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「トンボタクシー」と「するが蕎」

「トンボタクシー」と「するが蕎」

小さな窓から外を見ると「トンボタクシー」という看板が見える。あれは40年ほど前だっただろうか。よく静岡県富士市を訪れていた頃、トンボタクシーという一風変わった名前のタクシーによく乗ったものだ。

富士にはこのタクシーの他に、岳南、富士、石川などのタクシー会社があり、私を運んでくれた。ずいぶん前のことなので、記憶はハッキリしないが、確かトンボタクシーの運転手さんに「トンボって珍しい名前ですね」と言ったら、「いや、行ったり帰ったり素早くやるんですよ」と言われて納得したことを覚えている。

実は、新幹線に新富士駅の2階に「するが蕎(きょう)」というおそば屋さんがあるのだが、そこのお店に座って小さな窓からトンボタクシーの営業所を見たのだった。

食事時に新富士に来る機会があるとこの「するが蕎」にのぼる。かつては東海道線の富士駅の近くにあった店だが、今では新富士と2つらしい。静岡でとれる新鮮なサカナと蕎麦、ここに来てホッとすると新幹線の揺れを忘れさせてくれる。

うまい蕎麦、良心的な価格、素早い調理、笑顔の店員・・・広い店内も食事時には一杯になるのもうなずける。

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富士市には素晴らしい富士山の姿と、丘陵地帯に拡がる茶畑がある。福島原発からの放射性物質がここの茶葉を汚したと思うと痛々しい。それも今は少しずつ下がってもとの静岡茶を取り戻しつつある。

日本の美しい風景、あつい人情、そんなものが私たち科学者の間違いで辛い環境を作ってしまった。また再び、江戸時代の美しい風景と人情を取り戻したい。

……リンダウ。長崎近郊の農家にて。1858年。

「火を求めて農家の玄関先に立ち寄ると、直ちに男の子か女の子が慌てて火鉢を持ってきてくれるのであった。私が家の中に入るやいなや、父親は私に腰をかけるように勧め、母親は丁寧に挨拶をして、お茶を出してくれる。家族全員が私の周りに集まり、子供っぽい好奇心で私をジロジロ見るのだった。……幾つかのボタンを与えると、子供達はすっかり喜ぶのだった。「大変ありがとう」と皆揃って何度も繰り返してお礼を言う。そして跪いて可愛い頭を下げて優しくほほえむのだったが、社会の下層階級の中でそんな態度に出会うのは、全くの驚きだった。私が遠ざかって行くと、道のはずれまで送ってくれて、ほとんど見えなくなってもまだ「さようなら、またみょうにち」と私に叫んでいる。あの友情のこもった声が聞こえるのである」

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イライザ・シッドモア。1884年からしばしば日本を訪れる。

「日の輝く春の朝、大人の男も女も、子供らまで加わって海藻を採集し浜砂に拡げて干す。……漁師のむすめ達が臑をまるだしにして浜辺を歩き回る。藍色の木綿の布切れをあねさんかぶりにし、背中にカゴを背負っている。子供らは泡立つ白波に立ち向かって利して戯れ、幼児は楽しそうに砂のうえで転げ回る。婦人達は海草の山を選別したり、ぬれねみになったご亭主に時々、ご馳走を差し入れる。暖かいお茶とご飯。そしておかずは細かくむしった魚である。こうした光景総てが陽気で美しい。だれも彼もこころ浮き浮きと嬉しそうだ。」

ああ、素晴らしい日本だったのに・・・

中部大学武田邦彦
(平成23年11月8日)

日本に原爆は必要か?

日本に原爆は必要か?

原発事故が起こる前、私はどちらかというと右よりの雑誌などに出ていました。ところが原発事故が起こって「原発撤退」という考えを書くと、私は左に押しやられたように感じます。

もともと、東西対立も無くなった現在、右も左もないと思うのですが、まだそのような分類があるようです。そしていわゆる右の論客の人たちに「原発賛成」が多いようですが、その理由の一つに「日本は原爆を持たなければならないから、原発は必要」というのがあります。

確かに、原発があって、ウラン濃縮設備を持ち、再処理技術を保有すれば原爆を作るのは比較的簡単なことで、その意味からは日本は実質的な核保有国です。だから原発から撤退するというのは同時に「潜在的核保有国から脱する」という意味にもなります。でも、本当に日本は核武装が必要でしょうか?

