増税案に賛成票を投じた民主党議員は次の選挙で立候補できない
増税案に賛成票を投じた民主党議員は次の選挙で立候補できない
2009 年の総選挙で民主党議員は「増税しない。する前に天下り全廃や議員定数80削減をする」と第一公約で言って当選した.それなのに公約をすべて破棄し、正反対の増税案に賛成票を投じようとしている.
マニフェスト選挙と言われ、マニフェストの全部ができないことはあるだろうが、ほぼ全部を行わず、正反対の政策を進めるのだから、「詐欺」、「嘘つき」、「人格無し」、「お金だけ」・・・形容詞が見つからないぐらいだ.
これほど民主主義、選挙制度をバカにしたことはないだろう.いったい、選挙で有権者はなにを判断して投票するのだろうか? たとえば次の選挙で民主党議員の政策を聞いてもまったく無意味である.むしろ「当選したら反対の政策を進める」と考えなければならないし、別の表現をすれば「当選したら何をするかわからない人」、「どうせウソをつく人」だから、投票することができない。
増税案に賛成した議員も立候補できないだろう。というのは、立候補しても選挙演説で何を言っても、「実施しない」ということを国会の投票で「身をもって証明」しているのだから、何を言ったら良いかわからないはずである。
ところで、民主党の政治家は「何をやりたかった」のだろうか? 減税? 政治改革? 天下り禁止? 高速道路無料化?? ・・・なにも政治はやりたくなく、ただ1期4年で稼ぐことができるとされている4億円が欲しかったのだろう. それならそれで自分たちの政策を頑張り、「何もできなかった」の方がまだましだ。
増税案に賛成して次の選挙に出る民主党議員はいないのは間違いない. もし増税案が可決されたら、日本の選挙は崩壊する.二度と選挙自体ができないだろう.嘘つきを選ぶ事になるからだ。
・・・・・・・・・
ところでいつもの事ながらNHKを始めといた報道は、自分たちが「選挙に行きましょう」と呼び掛けたことに対してまったく反省の色が見えない.「詐欺選挙」に国民に行くことを勧めたのだから、「すまなかった。こんな事になるとは思わなかった.国会報道は止める」ぐらいはして欲しいものだ。
中部大学武田邦彦
(平成24年6月22日)
2009 年の総選挙で民主党議員は「増税しない。する前に天下り全廃や議員定数80削減をする」と第一公約で言って当選した.それなのに公約をすべて破棄し、正反対の増税案に賛成票を投じようとしている.
マニフェスト選挙と言われ、マニフェストの全部ができないことはあるだろうが、ほぼ全部を行わず、正反対の政策を進めるのだから、「詐欺」、「嘘つき」、「人格無し」、「お金だけ」・・・形容詞が見つからないぐらいだ.
これほど民主主義、選挙制度をバカにしたことはないだろう.いったい、選挙で有権者はなにを判断して投票するのだろうか? たとえば次の選挙で民主党議員の政策を聞いてもまったく無意味である.むしろ「当選したら反対の政策を進める」と考えなければならないし、別の表現をすれば「当選したら何をするかわからない人」、「どうせウソをつく人」だから、投票することができない。
増税案に賛成した議員も立候補できないだろう。というのは、立候補しても選挙演説で何を言っても、「実施しない」ということを国会の投票で「身をもって証明」しているのだから、何を言ったら良いかわからないはずである。
ところで、民主党の政治家は「何をやりたかった」のだろうか? 減税? 政治改革? 天下り禁止? 高速道路無料化?? ・・・なにも政治はやりたくなく、ただ1期4年で稼ぐことができるとされている4億円が欲しかったのだろう. それならそれで自分たちの政策を頑張り、「何もできなかった」の方がまだましだ。
増税案に賛成して次の選挙に出る民主党議員はいないのは間違いない. もし増税案が可決されたら、日本の選挙は崩壊する.二度と選挙自体ができないだろう.嘘つきを選ぶ事になるからだ。
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ところでいつもの事ながらNHKを始めといた報道は、自分たちが「選挙に行きましょう」と呼び掛けたことに対してまったく反省の色が見えない.「詐欺選挙」に国民に行くことを勧めたのだから、「すまなかった。こんな事になるとは思わなかった.国会報道は止める」ぐらいはして欲しいものだ。
中部大学武田邦彦
(平成24年6月22日)
お金の話・・・増税と増収は違う
お金の話・・・増税と増収は違う
これほど連続して虚偽を言い続ける政権ですから、だれも「消費税率を上げると財政再建できる」とか、まして「社会保障の一体改革(社会保障は提案されていない)」を信じる人はいないと思いますが、ここでは「増税(税率アップ)と増収」の違いに注目します。
消費税の増税が国会で議論されています。民主党政権は「虚偽の公約」を掲げて当選した人たちでできているので、たとえ国会で決まっても議決は有効ではないと国民が判断すればよいだけのことですが、消費税率を5%から10%にあげるということは「財政再建」にも「増収」にもつながらないことを整理しておきたいと思います。
・・・・・・・・・・
消費税を上げるということは「国民が何かを買うと税金を払う」ということですから国民の財布の中のお金が一定なら、消費税なしに比べて10%の消費税なら、買うものを10%減らさなければなりません。
財布の中に1万円があれば、国民は1万円の買い物ができるのですが、税金が10%になるとほぼ9000円しか買えないからです。国民が9000円しか買えないと、企業の販売量は1割へってしまうので、企業の収益が悪くなります.
