朝高生を襲撃する「右翼的」高校生(題名で誤解されないように) 国士舘だけ最後まで闘った
朝高生を襲撃する「右翼的」高校生(題名で誤解されないように)
70年代、日本学校の多くを暴力で屈服させ、不良ブーム(学校の荒廃化)を引き起こした朝鮮人高校。(関東では、国士舘のみが対抗できていた)
七〇年代後半の東京における朝高生と国士舘高校生との抗争はすさまじく、新聞にも報道されたことがあった。国士舘という右翼的体質からして朝鮮への敵対・差別感情があって朝高生を襲撃し、対して朝高生が自衛したのだと解説する人がいたが、実態はそんなに単純なものではなかった。
東京にいた人の話では、朝高生のゴンタクレの戦闘力にはすごいものがあり、ほぼ東京中の高校を陥落させ、唯一これに対抗できたのが国士舘高校のゴンタクレだったというのである。
朝高生のゴンタクレは、ゴンタクレ同士のケンカだけでなく、
山の手線の車両を占拠して、誰も入らせないよう見張りを出し、中で飲酒・タバコ・博打をするという傍若無人な振舞いを繰り返し、また日本の高校の一般生徒へ暴行・恐喝をも引き起こした。
日本の高校のゴンタクレも朝鮮高校の一般生徒への襲撃を行ない、朝高のバッジをどれだけ奪ったかを自慢の種としたという。
こういった類の話は東京だけでなく、規模は小さいが大阪でも神戸でも起こっている。朝高のゴンタクレから恐喝を受けた日本の高校生の朝鮮人への悪感情は、体験に基づくものだけに非常に強固なものがあり、十数年たって三十代になってもその感情は消えていない。
私の周辺でもこの体験を語る人が意外と多い。おそらく、死ぬまで悪感情は消えず、こそこそと差別発言を繰り返していくことであろう。
70年代、日本学校の多くを暴力で屈服させ、不良ブーム(学校の荒廃化)を引き起こした朝鮮人高校。(関東では、国士舘のみが対抗できていた)
七〇年代後半の東京における朝高生と国士舘高校生との抗争はすさまじく、新聞にも報道されたことがあった。国士舘という右翼的体質からして朝鮮への敵対・差別感情があって朝高生を襲撃し、対して朝高生が自衛したのだと解説する人がいたが、実態はそんなに単純なものではなかった。
東京にいた人の話では、朝高生のゴンタクレの戦闘力にはすごいものがあり、ほぼ東京中の高校を陥落させ、唯一これに対抗できたのが国士舘高校のゴンタクレだったというのである。
朝高生のゴンタクレは、ゴンタクレ同士のケンカだけでなく、
山の手線の車両を占拠して、誰も入らせないよう見張りを出し、中で飲酒・タバコ・博打をするという傍若無人な振舞いを繰り返し、また日本の高校の一般生徒へ暴行・恐喝をも引き起こした。
日本の高校のゴンタクレも朝鮮高校の一般生徒への襲撃を行ない、朝高のバッジをどれだけ奪ったかを自慢の種としたという。
こういった類の話は東京だけでなく、規模は小さいが大阪でも神戸でも起こっている。朝高のゴンタクレから恐喝を受けた日本の高校生の朝鮮人への悪感情は、体験に基づくものだけに非常に強固なものがあり、十数年たって三十代になってもその感情は消えていない。
私の周辺でもこの体験を語る人が意外と多い。おそらく、死ぬまで悪感情は消えず、こそこそと差別発言を繰り返していくことであろう。
在日コリアと愚連隊
在日コリアと愚連隊
戦後、朝鮮人は、愚連隊と呼ばれる暴力組織を結成した。
1946年11月、日本警察はGHQから取り締まりの許可を得ると、地元ヤクザと手を組み、この鎮圧に当たった。
日本最大の暴力団・山口組は、元は愚連隊から庶民を守る為に組織された自警団である。
「山口組三代目 田岡一雄自伝」2006年 徳間書店 149~150頁
山口組を日本最大の組織に変えた田岡一雄
彼らは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を組んでは瓦礫と焦土の神戸の街を闊歩していた。通りすがりの通行人の目つきが気に食わないといっては難くせをつけ、 無銭飲食をし、白昼の路上で集団で婦女子にいたずらをする。
善良な市民は恐怖のどん底に叩き込まれた。
こういった不良分子は旧陸海軍の飛行服を好んで身につけていた。
袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首に巻きつけ、肩で風を切って町をのし歩いた。
腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を引っさげた彼らの略奪、暴行には目にあまるものがあった。
警官が駆けつけてきても手も足も出ない。
「俺たちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人が何をいうか」