その前に、私が重視していること、1)日本の子供、2)日本の土地、3)日本のコメ、が原発で失われるので、それは「右」の人も賛成するはずです。 これまで人間が作った原発で、1)地震や津波で破壊しなかった原発はない、2)地震の起こるところに立っている原発はほぼ日本だけ、3)日本の原発・再処理は地震のないといって良いアメリカ、フランスの設計である、などについての意見も聞いてみたいと思います。

つまり、「右の論客」の人の多くが「原発支持」をしているのは、すでに7つの発電所が震度6ですべて壊れているというのは重視せず、今後は壊れないという視点に立っているものと思います。それ以外にも「これまで原発に反対してきた人は、訳のわからない左の奴だ」という気分もあるでしょう。都知事の「黙れ」の中にも私はそれを感じます。

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戦後、60年を過ぎ、私は「核武装が必要」と考えておられるならそれをハッキリと表明した方が良いと思います。というのは、新聞などには決して「核武装賛成論」が出てきませんが、国の委員会などでは「核武装が必要なのだよ、結局」などと耳打ちされることが多かったからです。

「日本に核武装は要らない」と私が考えるのは、「日本兵ほど世界で強い兵士はいない」というのが持論だからです。日清戦争(日露戦争ではない)の時の旅順戦、ガダルカナル玉砕戦、硫黄島殲滅戦、そして千島の占守島守備戦などで見せた日本兵士の強さには他国の将校はビックリしたものです(日本軍は特に兵士が強い)。

その経験は日本を取り巻く強国、アメリカ、ロシア、中国に深くしみこんでいますから、日本を侵略する国はありません。むしろ平時の日本人は穏やかで譲りやすいので、戦争を仕掛けるより平和を維持して外向的に日本をやっつける方法をとるでしょう。

「核」は抑止力として有効と言われていますが、かつての日本兵の強さの方が核より抑止力があるというのが私の考えです。その意味では今回の大震災における岩手、宮城の人たちの我慢、地震と原発に見舞われた福島の人の克服力、そして「痛みを分け合う」といって自らが犠牲になって被曝する日本人を見て、さらにその感を強くしたと思います。

もし、右の人が、1)原発は地震に耐えられない、2)日本の子供、土、コメが大切、3)日本兵は強い、ということに同意してくれたら、右も左も原発廃止に向かってくれると思います。

中部大学武田邦彦
(平成23年11月9日)

原発事故(災)を「福」に転じるためには

原発事故(災)を「福」に転じるためには

福島原発からの放射性物質が降ったところは苦しんでおられるし、大震災の傷も治っていません。でも、過去に起こった不幸をできるだけ小さくすること(除染)とともに、「災」をいかに「福」に転じるかも大きな力が必要です。

第二次世界大戦は人類にとって未曾有の災厄で、日本は原爆を2発落とされ、うち続いた大量虐殺(戦時にも許されない非戦闘員の大量爆撃死)を経験しました。ヨーロッパではドイツもほぼ同じ打撃を受けたのです。

しかし、第二次世界大戦が終わって暫く経つと、日本とドイツの復興がめざましく、戦争が終わって30年もたった1970年代には世界は、日本、ドイツ、アメリカを中心として動くようにまでなったのです。

戦勝国だったイギリスは衰退し、同じく勝ち組のフランス、オランダ、スペイン、ポルトガルなどの「持てる国(植民地を持った強国)」は衰退しました。

勝つためには命をも投げ出す戦争なのに、負けた方が繁栄するのですから、この世はおもしろいものです。戦争中に「戦争は負けた方が子供たちのためになるから、負けよう」などと言ったら気が違っていると思われるでしょう。私たちの知能も大したことはありません。

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大震災と福島原発事故も日本にとって大きな災厄でしたが、それでも大東亜戦争の敗北(犠牲者310万人)に比べれば小さいとも言えます。そこで、この災を福となすべく、なんとか頑張りたいと思います。

「歴史に学ぶ」と言いますが、なぜ戦勝国が衰退し、敗戦国が繁栄したかというと、そこにはいくつかのヒントがあります。1)負けたので古い人が総退陣した(やり方は悪かったが戦犯として退陣した。そして松下幸之助、本田宗一郎に代表される新しい人が登場した)、 2)負けたので古い制度が一掃された(やや行き過ぎもあったが、もっとも強力な軍部、枢密院、貴族院などが無くなり、憲法も学校制度も何もかにも変わった)、 3)日本を占領したのが衰退するソ連ではなく発展するアメリカだった、 4)日本人がアッサリした、こだわらない性質だった、などと考えられます。

今回も同じようなことが言えると思います。 まず、1)古い人に総退陣して貰う、 2)古く強力な組織を解体する、 3)日本の明るい将来像を描く、4)もちろん原発は廃止、 などができれば災いを転じることができるでしょう。 

人間は過ちを犯すものですが、潔く責任をとり、後進に道を譲ることが大切でしょう。大東亜戦争を始めたのが間違っていたのか、正しかったのかはなかなか難しい問題です。単に戦争(力)で負けただけで正義が日本にあったかアメリカにあったかは判りません。

でも、「勝とうと思って負けた」のは事実であり、「310万人を失った」のも事実ですから、自分が正しいかどうかは別にして「失敗したら後退する」ことによって新しい日本ができたのではないかと思うからです。

310万人を失って徹底的にアメリカにやられたから人心を一新することができたけれど、東北大震災や福島原発ぐらいでは粘るということになるのか、それとも60歳以上の指導層が反省して、第一線から引き下がるか、そこに日本人の知恵と覚悟が示されると思います。

中部大学武田邦彦
(平成23年11月9日)