もともと企業の利益率というのは3%から7%程度で、それほど充分に儲けている訳ではありません。設備稼働率が高く、仕入れたものが売れてやっと5%程度のもうけを出すのですから、1割売り上げが減れば企業のもうけはなくなります
たとえば、消費税が無かった時代に比べて10%になると、国民は「物理的に=財布のお金は一定だから」、買い物の量が9割になり、その結果、企業の収益が無くなり、そのあおりを受けて個人の給料もへるとします.
日本の税金は、所得税、法人税、消費税、その他の税で成り立っていますが、消費税を上げた分だけ、所得税、法人税が減ります.さらに個人ベースで言うと、所得が変わらないと、所得税は取られ、税金を取られて残ったお金でものを買うと、そこでもう一度、消費税を取られるという2重取りになるのです.
すでに法人税は不景気もあってかなり少なくなっていますが、本来は消費税なら消費税にしないと、「内需を拡大して企業が収益を上げ、サラリーマンの所得が上がって裕福になり、その結果、法人税と所得税が上がって、国の財政も再建できる」というのがベストの方向に行きません。
その意味では、まず企業の収益から法人税を取り(第一税)、企業が従業員に支払った給料から所得税を取り(第二税)、さらにその個人が買い物をするとまた消費税を取る(第三税)という構造になるのは、最悪の状態です。日本人の可処分所得が減り、将来の夢からさらに遠ざかります。
もちろん、このことは税の基礎知識中の基礎知識ですから、専門家はよくわかっています。
それでは、今回の5%から10%の消費税増税で、税収がどのぐらい増えるのか、ほとんど数字が示されていません.
本当は、ハッキリと「消費税の増税で何兆円の税収が増える」と選言して、それが違ったら責任を取るのが良いのですが、多くの専門家は予想が外れることを恐れて発表しません.民主党や自民党も同じです.
それではなぜ消費税を上げようとしているのか? それは税務を複雑にして、「財務省の役人が増税後に、他の税率を軽減することによって大きな得をするから」で、結局、消費税の増税も、財務省の役人が栄え、日本全体は衰退するという道なのです。
「tdyno.154-(5:51).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年6月21日)
これほど連続して虚偽を言い続ける政権ですから、だれも「消費税率を上げると財政再建できる」とか、まして「社会保障の一体改革(社会保障は提案されていない)」を信じる人はいないと思いますが、ここでは「増税(税率アップ)と増収」の違いに注目します。
消費税の増税が国会で議論されています。民主党政権は「虚偽の公約」を掲げて当選した人たちでできているので、たとえ国会で決まっても議決は有効ではないと国民が判断すればよいだけのことですが、消費税率を5%から10%にあげるということは「財政再建」にも「増収」にもつながらないことを整理しておきたいと思います。
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消費税を上げるということは「国民が何かを買うと税金を払う」ということですから国民の財布の中のお金が一定なら、消費税なしに比べて10%の消費税なら、買うものを10%減らさなければなりません。
財布の中に1万円があれば、国民は1万円の買い物ができるのですが、税金が10%になるとほぼ9000円しか買えないからです。国民が9000円しか買えないと、企業の販売量は1割へってしまうので、企業の収益が悪くなります.
もともと企業の利益率というのは3%から7%程度で、それほど充分に儲けている訳ではありません。設備稼働率が高く、仕入れたものが売れてやっと5%程度のもうけを出すのですから、1割売り上げが減れば企業のもうけはなくなります
たとえば、消費税が無かった時代に比べて10%になると、国民は「物理的に=財布のお金は一定だから」、買い物の量が9割になり、その結果、企業の収益が無くなり、そのあおりを受けて個人の給料もへるとします.
