社会寸評:日本男児・少年法・セクハラ・・・ひどい社会ですね!
社会寸評:日本男児・少年法・セクハラ・・・ひどい社会ですね!
●日本男児: かつて日本は混浴だった。なぜ混浴でも女性が困らなかったと言うと、お風呂で日本男児は決して女性の方を見なかったからだ。だからといって性欲がなかったわけではない。
風呂でチラチラ見える女性に刺激されて「おい、吉原に行かないか?」と横の男に声をかえた。でも、風呂場で女性の方を見る男性は殴られたものだ。当時、女性が着替えるときに部屋に鍵をかけるということはなかった。女性が着替えるのを見ようとするような男性はこれも殴られたからだ。
「してはいけないことはしない」というのが日本人のもっとも特徴的で高貴な規律だ。貝塚のモースは明治初期にこの日本文化を高く評価している。それは今でもそうだ。
・・・・・・・・・
●少年法: 少年法というのがある。最近、「いくら少年でも凶悪犯は名前を出すべきだ」ということも言われるが、よく考えなければならない。子供のころ、私たちは間違いを犯すものだ。もう、体は一人前でも心は成長期であることが多い。
わたしのように教育を担当していると、何か事件が起こったときに社会が「そんなことは許されない」というのに違和感を覚える。私たちが相手にしている生徒や学生は「未完成だから教育を受けている」のであり、その未完成の部分を直すのが私たち教師の役割だ。
「そんな学生は止めさせてしまえ!」と言われることもあるが、私はかつて「大学修道院説」を唱えて学生を教授会の処罰から守ったことがあった。退学させてしまえばその学生は落ちていくだけだが、せめて大学に留まってくれれば更正の可能性を残す。
私たち大人は成長期の子供を暖かく守る必要がある。
・・・・・・・・・
●セクハラ セクハラというのは単に体を触ったとかいう具体的なものだけではない.この世に男女がいる限り、いろいろなことが起こるが、男女だからといって何か特別な不利を被らないようにというのがセクハラの防止だ。
女性の場合、男性より「男女のつきあい」で女性の方が傷つく。時には一生の問題になり、人生を失う女性もいる。セクハラというのはそう言う陰湿なことも含めて「性で不当な損害を受けないように」という私たちの願いである。
男女が共同で社会を作っていくときには、男女それぞれの人権、立場、社会的慣習、性的区別をハッキリさせて、明るい社会を作っていかなければならない。
・・・・・・・・・
●事件と考え方 最近、日本男児にあるまじき(暴露した男性)、少年法の思想にあるまじき(週刊誌)、そしてセクハラ防止にあるまじき(週刊誌とその後の報道)ことが報道され、19才の女性が大きな被害を受けつつある。ある報道では「男女のつきあいをばらしたのも問題だが、過去を隠していたのもいけない」と言っているファンの声を紹介していた。
私は次のように思う。
1)男女のことを暴露した男性は日本男児ではない。まして相手の女性が高校生の時のことだ。卑劣この上ない、
2)このことを取り上げた週刊誌は日本の週刊誌ではない。週刊誌は社会の指導的立場にある。それを止めるなら出版をしないことだ、
3)このことを取り上げた週刊誌、報道、ネットは大人ではない。尻馬に乗っただけだから許されるわけではない、
4)人を評価するときに、その人の現在であり、過去を問題とか本人が回復せざることについて、誹謗中傷することは絶対に許されない、
5)教育関係では、高校時代の男女というものや、大人になって高校時代のことを暴露するということについて、法律面や日本文化という意味でどのような教育をするか、
6)女性の男女関係を本人の同意無く明らかにすることは、セクハラであり、犯罪であり、それを報道するのも犯罪幇助である。社会の約束は文面より精神が大切だ。
だから、まず、暴露した男性は謝罪し、週刊誌は記事を取り消して報じた週刊誌を回収し、ネットの記事も削除し、女性の所属する団体は処分を取り消し、あるいは暴露した男性、週刊誌などを犯罪および犯罪幇助で取り調べる必要がある。
・・・・・・・・・
まずは、犯罪面で西洋的に考えた後、私は「してはいけないことをしない」という日本の最大の倫理を思い返し、大人がこの日本の文化を守るという決意をしなければならないと思う。高校生のセックスもこのような悲劇を生むことも教えて行く必要がある。
また、ネットなどでは「男子として恥ずかしい」ということが主体だが、私は同時に、少年法、セクハラなど私たちが作ろうとしている「善良な日本社会」について、もう少し踏み込んで声を上げるべきと思う。また教育界もコメントを出すべきだ。
