~リトル・リチャードを聴きながら~

ロックンロールのパイオニア、リトル・リチャードのドキュメンタリー映画『アイ・アム・エヴリシング』の公開を記念して、観た人も観てない人もワチャワチャ語る夜です。

 

リトル・リチャードのことを語れるほど知らないのですが、映画を観てきて感動したことや、サム・クックと繋がりもあったので、そんなことを交えながらすうじぃさんと語ってきました。

 

 

前半はリトル・リチャードのデビュー辺りからスペシャルティ・レコードに移籍してロックンロールが生まれ、飛行機事故からゴスペルに移行するあたりまでです。

 

映画を観に行ったのですが、印象に残った部分だけ覚えてはいるものの、前半なんてどんな感じだったか忘れてしまってて、スタートからいきなりつまずくという(笑)

 

曲に関してはゴスペル移行時代もそうですが、スペシャルティ時代以外の印象が残ってませんでした、すみません(^^;)

 

さほど打ち合わせもせず(前飲みはしていましたがw)、流す曲は殆どスペシャルティ時代のロックンロールでしょって思ってたのが”Tutti Frutti”と"Long Tall Sally"ぐらいで、ファッツ・ドミノやビートルズと聴き比べたりして意外な方向に進んでいったのが逆に面白かったです。

 

純粋にロックンロールとしてのリトル・リチャードを聴くのであればスペシャルティ時代だけで十分だと思うんですが、トーク的にはそれだと物足りなく「イイですねぇ、イイですねぇ」だけで終わってたと思うので、色々聴けて新たな発見があって勉強になりました。

 

タイム感の話が出ていましたが、前のめりにツッコんでいくリトル・リチャードは、ファッツ・ドミノの後ろに乗せていく感じとは違って、あの突然変異はどこから来たのか、はたまた誰かを手本にしていたのかも気になるところです。

 

そういえば、すうじぃさんにもツッコまれてましたが、改めてソウル・ミュージックの定義となるポップスにゴスペルを融合したその「ゴスペルっぽさ」というのも前半の終わりに考えさせられました。

 

う~ん、深い。

 

リトル・リチャードの前のめりのタイム感と、ソウルの「ゴスペルっぽさ」について、これですって答えをお持ちの方は教えてください(笑)

 

 

 

 

後半はリトル・リチャードがロックンロールに復活するきっかけとなったサム・クックとのイギリス・ツアーの話からスタートしました。

 

 

 

 

ロックンロールに戻った経緯は動画を観てもらうとして、持っていったOK盤のアルバム「エクスプローシヴ」(動画でエクスキューズと言い間違えてました(^^;))から色々とノーザンソウルやサザンソウルを流して、60年代のリトル・リチャードで終わるのかと思ってましたが、そこよりも後の音源までいきましたね(笑)

 

しかしこれまた70年代以降の音源も面白く、ヒットはしないまでも後年まで声の張りはあって驚きました。

 

リトル・リチャードがサム・クックは録音していないけどソングライティングした曲を2曲歌ってるのでその曲を張り付けておきます。

 

 

 

 

 

 

 

サム・クックがソングライティングした2曲ともカッコいいですよね!

 

相変わらず人の話をちゃんと聞かずに的外れなことを言ってしまいがちな僕ですが、すうじぃさんの言ってた57年って年が、本当にリトル・リチャードがロックンロールを止めてゴスペルに行き、サム・クックがゴスペルからソウルに行く転換点だったんだなって感じました。

 

ゴスペルを中心にあって、ロックンロールの時代が終わり、そしてソウルの時代が始まった年です。

 

凄い時代ですね、57年って。

 

 

 

ピーター・バラカンさんの翻訳監修のことにも触れていましたが、以前からある固有名詞のカタカナ英語を正す方向に力を入れてられました。

 

僕たちの古くからブラック・ミュージックに触れてきた世代は、アレサをアリーサとか中々変えられない親しみ方をしているのですが、バラカンさんはそんな僕らの世代というより、これからブラック・ミュージックに触れてくる若い世代の人たちに、正しい固有名詞の呼び方を違和感なく当たり前なものとして親しんでもらうためにやっていると言ってられました。

 

なるほどです。

 

うるさい古参の人間に敢えてそこまで変えろと言ってるわけではなくこれからの人に向けてだと。

 

これはディズニー映画やスパイダーマンの主人公を黒人に変えてきた流れと似ています。

 

黒人が主人公であることにこれからの若い世代の人たちには違和感なく捉えてもらいたいという。

 

しかしブラック・ミュージックが好きな僕ですら、既存の作品の主人公まで変えてくるこの流れはちょっと過剰すぎるのではないかと思っていました

 

ディズニーはその移行に少々焦りすぎていたと認めていますが、こういう流れは早めにしておかないと人の意識というものは直ぐには変えられないと急いていた部分もあるようです。

 

 

 

トークの中でも言っていましたが、映画『グリーン・ブック』を引き合いに出して、上流階級の黒人ピアニストのドン・シャーリーが、同じ黒人のリトル・リチャードやサム・クックを知らないことや、ゲイであったこともあり、白人からや同胞の黒人からもバカにされて差別を受け、一体自分は何者なんだと思い悩む姿にリトル・リチャードを重ねました。

