三国人発言の由来。
三国人発言の由来
1.北斗星氏の取材(三国人は何をしたのか?)
石原都知事の三国人発言の真意
2000年07月29日、政治団体・日本会議事務局の草野氏がHPに掲載した取材記録
第三国人の暴行
表題の件について既に一通り書き終えたつもりであったが、本日郷土、城東葛飾にたまたまいたところ、偶々老人達が本件を論じていた。中にも地方議員たる七十翁の回顧は愚生の筆より数段迫力ありしゆえ、帰宅早々記憶により再現し、ここに記して御歴々の御参考にしようとするものである。
--- 録取者 北斗星 ---
終戦後の第三国人どもは本当に酷かった。軍の兵器を盗んで来たらしく、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人まで、経済犯、実力犯を中心にあらゆる悪事を重ねていた。
銀座、浅草、新宿は朝鮮人、新橋、渋谷は台湾人に支配され、政府も警察も動揺し、手を拱いていた。戦勝国民は治外法権だったのである。
だから食管法に限らず、戦勝国民には日本法を適用出来なかった。服部時計店や白木屋も米軍の酒歩(PX)に接収され、そこへ行けば食料に限らず物資は山ほどあった。日本人は買へなかったが。
そうした情勢に便乗し、朝鮮人は戦勝国民だの「朝鮮進駐軍」を僭称して堂々と闇商売を行い、派手に稼いでいた。そりゃ儲かるだろう。取締を横目に犯罪のし放題。警察の検問を竹槍日本刀を振り回して強行突破したのだから(さすがに銃撃戦は挑まなかった模様)。
当時は物不足で、売る方は素人でも出来た。仕入れこそ難しかったのだが、彼等は日本人露天商を襲って商品を奪うのだから。それで警察が黙認して捕まえないのだから、こりゃあ損のしようが無い。
警察が襲撃されることしきりで、署長が叩きのめされたり、捜査主任が手錠を賭けられ半殺しにされるぐらいは珍しからず。上野で朝鮮人経営の焼肉屋へ国税局査察部が査察に行った際、大金庫を開けて手を入れた瞬間を狙って二十人ぐらいで一斉に金庫の扉を押したものだから査察官は腕を切断されてしまった。
(録取者註 当時は警察署が襲撃される事が珍しくなく、第三国人の襲来によって犯人を奪還された富坂警察署事件、ついでに警官が殺された渋谷警察署事件、共産党が大群で警察署を包囲し外部との連絡を遮断「攻城戦」に出た平警察署事件等、枚挙に暇有りませんでした)
東京東部(すなはち大東京の中心地)北郊の荒川、古利根-中川、江戸川、利根川流域の牛は皆いなくなった。
当時、あの辺は畜力として農耕牛を使っていたが、深夜、不良朝鮮人が侵入して来て盗み出し、河原へひいて行って屠殺した。牛はモウと言って泣いたので皆気付いたが、銃砲刀剣で武装しているので追う訳には行かなかった。永年愛育し、慈しんで来た牛が悲しそうに泣きながらズルズル引き出され殺されるのを傍観するのは無念で耐え難かったが、手向へば殺されるのでどうにも出来なかった。
そうして利根川水系流域一帯の牛は皆、不良朝鮮人に盗まれ、殺され、闇市で売られた。この辺へも、新聞紙に包んだ肉塊を売りに来たものだ。上流で屠殺した牛を、そのまま下流へ売りに来たのだろう。
かくて南関東から、牛はいなくなった。
家畜相手ならまだしも、人間に対しても、関東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つような勢で数多犯罪を重ねた。川崎、浜松、大阪、神戸などが酷かった。
その最も著しい、象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に対する集団暴行・傷害事件がある。
翁が軽井沢の静養先から帰京しようとして信越本線の汽車に乗っていたら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鉄道員を突き飛ばし押入って来て、俺達は戦勝国民だ、おまえら被支配者の敗戦国民が座って支配者様を立たせるとは生意気だ、この車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな! と追い立てた。
それで鳩山氏が、我々はきちんと切符を買って座っているのにそりゃおかしい、と一乗客として穏やかに抗議したら、たちまち大勢飛び掛かって袋叩きにし、鳩山翁を半殺しにした。幸にして重体にも重傷にも至らなかったが、頭部裂傷だか顔面挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した。