日本の子供の大半はまだ日本の優れた文化を継承している。それを社会の指導層の一つである週刊誌が壊してはいけない。お金がすべてではないし、この日本が「売れれば良い」というような文化に犯されてはいけない。
中部大学武田邦彦
(平成24年6月20日)
●日本男児: かつて日本は混浴だった。なぜ混浴でも女性が困らなかったと言うと、お風呂で日本男児は決して女性の方を見なかったからだ。だからといって性欲がなかったわけではない。
風呂でチラチラ見える女性に刺激されて「おい、吉原に行かないか?」と横の男に声をかえた。でも、風呂場で女性の方を見る男性は殴られたものだ。当時、女性が着替えるときに部屋に鍵をかけるということはなかった。女性が着替えるのを見ようとするような男性はこれも殴られたからだ。
「してはいけないことはしない」というのが日本人のもっとも特徴的で高貴な規律だ。貝塚のモースは明治初期にこの日本文化を高く評価している。それは今でもそうだ。
・・・・・・・・・
●少年法: 少年法というのがある。最近、「いくら少年でも凶悪犯は名前を出すべきだ」ということも言われるが、よく考えなければならない。子供のころ、私たちは間違いを犯すものだ。もう、体は一人前でも心は成長期であることが多い。
わたしのように教育を担当していると、何か事件が起こったときに社会が「そんなことは許されない」というのに違和感を覚える。私たちが相手にしている生徒や学生は「未完成だから教育を受けている」のであり、その未完成の部分を直すのが私たち教師の役割だ。
「そんな学生は止めさせてしまえ!」と言われることもあるが、私はかつて「大学修道院説」を唱えて学生を教授会の処罰から守ったことがあった。退学させてしまえばその学生は落ちていくだけだが、せめて大学に留まってくれれば更正の可能性を残す。
私たち大人は成長期の子供を暖かく守る必要がある。
・・・・・・・・・
●セクハラ セクハラというのは単に体を触ったとかいう具体的なものだけではない.この世に男女がいる限り、いろいろなことが起こるが、男女だからといって何か特別な不利を被らないようにというのがセクハラの防止だ。
女性の場合、男性より「男女のつきあい」で女性の方が傷つく。時には一生の問題になり、人生を失う女性もいる。セクハラというのはそう言う陰湿なことも含めて「性で不当な損害を受けないように」という私たちの願いである。
男女が共同で社会を作っていくときには、男女それぞれの人権、立場、社会的慣習、性的区別をハッキリさせて、明るい社会を作っていかなければならない。
・・・・・・・・・
●事件と考え方 最近、日本男児にあるまじき(暴露した男性)、少年法の思想にあるまじき(週刊誌)、そしてセクハラ防止にあるまじき(週刊誌とその後の報道)ことが報道され、19才の女性が大きな被害を受けつつある。ある報道では「男女のつきあいをばらしたのも問題だが、過去を隠していたのもいけない」と言っているファンの声を紹介していた。
私は次のように思う。
1)男女のことを暴露した男性は日本男児ではない。まして相手の女性が高校生の時のことだ。卑劣この上ない、
2)このことを取り上げた週刊誌は日本の週刊誌ではない。週刊誌は社会の指導的立場にある。それを止めるなら出版をしないことだ、
3)このことを取り上げた週刊誌、報道、ネットは大人ではない。尻馬に乗っただけだから許されるわけではない、
4)人を評価するときに、その人の現在であり、過去を問題とか本人が回復せざることについて、誹謗中傷することは絶対に許されない、
5)教育関係では、高校時代の男女というものや、大人になって高校時代のことを暴露するということについて、法律面や日本文化という意味でどのような教育をするか、
6)女性の男女関係を本人の同意無く明らかにすることは、セクハラであり、犯罪であり、それを報道するのも犯罪幇助である。社会の約束は文面より精神が大切だ。
だから、まず、暴露した男性は謝罪し、週刊誌は記事を取り消して報じた週刊誌を回収し、ネットの記事も削除し、女性の所属する団体は処分を取り消し、あるいは暴露した男性、週刊誌などを犯罪および犯罪幇助で取り調べる必要がある。
・・・・・・・・・
まずは、犯罪面で西洋的に考えた後、私は「してはいけないことをしない」という日本の最大の倫理を思い返し、大人がこの日本の文化を守るという決意をしなければならないと思う。高校生のセックスもこのような悲劇を生むことも教えて行く必要がある。
また、ネットなどでは「男子として恥ずかしい」ということが主体だが、私は同時に、少年法、セクハラなど私たちが作ろうとしている「善良な日本社会」について、もう少し踏み込んで声を上げるべきと思う。また教育界もコメントを出すべきだ。
