健康談話室(4) 肺がんの原因
健康談話室(4) 肺がんの原因
「lungcancertdyno.268-(5:08).mp3」をダウンロード
(ここで整理すること:音声が主体です)
肺がんの種類とその割合
腺がんなど 80%(タバコに関係の無いガン)
扁平上皮ガン 20%(タバコと関係の深いガン)
原因として公表されているもの(縦割り発表)
ディーゼル排気ガス 10%(旧運輸省管轄)
アスベスト 8%(旧労働省管轄)
タバコ 20% (旧厚生省管轄)
一般原因 62%(担当省庁無し)
肺がんが急増しているのに、喫煙率は低下を続けています。
わたしたちは省庁の利権ではない真なる原因を研究する必要があるでしょう。
中部大学武田邦彦
(平成24年10月5日)
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肺がんの種類とその割合
腺がんなど 80%(タバコに関係の無いガン)
扁平上皮ガン 20%(タバコと関係の深いガン)
原因として公表されているもの(縦割り発表)
ディーゼル排気ガス 10%(旧運輸省管轄)
アスベスト 8%(旧労働省管轄)
タバコ 20% (旧厚生省管轄)
一般原因 62%(担当省庁無し)
肺がんが急増しているのに、喫煙率は低下を続けています。
わたしたちは省庁の利権ではない真なる原因を研究する必要があるでしょう。
中部大学武田邦彦
(平成24年10月5日)
広島の児童虐待死 母親に宛てた手紙に「お母さん ありがとう お母さん大好きです」
感情的になって記事を書くのは、よくないと分かっている。だが、この事件の顛末を知ると、感情を押し殺すのが難しくなる。あまりに、切なすぎるからだ。新聞記事を読んで、久しぶりに泣いた。
広島県府中町の自宅で、小学5年の長女・唯真(ゆま)さんに暴行し、死亡させたとして、母親の堀内亜里被告(28)が逮捕されたのは、10月1日のことだった。この日、母親は「娘の様子がおかしい」と交番の警官に告げた。すでに唯真さんは車の助手席でぐったりしていた。病院に搬送されたものの、唯真さんは間もなく死亡した。
母親の容疑は傷害致死。2012年10月8日付の中国新聞によると、「(娘が)うそをつくので、しつけのために殴った。30分くらい暴行した」「やり過ぎた」などと、母親は捜査関係者に供述している。唯真さんの頭を殴るのに使ったのは「練習用ゴルフクラブ」。死因は、殴打が原因の後頭部くも膜下出血と脳挫傷による出血性ショックだと言う。
母親は、「東広島市の高校を中退後、17歳で唯真さんを出産。3カ月後に離婚した」、いわゆるヤンママである。母親は自分では育てられないので、「唯真さんは生後5カ月で乳児院に入った」。母親のみならず祖母からも虐待を受け、2009年には児童養護施設へ。2011年に帰宅してからも、母親から日常的な虐待を受けていたようだ。
子育ての力がない母親。子どものことなど関係なく、簡単に離婚してしまう父親と母親。暴力としつけを同じものだと勘違いする祖母。親元にとどまることのできない唯真さんは、「人生のほぼ半分の期間を、乳児院と児童養護施設で過ごした」。今となっては、施設で暮らし続けていた方がよかったのではないかと思ってしまう。しかし、自身が暮らす場所を、子どもが自分で決めることはできない。
10月23日付の同紙に、10歳の唯真さんが母親に宛てた手紙の一部が公開されている。そこには「…お母さん ありがとう …お母さん大好(き)です」と大きな字で書かれている。その「大好(き)」な母親に殴り殺された唯真さんは、何を思いながら殴られ、死んでいったのだろう。
ときどき、したり顔で「生んでくれた親には、無条件で感謝せよ」と述べる年配者がいる。とはいえ、生んでから育て上げたのならまだしも、まともに育てようともせず、挙げ句の果てに子どもを殴り殺すような親に対し、どうやったら「無条件で感謝」などできるのだろう。偉そうにそう言われる度、年の割には「親と子の関係にはいろいろなパターンがある、ということすら知らない無知な人だ」と思ったりする。