日本の税金は、所得税、法人税、消費税、その他の税で成り立っていますが、消費税を上げた分だけ、所得税、法人税が減ります.さらに個人ベースで言うと、所得が変わらないと、所得税は取られ、税金を取られて残ったお金でものを買うと、そこでもう一度、消費税を取られるという2重取りになるのです.
すでに法人税は不景気もあってかなり少なくなっていますが、本来は消費税なら消費税にしないと、「内需を拡大して企業が収益を上げ、サラリーマンの所得が上がって裕福になり、その結果、法人税と所得税が上がって、国の財政も再建できる」というのがベストの方向に行きません。
その意味では、まず企業の収益から法人税を取り(第一税)、企業が従業員に支払った給料から所得税を取り(第二税)、さらにその個人が買い物をするとまた消費税を取る(第三税)という構造になるのは、最悪の状態です。日本人の可処分所得が減り、将来の夢からさらに遠ざかります。
もちろん、このことは税の基礎知識中の基礎知識ですから、専門家はよくわかっています。
それでは、今回の5%から10%の消費税増税で、税収がどのぐらい増えるのか、ほとんど数字が示されていません.
本当は、ハッキリと「消費税の増税で何兆円の税収が増える」と選言して、それが違ったら責任を取るのが良いのですが、多くの専門家は予想が外れることを恐れて発表しません.民主党や自民党も同じです.
それではなぜ消費税を上げようとしているのか? それは税務を複雑にして、「財務省の役人が増税後に、他の税率を軽減することによって大きな得をするから」で、結局、消費税の増税も、財務省の役人が栄え、日本全体は衰退するという道なのです。
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中部大学武田邦彦
(平成24年6月21日)
国が栄えれば個人が栄え、個人が繁栄すれば国は衰退する
国が栄えれば個人が栄え、個人が繁栄すれば国は衰退する
●勤労の義務 憲法27条に勤労の義務が定められています.私はこの条文が好きなのですが、その理由は、「所詮、私たちは日本列島に住んでいる。誰も働かなければ餓死する。だからみんなで働こう」ということです。つまり「日本国は広いように思うけれど、結局、家族のようなものだから、みんなで支え合わないとうまくはいかない」という当然のことを言っています。
だから、私はニートや、生活保護について辛いのですが、それは「体が弱く、どうしようもなかったら仕方が無い」というものであって、五体満足なのに「俺はニートだ」などとおおっぴらに言うのだったら、憲法違反ですから監獄の中で懲役(仕事をする)の必要があると思うのです。
・・・・・・・・・
●ダダ漏れ 明治の初め、明治天皇が五箇条のご誓文を発せられました。その中に「万機公論に決すべし」というのがあります。どんなことも「私」ではなく「公」として議論するというもので、私は現代風にこれを実施する方法として「ダダ漏れ」といっています。
つまり議論がすべてオープン(ダダ漏れ)なら、その議論は自然に万機公論に決することになりますが、秘密にすると自分たちの利害だけになります。今、話題になっている「原子力委員会が高速増殖炉が不利な議論を隠した」と言うことも、ダダ漏れなら起こることがありません。
もともと日本の原子力は「自主・民主・公開」を3つの大原則として、常に国民にオープンにすることによって危険性を避けることを国民が同意していたのですが、今ではまったく異なっています。「アメリカのご機嫌、お殿様が決める、秘密主義」です。
現在の日本の「偉い人」の覚悟や人格から言えば、普通の状態でとうてい万機公論をする可能性はなく(自分の利害だけ)、実際にはダダ漏れでなければダメというのが私の考えです。
・・・・・・・・・
●奴隷制度 日本には奴隷階級が誕生しませんでした。世界の多くの国が奴隷制度やそれに準じる階級制度があったにも関わらず、日本は「役割分担」程度のものはありましたが(士農工商)、本格的な奴隷制度はありませんでした。
それは多くの国のお城と日本のお城の違いに良く現れています。ヨーロッパや中国などの世界の主要な国のお城というものは、人の住んでいる広い地域を取り囲む城壁があり、その中に王様も普通の人も住んでいました。
戦いになると、兵士はもちろん先頭を切って戦いますが、城壁の中の人も運命共同体で、負ければ殺されるか奴隷になるかでした。
でも、日本ではお城の中はお殿様と少人数の人が住んでいるだけで、普通の人は無防備です。でも日本は単一民族、四方が海、それに天皇陛下をいただいていて国民に階級はないという状態でした。ですから、「お城を落とす」というのは「殿様が切腹する」というだけで、そこに住む人が奴隷になることはなかったのです。