 

サム・クックはソウルの道を歩めど後年までゴスペルを捨てることがなかったため、いつでもゴスペルに戻る道は残されていました。

 

しかし、ゴスペルを捨てて白人市場に行ったサミー・デイビスJrなどは、もうゴスペルの道に戻ることはできず、白人市場からお払い箱になってしまえば、彼はもう行き場がなくなってしまうんだとサム・クックは言っていました。

 

同じように黒人でありゲイ(クイア)であったリトル・リチャードが、ロックンロールを捨てるということはどういうことか。

 

更に何者でもなくなってしまいます。

 

普通の人間として見られるのなら別に何者にもなる必要はありません。

 

けど、彼にはその普通さえ与えられませんでした。

 

だからこそ何者であるかであるために『ロックンロールの創始者』という肩書がほしかった。

 

それがやっと認められたという、あのアメリカン・ミュージック・アワードでの涙の受賞になったと思います。

 

 

 

 

人種差別もなくならず、LGBTQを認める声が高まっている昨今だからこそ、クィーンやリトル・リチャードのようなアーティストが題材とされた映画化に拍車がかかったのではないかと思います。

 

何か今の時代に合ったテーマがないと映画化にしようとする動きが起こらないのかもしれません。

 

そうなると亡くなり方は奇怪ではあるものの、人種差別だけではまだ恵まれていたサム・クックの映画化は程遠いかもしれないなと、リトル・リチャードの映画を観て感じたのでした(^^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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サム・クックナイトの11回目のパーティーも盛り上がって楽しい時間が過ごせました。

 

その時の映像も6部に分けてYouTubeにUPして頂いているので、是非ご覧いただければと思います♪

 

(↓6部まとめてリストにしました)

 

 

 
オープニングから頭の中が真っ白になって、自分であうんさん・すうじぃさんとツグミさんとカワベさんのバンド名をシャレで名付けてた『SAMG's』のネーミングを忘れてて思い出すのに時間がかかってしまいました(笑)
 
そのSAMG'sがサム・クックナイトで初めて「YEAH MAN」のを演ってくれて嬉しかったです!
やはりオープニングは華々しくSAMG'sからスタートするのが良いですね!
 
そして遠渡はるばる姫路は宍粟市から出演して頂いた岡崎ケンタさん
平日でもサム・クックナイトには出たいと駆けつけて下さいました!
いつも伸びやかな歌声でサムをカバーして頂くので気持ちがよいです
 
「サム・クックは勿論ですが、サム・クックナイトが好き」
 
そう言って岡崎さんは「Twistin' The Night Away」でサム・クックナイトの替え歌を歌って下さいました
 
後で登場される鶴瑞輝さんや、リツうめHideyaさんも、それぞれサム・クックのカバーでサム・クックナイトの歌詞に変えて歌って頂けました
 
無理に頼んで出演して頂いたりもありましたが、サム・クックナイト愛に溢れる言葉や替え歌を聴くと、皆でサム・クックナイトを続けてきて良かったなと思います
 
ティモン永澤くんも慣れてこられたのか珍しく3曲も演って下さるし(笑)
ティモンくんから「いーねー!」が出て、会場からも「いーねー!」コールが返ってたので最高だったはずです!(笑)
 

 

 

 

 

 
朗読をお願いした福美さんも今回で3回目となり、信頼させてもらってる通り文章の添削や朗読をして頂きました
おかげさまで思いもしなかったサム・クックの朗読3部作が完成してありがたいです
 
前回はサム・クックをキリストに例えていたので十字架のネックレスを
そして今回はバディ・ホリーに合わせて黒縁の眼鏡とファッションアイテムにも拘って頂いて面白かったです(笑)
 

 

 

 

 

 

 
岐阜というこれまた遠方から出演頂いた鶴瑞輝さんの、チャチャチャがおもちゃのチャチャチャとかかってて、しかも僕らの名前まで出てきたりして、ほんと楽曲のアレンジセンスが凄いです!
 
桑田瑞樹さんも久しぶりに尺八を演奏して下さいました(笑)
うん、皆さんが歌うサム・クックナイトの替え歌にも尺八が出てくるので使わないわけにはいかないですよね(笑)
桑田さんがいると癒されます♪
 

 

 

 
 
 
 
僕とすうじぃさんのトークショーは、今回のサブタイトルにもあるように「リスペクト!サム・クック」で
リスペクトしてる形が表向きに表れているものを冗談交じりに紹介させて頂きました(笑)
 
サム・クックをフルカバーしているアルバムの紹介から、トータス松本さんや忌野清志郎、そして甲本ヒロトとBAWDIESのROYさんなど、サム・クックをリスペクトしている日本のシンガーさんたちのサム・クックに対する思い
そしてオーティス・レディングとサム・クックは共演をしたことがあるのかなどを解説しています
 
まとめでは酔っぱらって言おうとしていたことが飛んでしまいましたが
リスペクトしてきた人がいて、その人の曲をカバーすることによって、自分がなぜ歌を歌おうと思ったのかに思い悩んだ時に
立ち返る場所としてサム。クックのようなリスペクトする存在があると心強いよねという事が言いたかったです
 
サム自身もそういったリスペクトする先人たちの曲をカバーしまくってきましたからね
トークショーで紹介してきた人たちも皆、あの人のようになりたいと思ってカバーしてきて新しいヒーローになりましたし
オリジナルだけが正義ではないと思います
 
なのでサム・クックナイトでサム・クックをリスペクトしてサムをカバーしてくださった出演者の皆さんを
僕はリスペクトしています!
 