年老いた祖父を理不尽に叩きのめされて怨まぬ孫も有るまい、いかに不出来な孫にせよ。孫共はこれを知らんのだろう。
直後に総理大臣に成る程の大物でもかくのごとし。いわんや庶民におては 土地も屋敷も物資も操も、奪い放題であった。闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、ことには、空襲や疎開で一時的に空いている土地が片端から強奪された。今、朝鮮人が駅前の一等地でパチンコ屋や焼肉屋を営業しているのは、皆、あの時奪った被災者の土地だ。
それでも警察は手が出せなかった。歴代首相大臣等が絞首刑になって行く状況で、警察ごときに何が出来よう。ある日、警察は何月何日を以て廃止す、再び登庁するを許さず、と命ぜられれば、それ切り警察は消滅する。七百万の大軍を擁した彼の帝国陸海軍ですら、左様にして両総長 両大臣以下、自然廃官になった。まこと、敗戦は悲しからずや。
たまりかねた警察が密かにやくざに頼み込み「浜松大戦争」になった訳だが、「小戦争」は日本中に頻発した。
最後の頼みの綱は連合国軍であったが、遂にはその憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った。
それでさすがに米軍も腹に据えかね、日本本土全域の占領を担当していた米第八軍司令官アイケルバーガー中将が、関東と言はず関西と言はず、はたまた北九州と言はず、不良朝鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大軍を出動させ、街頭に布陣して簡易陣地を築き、重装甲車両を並べ、人の背丈程に大きな重機関銃を構へて不良朝鮮人共にピタリと狙いをつけ、ようやく鎮圧した。我々はその火器のきらめきを間近に見た。
この時、連合軍総司令官ダグラス・マックアーサー元帥の発した布告が、「朝鮮人等は戦勝国民に非ず、第三国人なり」
と言い声名で、これぞ「第三国人」なる語のおこりである。
だから、外国人差別用語なはずは無い。彼等自身、マックアーサー元帥以下、一人残らず皆、外国人ではないか。
連合国軍総司令官は日本人に対してこそ絶大な権勢を振ったが、本国や同盟国、対日理事会や極東委員会に気を使わねばならぬ外交センスの要る役職であった。何人にもせよ、敗戦国民以外を、声名発してまで差別なんぞする筈が無い。
「第三国人」の語は、国際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない。
1.北斗星氏の取材(三国人は何をしたのか?)
石原都知事の三国人発言の真意
2000年07月29日、政治団体・日本会議事務局の草野氏がHPに掲載した取材記録
第三国人の暴行
表題の件について既に一通り書き終えたつもりであったが、本日郷土、城東葛飾にたまたまいたところ、偶々老人達が本件を論じていた。中にも地方議員たる七十翁の回顧は愚生の筆より数段迫力ありしゆえ、帰宅早々記憶により再現し、ここに記して御歴々の御参考にしようとするものである。
--- 録取者 北斗星 ---
終戦後の第三国人どもは本当に酷かった。軍の兵器を盗んで来たらしく、三八式歩兵銃や南部式拳銃で武装し、小銃には着剣して強盗強姦傷害恐喝脅迫不動産窃盗、時には殺人まで、経済犯、実力犯を中心にあらゆる悪事を重ねていた。
銀座、浅草、新宿は朝鮮人、新橋、渋谷は台湾人に支配され、政府も警察も動揺し、手を拱いていた。戦勝国民は治外法権だったのである。
だから食管法に限らず、戦勝国民には日本法を適用出来なかった。服部時計店や白木屋も米軍の酒歩(PX)に接収され、そこへ行けば食料に限らず物資は山ほどあった。日本人は買へなかったが。
そうした情勢に便乗し、朝鮮人は戦勝国民だの「朝鮮進駐軍」を僭称して堂々と闇商売を行い、派手に稼いでいた。そりゃ儲かるだろう。取締を横目に犯罪のし放題。警察の検問を竹槍日本刀を振り回して強行突破したのだから(さすがに銃撃戦は挑まなかった模様)。
当時は物不足で、売る方は素人でも出来た。仕入れこそ難しかったのだが、彼等は日本人露天商を襲って商品を奪うのだから。それで警察が黙認して捕まえないのだから、こりゃあ損のしようが無い。
警察が襲撃されることしきりで、署長が叩きのめされたり、捜査主任が手錠を賭けられ半殺しにされるぐらいは珍しからず。上野で朝鮮人経営の焼肉屋へ国税局査察部が査察に行った際、大金庫を開けて手を入れた瞬間を狙って二十人ぐらいで一斉に金庫の扉を押したものだから査察官は腕を切断されてしまった。