つまり、日本だけが世界で「国」だったとも言えます。日本人として生まれ、日本で育つと「日本」という国があるのは当然のように思いますが、実はそれは「珍しいこと」なのです。
・・・・・・・・・
●旅順の戦い その証拠の一つに、日清戦争の時の旅順の戦いがあります。旅順の戦いというと日本では日露戦争の時の二○三高地の激戦が有名ですが、日本の独立という点では日清戦争の時の旅順の戦いもきわめて重要なものでした。
日本軍、清軍(当時の中国は清の時代)が接近して、一触即発になり、日本の兵士は目の前に展開した膨大な数の清軍にびっくりしたものです。普通に考えれば数の上で到底、勝ち目がありません。おそらく多くの日本の兵士は「南無三!ここで俺も終わりだ」と思ったでしょう。
でも、現実に突撃ラッパがなって日本軍が突撃を開始すると、意外にも清軍が退却したのです。日本兵は遠く祖国から船で輸送されてここを死地と決めての戦いで、祖国の家族を守るために突撃したのですが、清軍の兵士は「国」がありませんから、別に命をかける必要は無いのです。
国がある国とない国とはこのように違い、日本の繁栄は「国」があったこと、奴隷制度がなかったこと、万機公論に決したこと、そして勤労の義務があったことです。
・・・・・・・・・
●国と個人 ところで国のために命を捧げるというと、「国のために個人が犠牲になる」と錯覚する人がいるのですが、そうではありません。あくまでも日本国は日本国民のものであり、そして一人一人が日本国の繁栄を願う結果です.
実は「天皇陛下」も日本国民そのものの象徴で、天皇陛下=日本国民、ですから天皇陛下を大切にするのは日本国民を大切にするのと同じです。でも、えてして「天皇陛下」でもなく「日本国民」でもない「利権をむさぼる少数の人たち」が天皇陛下を利用して日本国民に悪いことをしたこともおおいのですが、これは勘違いであって、制度の問題ではありません。
教育もそうで、「国家のための教育」などはありえず、「国民一人一人が立派になる教育が、結果として日本国のためになる」という順序です。でも、こちらも誤解が生じて、「成績の悪いものはダメだ」ということになりますが、成績が良いか悪いかは関係がありません。日本国民がそれぞれの人として立派になることが問題で、クラスで何番などということは日本の繁栄にとって関係の無いことです。
つまり一人一人の人がその人なりに最善を尽くした状態がそのグループの最高の力ですから、「80点なら合格」などという合格基準そのものが間違っています。
・・・・・・・・・
「勤労の義務」は「個人と国家」の関係をよく示していると思います。日本国とそこに住む人の幸福は、「全員が働く」ということに集約されます。
全員が一所懸命働き、議論は万機公論、戦争の時には全員で戦い、教育は一人一人の力を伸ばし、自分だけが得をしようとしない・・・まるで理想郷のように思いますが、日本人の性格や風土を考えれば、できるように思うのです。
「tdyno.152-(9:50).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年6月21日)
●勤労の義務 憲法27条に勤労の義務が定められています.私はこの条文が好きなのですが、その理由は、「所詮、私たちは日本列島に住んでいる。誰も働かなければ餓死する。だからみんなで働こう」ということです。つまり「日本国は広いように思うけれど、結局、家族のようなものだから、みんなで支え合わないとうまくはいかない」という当然のことを言っています。
だから、私はニートや、生活保護について辛いのですが、それは「体が弱く、どうしようもなかったら仕方が無い」というものであって、五体満足なのに「俺はニートだ」などとおおっぴらに言うのだったら、憲法違反ですから監獄の中で懲役(仕事をする)の必要があると思うのです。
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●ダダ漏れ 明治の初め、明治天皇が五箇条のご誓文を発せられました。その中に「万機公論に決すべし」というのがあります。どんなことも「私」ではなく「公」として議論するというもので、私は現代風にこれを実施する方法として「ダダ漏れ」といっています。
つまり議論がすべてオープン(ダダ漏れ)なら、その議論は自然に万機公論に決することになりますが、秘密にすると自分たちの利害だけになります。今、話題になっている「原子力委員会が高速増殖炉が不利な議論を隠した」と言うことも、ダダ漏れなら起こることがありません。
もともと日本の原子力は「自主・民主・公開」を3つの大原則として、常に国民にオープンにすることによって危険性を避けることを国民が同意していたのですが、今ではまったく異なっています。「アメリカのご機嫌、お殿様が決める、秘密主義」です。