繰り返すが、子どもは自分の暮らす場所を自分では決められない。そして、自宅で暮らしているからといって、安心してはいられない。まわりの大人がしっかりと見守り、他人の子どもであろうと、SOSのサインを見逃さないことが重要であろう。ひとりでも多くの、いま虐待を受けている子どもに、生き残ってほしいと 切に思う。
広島県府中町の自宅で、小学5年の長女・唯真(ゆま)さんに暴行し、死亡させたとして、母親の堀内亜里被告(28)が逮捕されたのは、10月1日のことだった。この日、母親は「娘の様子がおかしい」と交番の警官に告げた。すでに唯真さんは車の助手席でぐったりしていた。病院に搬送されたものの、唯真さんは間もなく死亡した。
母親の容疑は傷害致死。2012年10月8日付の中国新聞によると、「(娘が)うそをつくので、しつけのために殴った。30分くらい暴行した」「やり過ぎた」などと、母親は捜査関係者に供述している。唯真さんの頭を殴るのに使ったのは「練習用ゴルフクラブ」。死因は、殴打が原因の後頭部くも膜下出血と脳挫傷による出血性ショックだと言う。
母親は、「東広島市の高校を中退後、17歳で唯真さんを出産。3カ月後に離婚した」、いわゆるヤンママである。母親は自分では育てられないので、「唯真さんは生後5カ月で乳児院に入った」。母親のみならず祖母からも虐待を受け、2009年には児童養護施設へ。2011年に帰宅してからも、母親から日常的な虐待を受けていたようだ。
子育ての力がない母親。子どものことなど関係なく、簡単に離婚してしまう父親と母親。暴力としつけを同じものだと勘違いする祖母。親元にとどまることのできない唯真さんは、「人生のほぼ半分の期間を、乳児院と児童養護施設で過ごした」。今となっては、施設で暮らし続けていた方がよかったのではないかと思ってしまう。しかし、自身が暮らす場所を、子どもが自分で決めることはできない。
10月23日付の同紙に、10歳の唯真さんが母親に宛てた手紙の一部が公開されている。そこには「…お母さん ありがとう …お母さん大好(き)です」と大きな字で書かれている。その「大好(き)」な母親に殴り殺された唯真さんは、何を思いながら殴られ、死んでいったのだろう。
ときどき、したり顔で「生んでくれた親には、無条件で感謝せよ」と述べる年配者がいる。とはいえ、生んでから育て上げたのならまだしも、まともに育てようともせず、挙げ句の果てに子どもを殴り殺すような親に対し、どうやったら「無条件で感謝」などできるのだろう。偉そうにそう言われる度、年の割には「親と子の関係にはいろいろなパターンがある、ということすら知らない無知な人だ」と思ったりする。
繰り返すが、子どもは自分の暮らす場所を自分では決められない。そして、自宅で暮らしているからといって、安心してはいられない。まわりの大人がしっかりと見守り、他人の子どもであろうと、SOSのサインを見逃さないことが重要であろう。ひとりでも多くの、いま虐待を受けている子どもに、生き残ってほしいと 切に思う。
米国債13兆円持ち出し事件の真相
2009年6月、日本人男性二人が多額の米国債を持ち込もうとして、スイスの国境付近で拘束される事件がありました。まだ記憶に新しいと思います。イタリアからスイスへと向かう列車の中で、二重底のケースに隠されていた国債の束が見つかりましたが、押収された額面が総額1340億ドルという巨額であったことから、特に欧州メディアが注目しました。この時、国債を持っていた二人の日本人男性が、どこの馬の骨とも分からない人物であれば、どうせ偽物だろうということで片付けられた話だと思いますが、二人のうち一人は現役の財務省の役人で、もう一人は元日銀総裁の武藤敏郎氏の義弟であるとの報道があったことから、事件の背景に大きな陰謀の存在を感じさせました。
この件は、結局アメリカがその国債の束を偽物であると発表したことで幕を引きましたが、なぜかアメリカはその偽物の国債と称するものを回収してしまったのです。偽物なら回収する必要はないはずです。しかし実際には、これこそ(すでに書いた)本物の超高額紙幣でした。おそらく日銀の倉庫に保管されていたものでしょう。一枚の額面が5億ドルと大きく、日本円にして約13兆円(当時の為替レート)という巨額にもかかわらず、札束はわずか250枚ほどで、懐に入れて持ち歩くことだって可能なはずです。それに本来なら特権で税関を素通りできるはずなのに、わざわざスーツケースの二重底に隠し持っていたために、逆に怪しまれてことが露見しました。
