人の健康をダシに??政策に絡む研究のいかがわしさ
人の健康をダシに??政策に絡む研究のいかがわしさ
このブログでタバコのことを扱う必要があることを本当の意味で知ったのは「どうも、今の専門家は「事実」を大切にするのではなく、「周囲」の空気→自分の「利得」→とすすんで、それから事実を選んでいるという現象が判ったからです。
放射線の被曝限度がその典型的なもので、政府を中心に被曝は大丈夫という雰囲気→それを追認しておいた方が自分に得になる・・・という順序です。また食品の基準が実質1年17ミリ(セシウムだけで1年5ミリ)が決まったときの委員会の議事録を読むと、これまでタバコ、野菜、肥満などが危険と言ってきた人が、盛んに被曝は大丈夫と発言し、さらに「農作物の供給が足りなくなるから基準は高い方が良い」と主張したことも判ってきました。
このようなことを言うということは「事実」に対してかなりいい加減である人であることですので、これまでのタバコなどの健康障害に対するデータを調べてみたということです。そうすると、「今までの通りに「喫煙すると肺がんが増える」と仮定してもせいぜい30人に1人である」ということ、さらに「喫煙すると肺がんにならない」という奇妙な結論になることがわかりました。
そこで、次に「喫煙は肺がん」という人たちの資料を見てみましたら、実に曖昧で、予想通り事実をそのまま示すのではなく、自分の都合のよいデータだけを選んで出していることがわかったのです。
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Bandicam_20120317_093433389]
この円グラフで赤く塗ってあるところが男性の「喫煙者の肺がん」です.一見して「なるほど、タバコを吸うと肺がんになる」と思いがちですが、この研究は約10年間にわたって行われ2007年に発表されていますから、おおよそ2000年ぐらいを中心に調査されたものです。
「タバコを吸うと肺がんになる」と言っている人は「喫煙している時期が20年ぐらい前」と言っていますから1980年ぐらいの喫煙率がこれと対比されます。1980年の男性の喫煙率は70%ですから、この69.2%という数字は、実は「タバコを吸っても吸わなくても肺がんは同じ」ということなのです。
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Bandicam_20120317_094056516]
さらに驚くべきことには同じ調査で「喫煙と胃がん」も調べられていて、それはこの円グラフに示された通り、実にタバコを吸う人は25.2%しか胃がんになっていません。
時間のあるときにこの結果をさらに計算してみたいと思いますが、おそらく「タバコを吸うと胃がんが10分の1になる」というぐらいの数字が出てくるでしょう。
このような傾向は単に胃がんだけではなく、肝臓ガン、膵臓ガンなどにも予防効果が見られ、ガン全体では以下に示す円グラフのように喫煙者が100人に70人もいるのに、ガンになる人は約12人なのに、タバコを吸わない人は30人に対して18人もガンになったということです。その比率は3.5倍ということになります。
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Bandicam_20120317_104731241]
つまり、タバコを吸うとガンになる可能性は3分の1以下になるということで、これもまた驚きです。
このように「健康21」という国家プロジェクトや「国立がんセンター」などが整理し発表するデータは常に「タバコを吸うとガンにやりやすい」というデータだけをとり、それに都合の悪いものは一切除いています。
たとえば、このブログで示した「喫煙率と肺がん類の死亡の関係」のグラフ(喫煙率が下がると肺がん類が増える)は出されていません。その代わり、タバコの販売量など「主張しようとするのに適したデータ」だけを乗せています。このデータですら、よくよく見ますと「ヘビースモーカーの一部は肺がんになる可能性が高い(ガン全体ならおそらく減っている)が、適切な量のタバコを吸っている人は肺がんですら少なくなる」とも解析できるデータなのです。
