映画を観るとき監督で選ぶことってありますよね。誰が監督したのか。


今年の初めに『ある男』を観に行きました。監督は『愚行録』『蜜蜂と遠雷』『Arc アーク』で日本人離れしたシャープな映像感覚で才能の高さを見せつけた石川慶さんです。自ずと期待が高まります。


そして感想は


とっても面白かったです!!


一番驚いたのはこれまでの作品とはまったく映像のルックが違うということでした。

なんと言ったらよいのか、、

欧風から和風に変えたという感じですかね。見た目が綺麗で分かりやすい盛り付けから、一見地味ながら出汁をしっかり取った深みのある味付けにこだわったというような。こういうトーンも出来るんだぞという自信が映画全体から滲み出ていました。

身近にある日本の風景や生活感をナチュラルに描きながら映像作家としての色をさりげなく出してくる職人気質。

それはもうワンカットワンカット緻密に撮られています。


その中からあるカットについて述べます。


映画の始めのほうで文房具店が出てくるんですが、谷口大祐(窪田正孝)が2度目に訪れる場面です。


どこにでもあるごく普通の文房具店。

店内の一角で近所のおばちゃんが里枝(安藤サクラ)の母初枝と喋っています。

小学生の息子が学校から帰ってくる。里枝、子供を家の奥に通したあとレジへ向かう。


ここから

レジ向けのカットに移り、大祐が画面手前左側からフレームインします。


手にした商品を持ってレジへ向かう大祐。里枝、すでにレジに居る。

里枝が計算を始めるとおばちゃんが大祐に話しかけます。


「お兄さん、絵ぇ描くの趣味?」
大祐、おばちゃんに目を合わせない程度に振り向きお辞儀する。
「お兄さんが絵ぇ描いちょるとこ見たってうちのお客さんが言うちょったかい。清瀬川んとこの芝生で。こんど見せてよ~」
などとおばちゃんが大祐に絡む。
大祐、振り向いたあと小声で「いや、見せるほどのものじゃないです・・」
おばちゃん厚かましく「里枝ちゃんも見たいじゃろう?」
里枝、おばちゃんを見ながら「おばちゃんっ!・・(お客さんが)困っちょうよ」
おばちゃん、バツのわるそうな表情をしたあと再び初枝と話し出す。

以上、このワンカットの中に演出家の高い要求とそれに応えた俳優の技術が見てとれます。

映像的演技
画面奥から、里枝(安藤サクラ)、大祐(窪田正孝)、おばちゃん、といった縦の構図ですね。
この時の窪田正孝の背中の演技が凄いんです。
レジに着いたあと、最初は窪田正孝に被って安藤サクラの姿が隠れてますが、おばちゃんの「絵ぇ描くの趣味?」の声で振り向いたとき微妙に窪田が身体を左に動かします。同時に安藤サクラも微妙に右へ身体を動かして「何?」といった表情をおばちゃんに見せます。一瞬の間合いです。写真に上げたカットがそれです。窪田の身体がほんの少しでも右にズレてしまうと安藤サクラは見えなくなってしまいます。俳優にはミリ単位の動きが要求されていることがわかります。
そのあとも窪田の左右の揺れの合間に安藤サクラがおばちゃんと窪田に目線を配りながらセリフを言います。
セリフの抑揚、表情の変化など、安藤サクラが抜群に巧いです。

出会ったばかりの2人の関係をお客さんにどう見せるかということなんですが、自分がどう映っているのかを知っていなければこういう微妙な動き(演技)は出来ません。つまり、俳優はフレーム(映像)を理解した上で決められた動きを正確に再現しているということになります。

しかし映画を観てると計算したようには見えないんですね。むしろアドリブのように見える。

時間にして40秒ほどですが、窪田正孝の背中の演技を軸に、それに反応した安藤サクラとおばちゃん、3人のアンサンブルが見事なワンカットです。
おばちゃんを絡ませることによって、お互い意識し始めた2人の微妙な心の距離感が浮かび上がります。
映像ならではの表現です。
生け花でいえば、真・副・控  のような、それこそ和風といいますか日本的といいますか、伝統的な手法と美と技術が合わさっていて驚かされます。

このような細かい演出が至るところにあり、本作品は名カットのオンパレードとなっています。

城戸(妻夫木聡)と小見浦(柄本明)が対峙する面会の場面も良かったですね。面会部屋に行くまでの長い通路を使った表現にしても、石川慶監督の映像センスが光ります。もはや芸術の域です。

撮影は近藤龍人さん。「万引き家族」のカメラマンですね。
照明の宗賢次郎さんは石川組の常連。
優れたスタッフによってフレームを作り込まれた映画だとも言えます。
人間の表と裏、闇、可笑しさや不思議さを描いた『ある男』。
才能の成せる技ですね。


わずかな隙間から里枝(安藤サクラ)が一瞬顔を出す。そのタイミングの素晴らしさたるや何度観ても凄い。



石川慶監督の次回作も楽しみです😃✨