日本の子供の大半はまだ日本の優れた文化を継承している。それを社会の指導層の一つである週刊誌が壊してはいけない。お金がすべてではないし、この日本が「売れれば良い」というような文化に犯されてはいけない。
中部大学武田邦彦
(平成24年6月20日)
野田佳彦に見る政治家失格の条件・・・「私たちにできること」は野田佳彦を政治家と認めないこと
野田佳彦に見る政治家失格の条件・・・「私たちにできること」は野田佳彦を政治家と認めないこと
民主党の「書いてある公約」には次のようになっています。
[
Bandicam_20120612_082436694]
ここには、1)マニフェストで国民に約束した重要政策を政治の意思で実行する、2)「税金のムダ使い」を再生産している今の仕組みを改め、新たな財源を生み出す、とあります。
この「国民に約束した重要政策」はマニフェストの1番、つまり「国の総予算207兆円を全面組み替え。税金のムダづかいと天下りを根絶します。議員の世襲と企業団体献金は禁止し、衆院定数を80削減します」です。この中で310議席をもっている民主党だけでできることは「議員の世襲と企業献金の禁止」、「衆院定数の80削減」です。もともと政治家は自らの行動を他人の責任にすることはできませんが、自分だけでできることもしないのですから、政治家とはいえません。
また「官僚が抵抗する」というなら、「誰がどのように抵抗したか」を公表することは政治家には可能です。私たちは選挙における投票を大切にしなければならないし、今まで「投票に行きましょう」と呼び掛けた人も声を上げる責任があります。
これは野田佳彦が街頭演説しているもので、「書いてあることは命懸けて実行する」と国民に言っています。この前には「政治家は国民との約束を守らなければいけない」という趣旨の事を言い、さらに「まして文字に書いて国民に約束したことは、命をかける・・・つまり、もしやらなければ自分の命を差し出す・・・(現代では)政治家を辞める」と明言しています。
しかし、野田佳彦は政治家としてではなく、普通の日本人としても「嘘つき」か「詐欺師」というのがふさわしいでしょう。言葉が汚いということや、非難がきつすぎるということもありません。もともと「嘘つき」とか「詐欺師」という日本語が存在するのは、このような時にそれを的確に表現する必要があるからです。これほど矛盾したことを言う政治家はほとんどいません。
[
Bandicam_20120612_110201732]
さらに演説は続くのですが、「そこから始めなければ、消費税を引き上げる話はおかしいんです」といっています。そばで森山さんという人がたすきを掛けて聞いています。天下の公道でマイクを使い、国民に呼び掛けているこの2つの発言は、国民が「忘れてはいけないし、不問に付してもいけない」という内容です。
今や、「増税」という形で国民はその財産を奪われようとしています。野田佳彦が議員として私たちの代表になり、権力を持つに至ったのはこのような「ウソ」だったのです。再び刑法236条を示します。
●刑法246条 詐欺罪 「人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。」、
・・・・・・・・・
ことがここまで来たら、私たちは野田佳彦を政治家と認めないという断固たる立場を取る必要があります。またその野田佳彦と同調している民主党、自民党、公明党もまた政治家ではありません。本来、政治家としては認められない人を相手に交渉をして同意するというのは本人も政治家としての矜恃を持っていないことを示しています。
まず「私たちにできること」、それは「政治家の資格要件は、口から出たことを違えない」ということをハッキリし、野田佳彦の言動は無視し、報道は見ないということをまずは実行することです。
野田佳彦の政策や政治的言動は政治家の発言ではありませんから、報道するマスコミな雑誌を買わないということや、自民党、公明党に抗議をするなどが私たちにまずはできることです。民主主義というのはお殿様がいるのではなく、私たちがその意思を具体的な形で示すことです。それは「デモ」や「革命」でもありますが、普通の生活の中でできることです。
野田佳彦の政策について論評してはいけないと思います。もちろん野田政権が決めた原発再開を「実行する人」は国民にはいないと思います。
「tdyno.146-(7:38).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年6月18日)
民主党の「書いてある公約」には次のようになっています。
[