いったい、タバコをすうと健康を害するのか、それとも健康になるのか? さっぱり判らないということになります。医師というのは普通はかなり慎重で、患者さんがある訴えを言って来てもそれだけを考えるのではありません。あらゆる可能性を推定しながら慎重に病気の原因を突き止めていきます。
そのような医師の一般的な行動と、呼吸器の専門医の目からだけみた結果と違うのは当然でもあります。また、厚労省や国立がんセンターなどが行っているコホート研究と言われる一連の研究には、常に膨大な厚労省の研究費が使われ、ほぼ同じ人が研究に当たっていることも特徴的です。
さらに、その人たちが東電の事故が起こると一斉に「被曝は大したことは無い。タバコに比べて・・・」と言い始めました。しかし、タバコがガンを増やすということはまったくなく、むしろガンを抑制している可能性すらあるのです。
もし、人の健康を自分の研究の名誉や研究費などと絡めて左右しているなら、これは本当にひどいことです。これまで「厳しい法律を守れ! 被曝は危険」と言って来た専門家が、東電の事故から突然、「法律など無い。被曝は危険では無い」と態度を豹変したのは、「事実→解析→意見→感情」ではなく、「空気→利害→事実→意見」となっていることを示しているように感じられます。
中部大学武田邦彦
(平成24年3月17日)
このブログでタバコのことを扱う必要があることを本当の意味で知ったのは「どうも、今の専門家は「事実」を大切にするのではなく、「周囲」の空気→自分の「利得」→とすすんで、それから事実を選んでいるという現象が判ったからです。
放射線の被曝限度がその典型的なもので、政府を中心に被曝は大丈夫という雰囲気→それを追認しておいた方が自分に得になる・・・という順序です。また食品の基準が実質1年17ミリ(セシウムだけで1年5ミリ)が決まったときの委員会の議事録を読むと、これまでタバコ、野菜、肥満などが危険と言ってきた人が、盛んに被曝は大丈夫と発言し、さらに「農作物の供給が足りなくなるから基準は高い方が良い」と主張したことも判ってきました。
このようなことを言うということは「事実」に対してかなりいい加減である人であることですので、これまでのタバコなどの健康障害に対するデータを調べてみたということです。そうすると、「今までの通りに「喫煙すると肺がんが増える」と仮定してもせいぜい30人に1人である」ということ、さらに「喫煙すると肺がんにならない」という奇妙な結論になることがわかりました。
そこで、次に「喫煙は肺がん」という人たちの資料を見てみましたら、実に曖昧で、予想通り事実をそのまま示すのではなく、自分の都合のよいデータだけを選んで出していることがわかったのです。
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Bandicam_20120317_093433389]この円グラフで赤く塗ってあるところが男性の「喫煙者の肺がん」です.一見して「なるほど、タバコを吸うと肺がんになる」と思いがちですが、この研究は約10年間にわたって行われ2007年に発表されていますから、おおよそ2000年ぐらいを中心に調査されたものです。
「タバコを吸うと肺がんになる」と言っている人は「喫煙している時期が20年ぐらい前」と言っていますから1980年ぐらいの喫煙率がこれと対比されます。1980年の男性の喫煙率は70%ですから、この69.2%という数字は、実は「タバコを吸っても吸わなくても肺がんは同じ」ということなのです。
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Bandicam_20120317_094056516]さらに驚くべきことには同じ調査で「喫煙と胃がん」も調べられていて、それはこの円グラフに示された通り、実にタバコを吸う人は25.2%しか胃がんになっていません。
時間のあるときにこの結果をさらに計算してみたいと思いますが、おそらく「タバコを吸うと胃がんが10分の1になる」というぐらいの数字が出てくるでしょう。
このような傾向は単に胃がんだけではなく、肝臓ガン、膵臓ガンなどにも予防効果が見られ、ガン全体では以下に示す円グラフのように喫煙者が100人に70人もいるのに、ガンになる人は約12人なのに、タバコを吸わない人は30人に対して18人もガンになったということです。その比率は3.5倍ということになります。