警官は小突き回され、サーベルはヘシ曲げられ、街は暴漢の跳梁に無警察状態だ。
(略)
一瞬、ぎくりと立ちどまり、悲鳴のあがる方角に走った。
途中で四、五歳の女の子が泣きながら夢中で駆け寄ってきた。
「どないしたんや」
「おかあちゃんが、おかあちゃんが」
少女は私に泣きじゃくりながらしがみつく。
この世のものとは思えぬ女の狂気じみた悲鳴がきこえつづけていた。
「ここにいるんやで。ええな」
私は少女をその場において一目散に走った。
少女の母親は木立の中で数人の男に犯されていた。飛行服の男たちだった。
戦後、朝鮮人は、愚連隊と呼ばれる暴力組織を結成した。
1946年11月、日本警察はGHQから取り締まりの許可を得ると、地元ヤクザと手を組み、この鎮圧に当たった。
日本最大の暴力団・山口組は、元は愚連隊から庶民を守る為に組織された自警団である。
「山口組三代目 田岡一雄自伝」2006年 徳間書店 149~150頁
山口組を日本最大の組織に変えた田岡一雄
彼らは闇市を掌握して巨大な利益をあげ、徒党を組んでは瓦礫と焦土の神戸の街を闊歩していた。通りすがりの通行人の目つきが気に食わないといっては難くせをつけ、 無銭飲食をし、白昼の路上で集団で婦女子にいたずらをする。
善良な市民は恐怖のどん底に叩き込まれた。
こういった不良分子は旧陸海軍の飛行服を好んで身につけていた。
袖に腕章をつけ、半長靴をはき、純白の絹のマフラーを首に巻きつけ、肩で風を切って町をのし歩いた。
腰には拳銃をさげ、白い包帯を巻きつけた鉄パイプの凶器を引っさげた彼らの略奪、暴行には目にあまるものがあった。
警官が駆けつけてきても手も足も出ない。
「俺たちは戦勝国民だ。敗戦国の日本人が何をいうか」
警官は小突き回され、サーベルはヘシ曲げられ、街は暴漢の跳梁に無警察状態だ。
(略)
一瞬、ぎくりと立ちどまり、悲鳴のあがる方角に走った。
途中で四、五歳の女の子が泣きながら夢中で駆け寄ってきた。
「どないしたんや」
「おかあちゃんが、おかあちゃんが」
少女は私に泣きじゃくりながらしがみつく。
この世のものとは思えぬ女の狂気じみた悲鳴がきこえつづけていた。
「ここにいるんやで。ええな」
私は少女をその場において一目散に走った。
少女の母親は木立の中で数人の男に犯されていた。飛行服の男たちだった。
韓国人は何故襲撃されたのか?
韓国人は何故襲撃されたのか?
黒人新聞「マネー・トークス・ニューズ」「韓国人は下劣・貪欲・傲慢・差別主義」
上記新聞は、「生まれてこの方、韓国人ほど冷酷で愚劣で無分別で、しかも侮辱的で傲慢な人間に会ったことはない」とまで書き、同じく黒人新聞の「ザ・ロサンゼルス・センチネル」は韓国人の貪欲さ、社会的貢献ゼロ、働き過ぎ、黒人蔑視を手厳しく批判。
また黒人学生を対象に行ったある世論調査では、「韓国人は最も距離を置いた人種」との結果が出ている。
一見したところ日本人だか韓国人だか見分けがつくと思えないのに、黒人社会でははっきりと日本人と韓国人を区別し、対応を変えていたという黒人側の証言もある。
かつてカーター政権下で厚生教育長官の特別補佐官を努め、また米国進出の韓国企業を顧客に法律事務を担当した経験もあるM・カルフーン博士(現在日本で日本社会について研究中)は、「日本人と韓国人はまったく似て非なる人種。韓国人は妥協するとか、相手の意見を聞こうとかしない点で日本人とは大違いだった」と指摘している。
*関東大震災当時は、震災以前から朝鮮人による治安の悪化が起きていた。
黒人新聞「マネー・トークス・ニューズ」「韓国人は下劣・貪欲・傲慢・差別主義」
上記新聞は、「生まれてこの方、韓国人ほど冷酷で愚劣で無分別で、しかも侮辱的で傲慢な人間に会ったことはない」とまで書き、同じく黒人新聞の「ザ・ロサンゼルス・センチネル」は韓国人の貪欲さ、社会的貢献ゼロ、働き過ぎ、黒人蔑視を手厳しく批判。
また黒人学生を対象に行ったある世論調査では、「韓国人は最も距離を置いた人種」との結果が出ている。
一見したところ日本人だか韓国人だか見分けがつくと思えないのに、黒人社会でははっきりと日本人と韓国人を区別し、対応を変えていたという黒人側の証言もある。
かつてカーター政権下で厚生教育長官の特別補佐官を努め、また米国進出の韓国企業を顧客に法律事務を担当した経験もあるM・カルフーン博士(現在日本で日本社会について研究中)は、「日本人と韓国人はまったく似て非なる人種。韓国人は妥協するとか、相手の意見を聞こうとかしない点で日本人とは大違いだった」と指摘している。
*関東大震災当時は、震災以前から朝鮮人による治安の悪化が起きていた。