用しない手はない。

でもどんな時も一番信じるに値するものは自分自身である。