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Bandicam_20120317_104731241]つまり、タバコを吸うとガンになる可能性は3分の1以下になるということで、これもまた驚きです。
このように「健康21」という国家プロジェクトや「国立がんセンター」などが整理し発表するデータは常に「タバコを吸うとガンにやりやすい」というデータだけをとり、それに都合の悪いものは一切除いています。
たとえば、このブログで示した「喫煙率と肺がん類の死亡の関係」のグラフ(喫煙率が下がると肺がん類が増える)は出されていません。その代わり、タバコの販売量など「主張しようとするのに適したデータ」だけを乗せています。このデータですら、よくよく見ますと「ヘビースモーカーの一部は肺がんになる可能性が高い(ガン全体ならおそらく減っている)が、適切な量のタバコを吸っている人は肺がんですら少なくなる」とも解析できるデータなのです。
いったい、タバコをすうと健康を害するのか、それとも健康になるのか? さっぱり判らないということになります。医師というのは普通はかなり慎重で、患者さんがある訴えを言って来てもそれだけを考えるのではありません。あらゆる可能性を推定しながら慎重に病気の原因を突き止めていきます。
そのような医師の一般的な行動と、呼吸器の専門医の目からだけみた結果と違うのは当然でもあります。また、厚労省や国立がんセンターなどが行っているコホート研究と言われる一連の研究には、常に膨大な厚労省の研究費が使われ、ほぼ同じ人が研究に当たっていることも特徴的です。
さらに、その人たちが東電の事故が起こると一斉に「被曝は大したことは無い。タバコに比べて・・・」と言い始めました。しかし、タバコがガンを増やすということはまったくなく、むしろガンを抑制している可能性すらあるのです。
もし、人の健康を自分の研究の名誉や研究費などと絡めて左右しているなら、これは本当にひどいことです。これまで「厳しい法律を守れ! 被曝は危険」と言って来た専門家が、東電の事故から突然、「法律など無い。被曝は危険では無い」と態度を豹変したのは、「事実→解析→意見→感情」ではなく、「空気→利害→事実→意見」となっていることを示しているように感じられます。
中部大学武田邦彦
(平成24年3月17日)
保険嫌いは意外に正しい
「とにかく保険は嫌い」「悪いけど、君らのことは『人を騙(だま)してお金を稼いでいる』と思っている」……。保険業界に転職したばかりで、飛び込み営業を繰り返していた90年代後半頃、営業マンへの敵意(?)を隠そうとしない方とたびたび遭遇しました。
自分が選んだ仕事が差別されているようで、ショックを受けました。公言する人がいないだけで「職業には貴賤があるのだ。少なくともそう認識している人は意外に多いのだ」と実感したからです。
ただ、あらためて当時を振り返ると、「保険嫌い」を自称する人たちの「感覚」は正しかったのではないか、と思います。
私が敬遠された理由は、次の3点に集約されるでしょう。
(1)保険が「いい買い物」なのか測る尺度がない
(2)見ず知らずの他人に「いい話」を持ちかけてくる者がいたら怪しい
(3)(保険に加入している大半の)他人の判断に自分が倣(なら)う理由は見つからない
このような発言をなさる方にお会いしたことはありません。ただ、それは個人の皮膚感覚のようなものを、わざわざ説明する必要がなかったからでしょう。
実際、個々に見ていくと、今も変わらない保険業界の問題点や、消費者がおさえておくべき前提のようなものが明らかになる気がします。
まず、(1)は保険の「透明性」に関わることだと思います。保険のセールスで常用されるのは、「もし……仮に……」「……たら……れば」「入っておくと安心」といった言葉です。
「仮にがんに罹り、先進医療を受けたいと思ったら、300万円前後の治療費が自己負担になります。命の切れ目がお金の切れ目でいいのでしょうか? やはり先進医療に対応した保険に入っておくと安心でしょう」といった具合です。
上記の話法からは「保険料が安心のための対価として妥当なのか?」「300万円もの保険金支払いがなされた事実はどれくらいあるのか?」は全くわかりません。