天皇が何かの用で引き出そうとしたものを、担当者だった財務省の役人と武藤氏の義弟の二人が共謀し、懐にいれようとしたのでしょうか。超高額紙幣はそのままでは表の経済では使えないので、マネーロンダリングして一般的な紙幣に交換するためにスイス銀行へと向かったところで、それを察知していた天皇サイドのスパイ、あるいは公安の手が回ったわけです。二人を拘束したのは、イタリアから尾行してきた財務警察で、イタリア経済財務省の所属で密輸や麻薬取引などを中心に捜査する機関でした。
その後二人は釈放されましたが、帰国した財務省の役人はその事件から3ヵ月後、友人に連れられて山登りに行った新潟の山中で亡くなりました。死因は心臓麻痺だそうです。連れて行った友人とは一体誰なのでしょうか。もう一人の武藤氏の義弟という人物は、宮内庁で身柄を引き取られ、命は助かった模様です。本来は権力者でなければ手にできない高額紙幣に、庶民が手をつけたというこの事件以来、裏の経済において超高額紙幣を復活させる計画は凍結されてしまったわけです。
この事件に関して別の情報筋によると、この時の13兆円は、日本がアメリカに送るはずであった資金を、当時の財務大臣であった故中川昭一氏がアメリカの意に反してIMF(国債通貨基金)の寄付に回そうとして、密かに運び出したものだという説もあります。サブプライムローンの問題を抱えて金融危機に陥ったアメリカは、各国に金融支援を要請しており、日本にも大量の資金援助を「強要」しました。
しかしアメリカ発の金融危機に、自作自演という疑念を抱いていた故中川昭一財務相はこれを拒否。そんなアメリカに送るよりIMFに寄付することを選択し、事件に先立つ4ヶ月前の2009年2月17日、ローマで行なわれたG7でその方針を発表します。これを阻止しようとアメリカは、中川氏が会見を行なう直前に、日本人記者らとの懇親の席で彼の飲んでいたワインに「一服」盛りました。その後に起こったのが、我々もよく知っているあの「ヨレヨレ会見」です。政界でも酒豪として知られ、二日酔いで会見場に現れることも珍しくなかった中川大臣とはいえ、昼間に飲んだワイン程度であれほど泥酔するのはおかしいと、当初から言われていました。やはりその裏には謀略が働いていたようです。
この件では、昼食に同席していた読売新聞東京経済部所属の女性記者が毒を盛ったのではないかと噂されました。事実は闇の中ですが、本人は未だに日本に帰ってきていません。ちなみにその場に同席していた財務省の玉木林太郎国際局長(当時、現財務官)は、2011年7月の新聞紙上で、OECD(経済協力開発機構)の次期事務次長に指名されたと報道されました。
中川氏が盛られた薬は、おそらくハルシオン(睡眠薬)です。大量に飲めば死に至ることもありますが、少量なら酩酊する程度で、命に別状はありません。恐らく脅すだけのつもりだったようです。しかし中川大臣はそれでも押し切って、IMFへの10兆円の融資を決定しました。その後、ローマでの会見で醜態をさらしたことを問題視され、大臣を辞任させられましたが、財務省の役人に命じて、いったんアメリカに支払った資金を引き上げさせたようです。イタリア警察に押収された「偽りの米国債」と称するものを、アメリカが押収したのはこのためだったと見られています。
亡くなる数日前の会合で中川氏は、今度は毒を盛られたようです。各社の報道によると、死因は心筋梗塞だと発表されましたが、ベッドに嘔吐の跡があったことがわかっています。心筋梗塞ではありません。私の勘ですが、おそらく放射性物質を使ったのではないかと思います。放射性物質を盛られると、すぐには異常は出ませんが、3日ほどすると内臓がやられ、1週間で死に至ると言われています。