Bandicam_20120612_082436694]ここには、1)マニフェストで国民に約束した重要政策を政治の意思で実行する、2)「税金のムダ使い」を再生産している今の仕組みを改め、新たな財源を生み出す、とあります。
この「国民に約束した重要政策」はマニフェストの1番、つまり「国の総予算207兆円を全面組み替え。税金のムダづかいと天下りを根絶します。議員の世襲と企業団体献金は禁止し、衆院定数を80削減します」です。この中で310議席をもっている民主党だけでできることは「議員の世襲と企業献金の禁止」、「衆院定数の80削減」です。もともと政治家は自らの行動を他人の責任にすることはできませんが、自分だけでできることもしないのですから、政治家とはいえません。
また「官僚が抵抗する」というなら、「誰がどのように抵抗したか」を公表することは政治家には可能です。私たちは選挙における投票を大切にしなければならないし、今まで「投票に行きましょう」と呼び掛けた人も声を上げる責任があります。
これは野田佳彦が街頭演説しているもので、「書いてあることは命懸けて実行する」と国民に言っています。この前には「政治家は国民との約束を守らなければいけない」という趣旨の事を言い、さらに「まして文字に書いて国民に約束したことは、命をかける・・・つまり、もしやらなければ自分の命を差し出す・・・(現代では)政治家を辞める」と明言しています。
しかし、野田佳彦は政治家としてではなく、普通の日本人としても「嘘つき」か「詐欺師」というのがふさわしいでしょう。言葉が汚いということや、非難がきつすぎるということもありません。もともと「嘘つき」とか「詐欺師」という日本語が存在するのは、このような時にそれを的確に表現する必要があるからです。これほど矛盾したことを言う政治家はほとんどいません。
[
Bandicam_20120612_110201732]さらに演説は続くのですが、「そこから始めなければ、消費税を引き上げる話はおかしいんです」といっています。そばで森山さんという人がたすきを掛けて聞いています。天下の公道でマイクを使い、国民に呼び掛けているこの2つの発言は、国民が「忘れてはいけないし、不問に付してもいけない」という内容です。
今や、「増税」という形で国民はその財産を奪われようとしています。野田佳彦が議員として私たちの代表になり、権力を持つに至ったのはこのような「ウソ」だったのです。再び刑法236条を示します。
●刑法246条 詐欺罪 「人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。」、
・・・・・・・・・
ことがここまで来たら、私たちは野田佳彦を政治家と認めないという断固たる立場を取る必要があります。またその野田佳彦と同調している民主党、自民党、公明党もまた政治家ではありません。本来、政治家としては認められない人を相手に交渉をして同意するというのは本人も政治家としての矜恃を持っていないことを示しています。
まず「私たちにできること」、それは「政治家の資格要件は、口から出たことを違えない」ということをハッキリし、野田佳彦の言動は無視し、報道は見ないということをまずは実行することです。
野田佳彦の政策や政治的言動は政治家の発言ではありませんから、報道するマスコミな雑誌を買わないということや、自民党、公明党に抗議をするなどが私たちにまずはできることです。民主主義というのはお殿様がいるのではなく、私たちがその意思を具体的な形で示すことです。それは「デモ」や「革命」でもありますが、普通の生活の中でできることです。
野田佳彦の政策について論評してはいけないと思います。もちろん野田政権が決めた原発再開を「実行する人」は国民にはいないと思います。
「tdyno.146-(7:38).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年6月18日)
だまされるエネルギー2 地熱発電はどうだろうか?
だまされるエネルギー2 地熱発電はどうだろうか?
この頃、日本の「指導的立場の雑誌」というのは「ゴロ」の一種ではないかと思うことがある。先日、ある雑誌で「地熱発電は有望だ。アイスランドでは電力の4分の1が地熱発電.日本でできないのは温泉業者が反対するからだ」というような趣旨の記事があった。
これほどばからしい記事に感心する人がいたらその方が問題とは思うけれど、書く方も書く方だろう.アイスランドの人口は30万人。日本の人口で考えれば、地熱発電は0.06%である。現在、日本の地熱発電量は約50万キロワット、電気設備総量の1.8億キロワットの約0.3%で、すでに日本の地熱発電はアイルランドの5倍である.