本連載で繰り返し述べている「保険のコストとパフォーマンス」に対する素朴な疑問への回答は用意されていないのです。提示されているのは、300万円の出費に耐えられない場合、救われる命が救われないかもしれないという不安材料だけです。理屈抜きに胡散(うさん)くさい、と判断されても仕方がないと思います。
また、(2)と(3)は保険営業に限らず、あらゆる営業行為に対して消費者が心にとどめておくべきことでしょう。
たとえば、運用期間中、3%近い保険関係費用が発生する「変額個人年金保険」に加入中の方に「高コストなので、運用益は期待できないと思いますが……」と加入理由を尋ねると、「銀行の人が何度も自宅まで来てくれたから」「今、すごく人気があると言われたので」と返答されることがあります。
見ず知らずの銀行員が、昼夜を問わず、繰り返し自宅まで足を運んでくる時点で、「よほど担当者にとって『いい話』なのだ」とは考えなかったとおっしゃるのです。
現実に「人気商品=優良商品」とはならないケースは多々あります。消費者にとって、むしろ迷惑な商品が、営業努力により、販売実績上、人気商品になっていることも少なくないのです。
もちろん、このような物の見方をしている限り、知る人ぞ知る優良商品などを案内しようとする営業担当者と出会う機会も失ってしまうことになる、とも言えるかもしれません。
しかし、保険のように「相互扶助」を標榜する業界で、仮に「知っている人だけが得をする商品」があるとしたら、その事実が問題視されなければいけないはずです。
生命保険の世帯加入率が90%を超えていた頃、多数派の選択に流されず、言い難い保険への不信感を、自らの判断の軸にしていた「保険嫌い」の人たちに学ぶことは、今も少なくない気がします。
自分が選んだ仕事が差別されているようで、ショックを受けました。公言する人がいないだけで「職業には貴賤があるのだ。少なくともそう認識している人は意外に多いのだ」と実感したからです。
ただ、あらためて当時を振り返ると、「保険嫌い」を自称する人たちの「感覚」は正しかったのではないか、と思います。
私が敬遠された理由は、次の3点に集約されるでしょう。
(1)保険が「いい買い物」なのか測る尺度がない
(2)見ず知らずの他人に「いい話」を持ちかけてくる者がいたら怪しい
(3)(保険に加入している大半の)他人の判断に自分が倣(なら)う理由は見つからない
このような発言をなさる方にお会いしたことはありません。ただ、それは個人の皮膚感覚のようなものを、わざわざ説明する必要がなかったからでしょう。
実際、個々に見ていくと、今も変わらない保険業界の問題点や、消費者がおさえておくべき前提のようなものが明らかになる気がします。
まず、(1)は保険の「透明性」に関わることだと思います。保険のセールスで常用されるのは、「もし……仮に……」「……たら……れば」「入っておくと安心」といった言葉です。
「仮にがんに罹り、先進医療を受けたいと思ったら、300万円前後の治療費が自己負担になります。命の切れ目がお金の切れ目でいいのでしょうか? やはり先進医療に対応した保険に入っておくと安心でしょう」といった具合です。
上記の話法からは「保険料が安心のための対価として妥当なのか?」「300万円もの保険金支払いがなされた事実はどれくらいあるのか?」は全くわかりません。
本連載で繰り返し述べている「保険のコストとパフォーマンス」に対する素朴な疑問への回答は用意されていないのです。提示されているのは、300万円の出費に耐えられない場合、救われる命が救われないかもしれないという不安材料だけです。理屈抜きに胡散(うさん)くさい、と判断されても仕方がないと思います。
また、(2)と(3)は保険営業に限らず、あらゆる営業行為に対して消費者が心にとどめておくべきことでしょう。
たとえば、運用期間中、3%近い保険関係費用が発生する「変額個人年金保険」に加入中の方に「高コストなので、運用益は期待できないと思いますが……」と加入理由を尋ねると、「銀行の人が何度も自宅まで来てくれたから」「今、すごく人気があると言われたので」と返答されることがあります。
見ず知らずの銀行員が、昼夜を問わず、繰り返し自宅まで足を運んでくる時点で、「よほど担当者にとって『いい話』なのだ」とは考えなかったとおっしゃるのです。
現実に「人気商品=優良商品」とはならないケースは多々あります。消費者にとって、むしろ迷惑な商品が、営業努力により、販売実績上、人気商品になっていることも少なくないのです。