この件は、結局アメリカがその国債の束を偽物であると発表したことで幕を引きましたが、なぜかアメリカはその偽物の国債と称するものを回収してしまったのです。偽物なら回収する必要はないはずです。しかし実際には、これこそ(すでに書いた)本物の超高額紙幣でした。おそらく日銀の倉庫に保管されていたものでしょう。一枚の額面が5億ドルと大きく、日本円にして約13兆円(当時の為替レート)という巨額にもかかわらず、札束はわずか250枚ほどで、懐に入れて持ち歩くことだって可能なはずです。それに本来なら特権で税関を素通りできるはずなのに、わざわざスーツケースの二重底に隠し持っていたために、逆に怪しまれてことが露見しました。
天皇が何かの用で引き出そうとしたものを、担当者だった財務省の役人と武藤氏の義弟の二人が共謀し、懐にいれようとしたのでしょうか。超高額紙幣はそのままでは表の経済では使えないので、マネーロンダリングして一般的な紙幣に交換するためにスイス銀行へと向かったところで、それを察知していた天皇サイドのスパイ、あるいは公安の手が回ったわけです。二人を拘束したのは、イタリアから尾行してきた財務警察で、イタリア経済財務省の所属で密輸や麻薬取引などを中心に捜査する機関でした。
その後二人は釈放されましたが、帰国した財務省の役人はその事件から3ヵ月後、友人に連れられて山登りに行った新潟の山中で亡くなりました。死因は心臓麻痺だそうです。連れて行った友人とは一体誰なのでしょうか。もう一人の武藤氏の義弟という人物は、宮内庁で身柄を引き取られ、命は助かった模様です。本来は権力者でなければ手にできない高額紙幣に、庶民が手をつけたというこの事件以来、裏の経済において超高額紙幣を復活させる計画は凍結されてしまったわけです。
この事件に関して別の情報筋によると、この時の13兆円は、日本がアメリカに送るはずであった資金を、当時の財務大臣であった故中川昭一氏がアメリカの意に反してIMF(国債通貨基金)の寄付に回そうとして、密かに運び出したものだという説もあります。サブプライムローンの問題を抱えて金融危機に陥ったアメリカは、各国に金融支援を要請しており、日本にも大量の資金援助を「強要」しました。
しかしアメリカ発の金融危機に、自作自演という疑念を抱いていた故中川昭一財務相はこれを拒否。そんなアメリカに送るよりIMFに寄付することを選択し、事件に先立つ4ヶ月前の2009年2月17日、ローマで行なわれたG7でその方針を発表します。これを阻止しようとアメリカは、中川氏が会見を行なう直前に、日本人記者らとの懇親の席で彼の飲んでいたワインに「一服」盛りました。その後に起こったのが、我々もよく知っているあの「ヨレヨレ会見」です。政界でも酒豪として知られ、二日酔いで会見場に現れることも珍しくなかった中川大臣とはいえ、昼間に飲んだワイン程度であれほど泥酔するのはおかしいと、当初から言われていました。やはりその裏には謀略が働いていたようです。
この件では、昼食に同席していた読売新聞東京経済部所属の女性記者が毒を盛ったのではないかと噂されました。事実は闇の中ですが、本人は未だに日本に帰ってきていません。ちなみにその場に同席していた財務省の玉木林太郎国際局長(当時、現財務官)は、2011年7月の新聞紙上で、OECD(経済協力開発機構)の次期事務次長に指名されたと報道されました。
中川氏が盛られた薬は、おそらくハルシオン(睡眠薬)です。大量に飲めば死に至ることもありますが、少量なら酩酊する程度で、命に別状はありません。恐らく脅すだけのつもりだったようです。しかし中川大臣はそれでも押し切って、IMFへの10兆円の融資を決定しました。その後、ローマでの会見で醜態をさらしたことを問題視され、大臣を辞任させられましたが、財務省の役人に命じて、いったんアメリカに支払った資金を引き上げさせたようです。イタリア警察に押収された「偽りの米国債」と称するものを、アメリカが押収したのはこのためだったと見られています。
亡くなる数日前の会合で中川氏は、今度は毒を盛られたようです。各社の報道によると、死因は心筋梗塞だと発表されましたが、ベッドに嘔吐の跡があったことがわかっています。心筋梗塞ではありません。私の勘ですが、おそらく放射性物質を使ったのではないかと思います。放射性物質を盛られると、すぐには異常は出ませんが、3日ほどすると内臓がやられ、1週間で死に至ると言われています。