現在の日本の「偉い人」の覚悟や人格から言えば、普通の状態でとうてい万機公論をする可能性はなく(自分の利害だけ)、実際にはダダ漏れでなければダメというのが私の考えです。
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●奴隷制度 日本には奴隷階級が誕生しませんでした。世界の多くの国が奴隷制度やそれに準じる階級制度があったにも関わらず、日本は「役割分担」程度のものはありましたが(士農工商)、本格的な奴隷制度はありませんでした。
それは多くの国のお城と日本のお城の違いに良く現れています。ヨーロッパや中国などの世界の主要な国のお城というものは、人の住んでいる広い地域を取り囲む城壁があり、その中に王様も普通の人も住んでいました。
戦いになると、兵士はもちろん先頭を切って戦いますが、城壁の中の人も運命共同体で、負ければ殺されるか奴隷になるかでした。
でも、日本ではお城の中はお殿様と少人数の人が住んでいるだけで、普通の人は無防備です。でも日本は単一民族、四方が海、それに天皇陛下をいただいていて国民に階級はないという状態でした。ですから、「お城を落とす」というのは「殿様が切腹する」というだけで、そこに住む人が奴隷になることはなかったのです。
つまり、日本だけが世界で「国」だったとも言えます。日本人として生まれ、日本で育つと「日本」という国があるのは当然のように思いますが、実はそれは「珍しいこと」なのです。
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●旅順の戦い その証拠の一つに、日清戦争の時の旅順の戦いがあります。旅順の戦いというと日本では日露戦争の時の二○三高地の激戦が有名ですが、日本の独立という点では日清戦争の時の旅順の戦いもきわめて重要なものでした。
日本軍、清軍(当時の中国は清の時代)が接近して、一触即発になり、日本の兵士は目の前に展開した膨大な数の清軍にびっくりしたものです。普通に考えれば数の上で到底、勝ち目がありません。おそらく多くの日本の兵士は「南無三!ここで俺も終わりだ」と思ったでしょう。
でも、現実に突撃ラッパがなって日本軍が突撃を開始すると、意外にも清軍が退却したのです。日本兵は遠く祖国から船で輸送されてここを死地と決めての戦いで、祖国の家族を守るために突撃したのですが、清軍の兵士は「国」がありませんから、別に命をかける必要は無いのです。
国がある国とない国とはこのように違い、日本の繁栄は「国」があったこと、奴隷制度がなかったこと、万機公論に決したこと、そして勤労の義務があったことです。
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●国と個人 ところで国のために命を捧げるというと、「国のために個人が犠牲になる」と錯覚する人がいるのですが、そうではありません。あくまでも日本国は日本国民のものであり、そして一人一人が日本国の繁栄を願う結果です.
実は「天皇陛下」も日本国民そのものの象徴で、天皇陛下=日本国民、ですから天皇陛下を大切にするのは日本国民を大切にするのと同じです。でも、えてして「天皇陛下」でもなく「日本国民」でもない「利権をむさぼる少数の人たち」が天皇陛下を利用して日本国民に悪いことをしたこともおおいのですが、これは勘違いであって、制度の問題ではありません。
教育もそうで、「国家のための教育」などはありえず、「国民一人一人が立派になる教育が、結果として日本国のためになる」という順序です。でも、こちらも誤解が生じて、「成績の悪いものはダメだ」ということになりますが、成績が良いか悪いかは関係がありません。日本国民がそれぞれの人として立派になることが問題で、クラスで何番などということは日本の繁栄にとって関係の無いことです。
つまり一人一人の人がその人なりに最善を尽くした状態がそのグループの最高の力ですから、「80点なら合格」などという合格基準そのものが間違っています。
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「勤労の義務」は「個人と国家」の関係をよく示していると思います。日本国とそこに住む人の幸福は、「全員が働く」ということに集約されます。
全員が一所懸命働き、議論は万機公論、戦争の時には全員で戦い、教育は一人一人の力を伸ばし、自分だけが得をしようとしない・・・まるで理想郷のように思いますが、日本人の性格や風土を考えれば、できるように思うのです。
「tdyno.152-(9:50).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年6月21日)