もちろん、このような物の見方をしている限り、知る人ぞ知る優良商品などを案内しようとする営業担当者と出会う機会も失ってしまうことになる、とも言えるかもしれません。
しかし、保険のように「相互扶助」を標榜する業界で、仮に「知っている人だけが得をする商品」があるとしたら、その事実が問題視されなければいけないはずです。
生命保険の世帯加入率が90%を超えていた頃、多数派の選択に流されず、言い難い保険への不信感を、自らの判断の軸にしていた「保険嫌い」の人たちに学ぶことは、今も少なくない気がします。
議員定数削減は何をもたらすか?・・・税金を減らすには
議員定数削減は何をもたらすか?・・・税金を減らすには
2年ほど前だっただろう。「事業仕分け」という奇妙な名前の作業があった。誰が発案し、誰が名前をつけたのだろう? 最初からトリックと判っていて巧みに利用し、しばらくの間、「事業仕分けをすれば、増税無し、高速道路無料化ができる」と錯覚させられた。
「事業仕分け」とは上手いコピーをしようしたものだ。大衆心理学を極めた人がめいめいし、大いにマスコミに宣伝したのだろう。毎日流れる仕分け会場の映像にすっかりダマされてしまった。
どんなものでも膨大な集団やものごとがあると、「例外」や「ムダ」が存在する。それはいわば物理法則のようなもので、そのムダを除くと今までムダでは無かったものがムダになる。
つまり「税金のムダを省く」という一見、まともな標語は、実は「膨大な数のもので必然的に生じるムダ」を意味しているのか、それ以上のムダがあるのかによって全く異なる。
また事業仕分けでは、「なにを仕分けするか」が最も大切なのに、それを官僚任せにしていたことも明らかになり、今では事業仕分け自体が茶番劇であり、一応、ムダを省く素振りを見せて増税に進むということになった。
そこでさらにごまかしが行われようとしている。それは「議員定数の削減」である。たしかに日本の議員は数が多く、報酬も高い。だから個人的にはなんとなく嫉妬心がわいて攻撃の対象にしたくなる。でも私たちの目的は「税金を減らすこと」であり、議員定数の削減は金額的には無視できるものであり、議員が減って喜ぶのは税金を増やそうとしている官僚であることを考えると、またダマされかかっている。
・・・・・・・・・
税金のムダ使いの筆頭は「官僚が経営の力がないのに、補助金をばらまいて損ばかりしている」ということだ。軍事・福祉や教育という分野はもともと収益を生まないから損ばかりしていても良いが、年金の運用、意味のない温暖化排出権購入、太陽電池補助金、大型工業団地、レジャーランドなどおよそ中央官庁が音頭をとったビジネスで成功したものはほとんどない。
つまり、税金をドブに捨ててきたことを止めなければならない。そうすれば最大で税金(赤字国債を含む。赤字国債は将来の子供たちが税金で払うものだから)は半分になるのは確実だ。
[
Bandicam_20111222_125857465]
その証拠の一つとして、赤字国債の発行状況を示した。今では「国債を出すのは当然だ」というような感じだが、もともと「税金」というのは国民からお金を取り上げるので、国会での承認を必要とする。増税は多くの場合、なかなか国会で認められない。
ところが「国債」となるとなんとなく「返ってくるお金」という感じがするので、良いじゃないかということになるが、国の仕事の94%が赤字だから、国債費がその事業の収益で還元してこないので、結局、国民が税金で払うしかない。
よくギリシャの国債は外人が買ったので破綻したが、日本の国債は日本人が買っているから破綻しないというが、これは国の経済が破綻するかどうかを言っているだけで、国債の負担が国民の税金でまかなわれるということを言っているのではない。これも「政府に有利に言えば利益になる」という御用専門家が紛らわしいことを言っているだけだ。
・・・・・・・・・
減税の第一段階は補助金などの国の「ビジネス」を止めて国債をゼロにすること、第二に軍事、教育などのように国でなくてはできないことだけを国がして、役人の数を2割程度削減することである。
ダマされる国民も問題と言えば問題だが、自分の利益を考えて政府よりの発言をする御用専門家が多いので、「増税やむなし」、「議員定数削減」などまんまと税金を増やす深慮遠謀に引っかかる。