(録取者註 当時は警察署が襲撃される事が珍しくなく、第三国人の襲来によって犯人を奪還された富坂警察署事件、ついでに警官が殺された渋谷警察署事件、共産党が大群で警察署を包囲し外部との連絡を遮断「攻城戦」に出た平警察署事件等、枚挙に暇有りませんでした)
東京東部(すなはち大東京の中心地)北郊の荒川、古利根-中川、江戸川、利根川流域の牛は皆いなくなった。
当時、あの辺は畜力として農耕牛を使っていたが、深夜、不良朝鮮人が侵入して来て盗み出し、河原へひいて行って屠殺した。牛はモウと言って泣いたので皆気付いたが、銃砲刀剣で武装しているので追う訳には行かなかった。永年愛育し、慈しんで来た牛が悲しそうに泣きながらズルズル引き出され殺されるのを傍観するのは無念で耐え難かったが、手向へば殺されるのでどうにも出来なかった。
そうして利根川水系流域一帯の牛は皆、不良朝鮮人に盗まれ、殺され、闇市で売られた。この辺へも、新聞紙に包んだ肉塊を売りに来たものだ。上流で屠殺した牛を、そのまま下流へ売りに来たのだろう。
かくて南関東から、牛はいなくなった。
家畜相手ならまだしも、人間に対しても、関東以西の大都市を中心に、日本中に灰神楽が立つような勢で数多犯罪を重ねた。川崎、浜松、大阪、神戸などが酷かった。
その最も著しい、象徴的事例に、元文部大臣、後の首相・鳩山一郎氏に対する集団暴行・傷害事件がある。
翁が軽井沢の静養先から帰京しようとして信越本線の汽車に乗っていたら、例の「朝鮮進駐軍」が後から大勢、切符も買はず、鉄道員を突き飛ばし押入って来て、俺達は戦勝国民だ、おまえら被支配者の敗戦国民が座って支配者様を立たせるとは生意気だ、この車両は朝鮮進駐軍が接収するから全員立って他の車両へ移動しろ、愚図愚図するな! と追い立てた。
それで鳩山氏が、我々はきちんと切符を買って座っているのにそりゃおかしい、と一乗客として穏やかに抗議したら、たちまち大勢飛び掛かって袋叩きにし、鳩山翁を半殺しにした。幸にして重体にも重傷にも至らなかったが、頭部裂傷だか顔面挫傷だか忘れたが、血に塗れ腫れ上がった痛々しい顔で帰京した。
年老いた祖父を理不尽に叩きのめされて怨まぬ孫も有るまい、いかに不出来な孫にせよ。孫共はこれを知らんのだろう。
直後に総理大臣に成る程の大物でもかくのごとし。いわんや庶民におては 土地も屋敷も物資も操も、奪い放題であった。闇、賭博、傷害、強盗事件が多く、ことには、空襲や疎開で一時的に空いている土地が片端から強奪された。今、朝鮮人が駅前の一等地でパチンコ屋や焼肉屋を営業しているのは、皆、あの時奪った被災者の土地だ。
それでも警察は手が出せなかった。歴代首相大臣等が絞首刑になって行く状況で、警察ごときに何が出来よう。ある日、警察は何月何日を以て廃止す、再び登庁するを許さず、と命ぜられれば、それ切り警察は消滅する。七百万の大軍を擁した彼の帝国陸海軍ですら、左様にして両総長 両大臣以下、自然廃官になった。まこと、敗戦は悲しからずや。
たまりかねた警察が密かにやくざに頼み込み「浜松大戦争」になった訳だが、「小戦争」は日本中に頻発した。
最後の頼みの綱は連合国軍であったが、遂にはその憲兵隊でも手に負へぬ非常事態に立ち至った。
それでさすがに米軍も腹に据えかね、日本本土全域の占領を担当していた米第八軍司令官アイケルバーガー中将が、関東と言はず関西と言はず、はたまた北九州と言はず、不良朝鮮人活動地域に正規戦闘部隊の大軍を出動させ、街頭に布陣して簡易陣地を築き、重装甲車両を並べ、人の背丈程に大きな重機関銃を構へて不良朝鮮人共にピタリと狙いをつけ、ようやく鎮圧した。我々はその火器のきらめきを間近に見た。
この時、連合軍総司令官ダグラス・マックアーサー元帥の発した布告が、「朝鮮人等は戦勝国民に非ず、第三国人なり」
と言い声名で、これぞ「第三国人」なる語のおこりである。
だから、外国人差別用語なはずは無い。彼等自身、マックアーサー元帥以下、一人残らず皆、外国人ではないか。
連合国軍総司令官は日本人に対してこそ絶大な権勢を振ったが、本国や同盟国、対日理事会や極東委員会に気を使わねばならぬ外交センスの要る役職であった。何人にもせよ、敗戦国民以外を、声名発してまで差別なんぞする筈が無い。
「第三国人」の語は、国際法に則って説いた技術的専門用語に過ぎない。
安倍新総裁に告ぐ
安倍さんが克服すべき三点
自民党の新総裁に安倍晋三氏が選ばれたことに関して、現時点で次の三つのことを指摘しておきたい。
そして、安倍氏に、ここにおける転換がなければ、前回の轍を踏むだろう。
