保険嫌いは意外に正しい | あなたの保険大丈夫ですか?将来の年金支給額知ってますか?直ぐに計算出来ますよ

保険嫌いは意外に正しい

 「とにかく保険は嫌い」「悪いけど、君らのことは『人を騙(だま)してお金を稼いでいる』と思っている」……。保険業界に転職したばかりで、飛び込み営業を繰り返していた90年代後半頃、営業マンへの敵意(?)を隠そうとしない方とたびたび遭遇しました。

 自分が選んだ仕事が差別されているようで、ショックを受けました。公言する人がいないだけで「職業には貴賤があるのだ。少なくともそう認識している人は意外に多いのだ」と実感したからです。

 ただ、あらためて当時を振り返ると、「保険嫌い」を自称する人たちの「感覚」は正しかったのではないか、と思います。

 私が敬遠された理由は、次の3点に集約されるでしょう。

(1)保険が「いい買い物」なのか測る尺度がない

(2)見ず知らずの他人に「いい話」を持ちかけてくる者がいたら怪しい

(3)(保険に加入している大半の)他人の判断に自分が倣(なら)う理由は見つからない

 このような発言をなさる方にお会いしたことはありません。ただ、それは個人の皮膚感覚のようなものを、わざわざ説明する必要がなかったからでしょう。

 実際、個々に見ていくと、今も変わらない保険業界の問題点や、消費者がおさえておくべき前提のようなものが明らかになる気がします。

 まず、(1)は保険の「透明性」に関わることだと思います。保険のセールスで常用されるのは、「もし……仮に……」「……たら……れば」「入っておくと安心」といった言葉です。

 「仮にがんに罹り、先進医療を受けたいと思ったら、300万円前後の治療費が自己負担になります。命の切れ目がお金の切れ目でいいのでしょうか? やはり先進医療に対応した保険に入っておくと安心でしょう」といった具合です。

 上記の話法からは「保険料が安心のための対価として妥当なのか?」「300万円もの保険金支払いがなされた事実はどれくらいあるのか?」は全くわかりません。

 本連載で繰り返し述べている「保険のコストとパフォーマンス」に対する素朴な疑問への回答は用意されていないのです。提示されているのは、300万円の出費に耐えられない場合、救われる命が救われないかもしれないという不安材料だけです。理屈抜きに胡散(うさん)くさい、と判断されても仕方がないと思います。

 また、(2)と(3)は保険営業に限らず、あらゆる営業行為に対して消費者が心にとどめておくべきことでしょう。

 たとえば、運用期間中、3%近い保険関係費用が発生する「変額個人年金保険」に加入中の方に「高コストなので、運用益は期待できないと思いますが……」と加入理由を尋ねると、「銀行の人が何度も自宅まで来てくれたから」「今、すごく人気があると言われたので」と返答されることがあります。

 見ず知らずの銀行員が、昼夜を問わず、繰り返し自宅まで足を運んでくる時点で、「よほど担当者にとって『いい話』なのだ」とは考えなかったとおっしゃるのです。

 現実に「人気商品=優良商品」とはならないケースは多々あります。消費者にとって、むしろ迷惑な商品が、営業努力により、販売実績上、人気商品になっていることも少なくないのです。

 もちろん、このような物の見方をしている限り、知る人ぞ知る優良商品などを案内しようとする営業担当者と出会う機会も失ってしまうことになる、とも言えるかもしれません。

 しかし、保険のように「相互扶助」を標榜する業界で、仮に「知っている人だけが得をする商品」があるとしたら、その事実が問題視されなければいけないはずです。

 生命保険の世帯加入率が90%を超えていた頃、多数派の選択に流されず、言い難い保険への不信感を、自らの判断の軸にしていた「保険嫌い」の人たちに学ぶことは、今も少なくない気がします。