それより単純に日本人の誠実さを求めて、「公約に反することをするなら解散」の方が単純かも知れない。
「takeda_20120315no.451-(7:28).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年3月15日)
2年ほど前だっただろう。「事業仕分け」という奇妙な名前の作業があった。誰が発案し、誰が名前をつけたのだろう? 最初からトリックと判っていて巧みに利用し、しばらくの間、「事業仕分けをすれば、増税無し、高速道路無料化ができる」と錯覚させられた。
「事業仕分け」とは上手いコピーをしようしたものだ。大衆心理学を極めた人がめいめいし、大いにマスコミに宣伝したのだろう。毎日流れる仕分け会場の映像にすっかりダマされてしまった。
どんなものでも膨大な集団やものごとがあると、「例外」や「ムダ」が存在する。それはいわば物理法則のようなもので、そのムダを除くと今までムダでは無かったものがムダになる。
つまり「税金のムダを省く」という一見、まともな標語は、実は「膨大な数のもので必然的に生じるムダ」を意味しているのか、それ以上のムダがあるのかによって全く異なる。
また事業仕分けでは、「なにを仕分けするか」が最も大切なのに、それを官僚任せにしていたことも明らかになり、今では事業仕分け自体が茶番劇であり、一応、ムダを省く素振りを見せて増税に進むということになった。
そこでさらにごまかしが行われようとしている。それは「議員定数の削減」である。たしかに日本の議員は数が多く、報酬も高い。だから個人的にはなんとなく嫉妬心がわいて攻撃の対象にしたくなる。でも私たちの目的は「税金を減らすこと」であり、議員定数の削減は金額的には無視できるものであり、議員が減って喜ぶのは税金を増やそうとしている官僚であることを考えると、またダマされかかっている。
・・・・・・・・・
税金のムダ使いの筆頭は「官僚が経営の力がないのに、補助金をばらまいて損ばかりしている」ということだ。軍事・福祉や教育という分野はもともと収益を生まないから損ばかりしていても良いが、年金の運用、意味のない温暖化排出権購入、太陽電池補助金、大型工業団地、レジャーランドなどおよそ中央官庁が音頭をとったビジネスで成功したものはほとんどない。
つまり、税金をドブに捨ててきたことを止めなければならない。そうすれば最大で税金(赤字国債を含む。赤字国債は将来の子供たちが税金で払うものだから)は半分になるのは確実だ。
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Bandicam_20111222_125857465]その証拠の一つとして、赤字国債の発行状況を示した。今では「国債を出すのは当然だ」というような感じだが、もともと「税金」というのは国民からお金を取り上げるので、国会での承認を必要とする。増税は多くの場合、なかなか国会で認められない。
ところが「国債」となるとなんとなく「返ってくるお金」という感じがするので、良いじゃないかということになるが、国の仕事の94%が赤字だから、国債費がその事業の収益で還元してこないので、結局、国民が税金で払うしかない。
よくギリシャの国債は外人が買ったので破綻したが、日本の国債は日本人が買っているから破綻しないというが、これは国の経済が破綻するかどうかを言っているだけで、国債の負担が国民の税金でまかなわれるということを言っているのではない。これも「政府に有利に言えば利益になる」という御用専門家が紛らわしいことを言っているだけだ。
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減税の第一段階は補助金などの国の「ビジネス」を止めて国債をゼロにすること、第二に軍事、教育などのように国でなくてはできないことだけを国がして、役人の数を2割程度削減することである。
ダマされる国民も問題と言えば問題だが、自分の利益を考えて政府よりの発言をする御用専門家が多いので、「増税やむなし」、「議員定数削減」などまんまと税金を増やす深慮遠謀に引っかかる。
それより単純に日本人の誠実さを求めて、「公約に反することをするなら解散」の方が単純かも知れない。
「takeda_20120315no.451-(7:28).mp3」をダウンロード
中部大学武田邦彦
(平成24年3月15日)