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これからの話(7) 40歳を過ぎた男性の役割

これからの話(7) 40歳を過ぎた男性の役割

かつて男性が「田の力」として筋肉労働をしていた時代、40過ぎた親父のもっとも大切な仕事は、「稼ぎ」ではなく「息子のために仕事を残す」ということだった。

農夫は田畑(でんぱた)を残し、漁師は船を残し、鍛冶屋は道具を残した。人の一生は一代で終わるわけではない。母親は娘に、父は子に命、生活、伝統、文化を引き継ぐ。生物に置いては「継続が命」であり、自分のことはともかく次の世代につながることが重んじられる。

日本人の平均寿命が伸びたので、昔の40歳は今の50歳だが、今の親父は「子孫の継続」に対して覚悟ができていないようにも見える。

息子が小さい頃、「お父さん、勉強するのってイヤだよ。どうして勉強しなければならないの?」と聞かれて、「将来、立派な社会人になるために勉強しておいた方が良いぞ」と言ったお父さん。息子にそうは言ったものの、実は仕事を残しておかなかった。

子供は仕事を作れない。子供の仕事を作るのは親の役割なのだ。子供はやむを得ずニートになる。ニートで立派な社会人になるのは難しい。

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赤字国債、エコポイント、子育て資金、補助金、自然エネルギー買い取り制度・・・いずれも「他人のお金を恵んで貰う乞食養成システム」である。今、豊かな生活をするために「環境」とか「福祉」という耳障りのよい言葉を使って、結局は「子供につけを回す」ことだけをしているように見える。

環境でも福祉でも、自分ができることをやり、その範囲にとどめるべきだ。ましてリサイクルや温暖化騒動のように、本来はなにも問題が無いのに、一部の人(約1万人)に税金が流れる(一人1億円程度)システムを作り上げることをもう止めにしなければならないだろう。

そして子供には職業を用意し、その上で「貧乏は恥ずかしくない。額に汗して働けばそれでよい」と教えることだ。

中部大学武田邦彦
(平成23年9月2日)

1年400回レントゲンを認めたメディアと知識人

1年400回レントゲンを認めたメディアと知識人

文部科学大臣が子供たちに課した被曝は、{1年20ミリシーベルト=1年400回の胸のレントゲン}であり、食材の暫定基準値は{1年5ミリから20ミリ}程度である。つまり、日本の子供たちは、1年に500回から800回のレントゲンを浴びさせられることになった。

根拠はICRPというNPO(任意団体)が出した勧告で、国際的に一定の方向を出すことはできるが、国は独立しているので、そのまま認めることはできない。国内の規制は相変わらず1年1ミリシーベルトである。病院で胸のレントゲンを撮るとき、医師やレントゲン技師は「はい、息を止めて」と言って鉛に囲まれた別室に入ってレントゲンのスイッチを押す。レントゲンをむやみに浴びないように注意していることは歴然としている。

それなのに1年に実に400回から800回のレントゲンを認めた政府の方針に、マスコミも識者も唯々諾々として従い、新聞を見ると「暫定基準値を下回っている食材を心配するのは行き過ぎだ」と書いてある。1年に400回のレントゲンを心配するのを「行き過ぎ」というのは、「政府の言ったことにはぜったいに逆らわない」ということだが、それでマスコミや識者としての責任を果たせるのだろうか?

憲法には表現の自由や言論の自由が保障され、それ故、マスコミは取材などの特権を持っている。でも、政府の決定にまったく異議を挟まないマスコミは表現の自由を持たない。社会はそんな都合のよい表現の自由は認めないだろう。権利を持てば義務を生じる。

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保護者が心配するので、一部の教育委員会は給食に牛肉を使うのを止めようとしている。あまりにも当然の措置だ。給食というのは「強制的な食事」であり、「児童の健全な発育」を目指すものだから、万が一にも放射性物質で汚染されていてはいけない。

人は自らの口に入るものを選ぶ権利がある。でも、給食というのは特別な目的を持っているので、強制的に食べさせるのもやむを得ないかもしれないが、給食を出す側は単に「政府が言っているから」ではすまない。本当に安全なものだけを出す必要があるのはあまりにも当然である。

日本の識者、日本のマスコミ、日本の大人はどうなってしまったのだろうか?

中部大学武田邦彦
(平成23年9月2日)

リビア情勢・・・日本は植民地主義から離れられるか?

リビア情勢・・・日本は植民地主義から離れられるか?

リビアを長い間、指導してきたカダフィ大佐が「民主勢力」によってその地位を追われようとしている。日本の論調はフセイン大統領やビルマ政権の問題の時のように「独裁政権は悪」、「欧米は正義」という先入観の中にいる。

しかし、リビアに軍事介入をしたフランスをはじめとしたヨーロッパ勢は「良心に基づいて他国を支援した」のではない。国際政治はそれほど甘いものではない。特にヨーロッパはかつての植民地時代の甘い汁をなんとか少しでも取り戻そうと躍起なのである。

リビアには石油などの資源が豊富にあり、ヨーロッパとは地理的に地中海の向こうにあり、歴史的なつながりが強い。ローマがカルタゴを壊滅させ、エジプト王国を征服して以来、ヨーロッパはアフリカを「植民地」と見ている。

今でもそれは変わらない。ただかつては露骨な軍事力で征服したのに対して、現代は裏から工作し、支援し、利権を採るという形に変わっただけである。崩壊していく国を餌にしようとハゲタカが襲っているだけだ。

第一、「内政に干渉してはいけない」という不文律が世界に定着しているのに、「民主化支援」とか「大量破壊兵器の排除」などあらゆる理屈をつけて世界に飛び回っているのはアメリカとヨーロッパの軍隊である。

さて、日本はアジアの国としてアメリカヨーロッパの200年以上の植民地支配に苦しんだ国々と同一の歩調をとるべきだ。それは「他国には干渉しない」ということに尽きる。この前、イラク戦争ではアメリカのウソ(イラクが大量破壊兵器を持っていて、フセイン大統領はケシカランというウソ)に乗ってイラク戦争を支持し、ウソがばれても日本政府や知識人は判断ミス、あるいは国民に本当のことを知らせなかったことについて謝罪も説明もしていない。

明治時代に独立を果たした日本が、うっかり欧米の植民地主義に巻き込まれて大東亜戦争を起こしたことについての「責任追及論」がこれほど強いのに、ことイラクやリビア・ビルマなどになると欧米側の植民地主義、覇権主義に賛同するというのはいかにも浅薄な考えだ。

この際、リビアについての報道、論評を「非植民地主義」のもとに行い、世界に日本の正義を示すべきだろう。

中部大学武田邦彦
(平成23年9月2日)