記事ではこのような定量的な数字は一切無く、ただアイスランドの大使の「日本でも地熱発電が有望だ」というコメントを出している。読者を馬鹿にするのも・・・という感じだ.
官僚の世論誘導というのはこう言うのを言うのだろう.NHKもわかっていて地熱発電が有望だとか、アイスランドがやっているなどという番組を組むに相違ない.視聴者は近くに電卓がない、電力の常識が無い、どうせ視聴者はバカだという前提で番組作りをするからだ
大規模な地熱発電がなぜダメなのかというと、きわめて簡単で「熱した岩石から熱を取って電気を起こす」のだが、熱を取った岩石はすぐひえる。「温泉が枯れる」のと同じである.岩石はそれほど熱容量(熱を抱いている量)は多くないから、熱を奪うと冷える.
ところが、地下に差し込んだパイプはおいそれと熱いマグマに差し込めない.第一、材料が持たないし、第二にマグマの中に突っ込むだけの巨大な機械を地下深くに持って行くことができない。
だから、熱い岩石層を通ってきた熱水などを利用するのだが、温泉ならともかく、発電所のような巨大なものを動かすことは出来ないので、火力、原子力が100万キロワット規模なのに、地熱はその20分の1も行かない.
温泉業者が反対したり、国立公園の開発の問題があるのはむしろ当然である.石炭、天然ガスがまだまだ1000年もあるというこの時期に、わざわざトリックをかけて日本の自然を壊そうと言うのだから、日本の将来より別のことを考えているのだろう。
エネルギー産業は東電のように巨大だから、自分が有望だと思ったら国のお金を当てにしないで、自分で有望な電力源を開発するのが良い。またすでに私たちは電気代の0.15%を「電力の将来の研究のために」拠出している.これも報道されないが.
「jinetutdyno.141-(5:37).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年6月16日)
この頃、日本の「指導的立場の雑誌」というのは「ゴロ」の一種ではないかと思うことがある。先日、ある雑誌で「地熱発電は有望だ。アイスランドでは電力の4分の1が地熱発電.日本でできないのは温泉業者が反対するからだ」というような趣旨の記事があった。
これほどばからしい記事に感心する人がいたらその方が問題とは思うけれど、書く方も書く方だろう.アイスランドの人口は30万人。日本の人口で考えれば、地熱発電は0.06%である。現在、日本の地熱発電量は約50万キロワット、電気設備総量の1.8億キロワットの約0.3%で、すでに日本の地熱発電はアイルランドの5倍である.
記事ではこのような定量的な数字は一切無く、ただアイスランドの大使の「日本でも地熱発電が有望だ」というコメントを出している。読者を馬鹿にするのも・・・という感じだ.
官僚の世論誘導というのはこう言うのを言うのだろう.NHKもわかっていて地熱発電が有望だとか、アイスランドがやっているなどという番組を組むに相違ない.視聴者は近くに電卓がない、電力の常識が無い、どうせ視聴者はバカだという前提で番組作りをするからだ
大規模な地熱発電がなぜダメなのかというと、きわめて簡単で「熱した岩石から熱を取って電気を起こす」のだが、熱を取った岩石はすぐひえる。「温泉が枯れる」のと同じである.岩石はそれほど熱容量(熱を抱いている量)は多くないから、熱を奪うと冷える.
ところが、地下に差し込んだパイプはおいそれと熱いマグマに差し込めない.第一、材料が持たないし、第二にマグマの中に突っ込むだけの巨大な機械を地下深くに持って行くことができない。
だから、熱い岩石層を通ってきた熱水などを利用するのだが、温泉ならともかく、発電所のような巨大なものを動かすことは出来ないので、火力、原子力が100万キロワット規模なのに、地熱はその20分の1も行かない.
温泉業者が反対したり、国立公園の開発の問題があるのはむしろ当然である.石炭、天然ガスがまだまだ1000年もあるというこの時期に、わざわざトリックをかけて日本の自然を壊そうと言うのだから、日本の将来より別のことを考えているのだろう。
エネルギー産業は東電のように巨大だから、自分が有望だと思ったら国のお金を当てにしないで、自分で有望な電力源を開発するのが良い。またすでに私たちは電気代の0.15%を「電力の将来の研究のために」拠出している.これも報道されないが.
「jinetutdyno.141-(5:37).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年6月16日)