しかも、前回は自分自身だけの挫折であったが、今度は国家を挫折させることになると指摘しておきたい。
何故なら、国際環境は、前回よりさらに厳しさを増しているからだ。
1、かつて、菅直人という狐のように狡猾な(like a fox)議員が、安倍氏の祖父の岸信介国務大臣が、昭和十六年十二月八日に発せられた「開戦の詔書」に副書した行為に関し、「間違った署名ではなかったか」と質問したのに対して、安倍総理は「間違った署名だった」と答弁した。
この時点で、彼は、自らの祖父の行為を弾劾し、天皇の詔書を否定し、自虐史観を受け入れて、自ら唱えた「戦後からの脱却」への道を潰した。
従って、その道を潰しておいてなお、戦後からの脱却を唱えた彼は、その度に嘘をつくという状況に自ら嵌り込んだ。
2、在任中、靖国神社に参拝しなかった。
彼曰く、事前に靖国に参拝するかどうかを明言しない、即ち「あいまい戦術」だと。
あいまい戦術ではない。中共へ屈服していたのだ。
3、安倍内閣は、村山富市談話を継承した。
彼自身は、山谷えりこ議員と雑誌で会談し、村山談話を否定できない理由をもっともらしく、外務官僚に説明された通り話していた。
しかし、国家と民族を弾劾し、その名誉を地に落とす村山談話を廃棄することこそ、彼の国家と民族に対する責務だった。
にもかかわらず、もっともらしい理由を付けて村山富市談話を継承した。これほどの裏切りがあろうか。
以上が、安倍氏に関して、指摘したい三点である。
即ち、安倍氏は、祖父が副署した「開戦の詔書」を読み直し、それが、現在に対して重大な教訓を投げかけている極めて重い詔書であることを腹で感じなければならない。
同時に、我が国のアイデンティティーに係わる内政問題(靖国参拝)で断じて中共の介入を許さず、靖国神社への参拝を当然のように続け、同時に中共への屈服の産物である村山富市が残した汚物(談話即ち戦後という時代の本質)を排除しなければならない。
これができなければ、あなたの体はまた潰れる。
あなたはそういう家系の下に生まれてきた。
祖父(先祖)を否定したあなたは、そもそも存在できないのだ。
だから今回の第二次安倍内閣では腹を決めよ。
そして、闘え
自民党の新総裁に安倍晋三氏が選ばれたことに関して、現時点で次の三つのことを指摘しておきたい。
そして、安倍氏に、ここにおける転換がなければ、前回の轍を踏むだろう。
しかも、前回は自分自身だけの挫折であったが、今度は国家を挫折させることになると指摘しておきたい。
何故なら、国際環境は、前回よりさらに厳しさを増しているからだ。
1、かつて、菅直人という狐のように狡猾な(like a fox)議員が、安倍氏の祖父の岸信介国務大臣が、昭和十六年十二月八日に発せられた「開戦の詔書」に副書した行為に関し、「間違った署名ではなかったか」と質問したのに対して、安倍総理は「間違った署名だった」と答弁した。
この時点で、彼は、自らの祖父の行為を弾劾し、天皇の詔書を否定し、自虐史観を受け入れて、自ら唱えた「戦後からの脱却」への道を潰した。
従って、その道を潰しておいてなお、戦後からの脱却を唱えた彼は、その度に嘘をつくという状況に自ら嵌り込んだ。
2、在任中、靖国神社に参拝しなかった。
彼曰く、事前に靖国に参拝するかどうかを明言しない、即ち「あいまい戦術」だと。
あいまい戦術ではない。中共へ屈服していたのだ。
3、安倍内閣は、村山富市談話を継承した。
彼自身は、山谷えりこ議員と雑誌で会談し、村山談話を否定できない理由をもっともらしく、外務官僚に説明された通り話していた。
しかし、国家と民族を弾劾し、その名誉を地に落とす村山談話を廃棄することこそ、彼の国家と民族に対する責務だった。
にもかかわらず、もっともらしい理由を付けて村山富市談話を継承した。これほどの裏切りがあろうか。
以上が、安倍氏に関して、指摘したい三点である。
即ち、安倍氏は、祖父が副署した「開戦の詔書」を読み直し、それが、現在に対して重大な教訓を投げかけている極めて重い詔書であることを腹で感じなければならない。
同時に、我が国のアイデンティティーに係わる内政問題(靖国参拝)で断じて中共の介入を許さず、靖国神社への参拝を当然のように続け、同時に中共への屈服の産物である村山富市が残した汚物(談話即ち戦後という時代の本質)を排除しなければならない。
これができなければ、あなたの体はまた潰れる。
あなたはそういう家系の下に生まれてきた。
祖父(先祖)を否定したあなたは、そもそも存在できないのだ。
だから今回の第二次安倍内閣では腹を決めよ。
そして、闘え
