化粧
美しくありたいというのはいつの時代も変わらぬ願望である。
美とはそれだけで力を持ち、時には歴史おも動かす。歴史上の英雄たちの周りには必ず美女が登場するし、美しさゆえに悲しい人生を送ったもの、美しさで世の中を動かそうとした物など、とにかく、美しさとは力なのだ。
女のたしなみ、特権、楽しみと言えば化粧。
女性たちにとって、本来の美しさを引き立たせるだけでなく、それをすることによって女性は精神的にもハイになることができるし、なりたい自分のをプロデュースしてくれる本当に魔法のアイテムたちなのだ。
ファンデーションにチーク、アイライナーに口紅・・・。
古代には化粧とは呪術的に、体を自然から守り、美しさを求めて男性も女性もするのが一般的であった。
ギリシア時代にももちろん化粧という文化はあったが、彼らの考える美とは本来の健康的な美しさであり、人工的に作られた美しさには否定的であった。いかにも哲学的なギリシア人の考えそうなところである。確かにそれを言われたらおしまいだが、女心がまるでわかっていないと思う。
ということで古代ギリシアでの化粧と言えばもっぱらヘタイラ(神殿娼婦)がせっせと行っていたという。
髪の毛を染め、美白ブームに乗って、鉛白のおしろいをはたいてた。
やはり男性を迎えるにあたって努力がなされていたのだろう。当時のヘタイラというのは大変身分が高く、女性の身分が低かったギリシア時代では珍しく自由な存在だった。学園へ足を運び、差サロンを設け、知識も豊富でお相手をした権力者にアドバイスをするほど。こんなに自由だったのだからさぞ華やかな香りを身にまとい、華美な化粧をしていたのだろう。
ローマ時代になると化粧に関心の薄かったローマ人もギリシアを征服するにあたって、河床が伝わり、化粧熱が盛り上がることに。この時代には化粧はもう否定されるどころか、堂々と行われ、貴婦人達はその美しさを競っていた。侍女たちに囲まれて、ネロ帝の妻ポッパエアは化粧に半日も費やしていたという。
化粧の腕に精神的美しさが伴えば本当の意味での力を発揮するだろう。