 

 

 
 
 
 
 
僕と同じ神戸からムーチョさんが8開催ぶりの出場
確か前回は病み上がりで音楽活動を復活して間もないころだったと思います
もう病気のことも心配なくお酒もやめられたこともあってか、めちゃくちゃパワーアップされてました!
 
リツうめHideyaさんで、Hideyaさんの味のあるベースのリズムに乗っかるリツくんとうめちゃんのハーモニーが素晴らしくて
お願いして良かったなと思います
MCでうめちゃんも言ってられましたが、サム・クックナイトの前のライブで偶然お会いして
出演ハラスメントになっていなかったか心配でした(笑)
 
岡崎ケンタさんの時もそうだったんですが、リツうめHideyaさんの「DESIRE ME」の日本語詞に3月6日という、サム・クックナイトが開催されているサムの日(3月6日)と、クックの日(9月9日)なんかの日付まで歌詞に入れて頂いてて感動しました
 
今でも「DESIRE ME」の歌詞
 
3月6日に聴こえるラブソング
あなたの音色に同じ夢みたい
おそろいのTシャツ
春はもうすぐよ
 
がお気に入りで頭の中でループしています♪
 

 

 

 
 
 
 
 
ザ・ルービーズの華のあるツグミさんのベースに、カワベさんの迫力のあるドラム、名手達郎くんのアタックの強いギターワーク、英語詞を難なく歌い上げるすぅさんのボーカル
やっぱりラストはルービーズです
ビールがすすみます(笑)
 
今回は珍しくカワベさんがボーカルを取ってみたり、何度も繰り返して歌う「Try a Little Tenderness」では、カワベさんが僕やすうじぃさんの名前を叫ぶもんだから可笑しいやら嬉しいやらで目頭が熱くなりました(笑)
何だかカワベさんがフューチャーされた回でしたね
 
カワベさんも終わりたくなかったとか、ツグミさんも「朝までやるでー!」って僕も同じ気持ちで嬉しいこと言って下さるし
最後の大団円の「Having a Party」ではそういう気持ちを爆発させるにはもってこいの締めでした
 
ほんとに楽しかったなぁ
 
出演者の皆様、そしてご来場の皆様、ナッシュビルウエスト、ありがとうございました!
 

 

 

 

 

 

 
そしてそして最後の挨拶では重大発表が!
 
そう今年の9月9日(月)のクックの日は何とこれ!↓↓↓↓↓
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
サム・クックナイト東京開催が決定しました!
 
場所はサム・クックが大好きで名前にもされているクックヨシザワさんが店長を務める下北沢ベースメントバー!
 
関東方面の方は是非お友達をお誘いのうえ遊びに来てください!
 
一緒にパーティーを楽しみましょうね!
 
ってことで、これからも大丈夫!パーティーを続けましょー!
 
イェイ!(^^♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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題名 【 “THE SING SAM COOKE” ~ 『迎合なきクロスオーバー』 】

 

 

作    :   元親

 

朗読   :   福美

 

 

 

 

アポロ・シアターにいた満員の黒人の観衆は、若い白人のロックンロールバンドのステージに沸き立っていた。

黒人エンターテイメント最高のステイタスとされるこの劇場に、プロモーターが黒人のグループと間違えて、白人であるバディ&クリケッツをブッキングしたことで、白人による最初のアポロ出演という前代未聞の出来事となった。

幕が降りるや否やバディ・ホリーが足早に舞台袖に戻ると、サム・クックが拍手で迎えた。

その日、共演となったサム・クックは、バディらの健闘を讃え、宿舎を探していた彼らを、自身が泊まる黒人専用のホテルに一緒に来るように誘った。

ホテルのオーナーは当然のごとく白人の宿泊を拒んでいたが、サムは、それなら君のホテルは二度と使わないと突っぱねた。
困惑したオーナーは渋々承諾し、バディらはそこで無事に一夜を明かすことが出来た。

意図せず人種のクロスオーバーに成功したバディ・ホリーにとって、サム・クックの同胞に対しても人種の境界線を無くすように強く主張する姿を印象付けられる夜になった。

そしてそのサム・クック自身も新たな境界線を越えようとしていた。

エド・サリヴァン・ショーへの出演。
それは、アメリカ全土に放送される初のテレビ出演だった。
 

人種差別が激しい状況下でも、それを嫌うエド・サリヴァンの主導権により、サム・クックの出演が決まったのだ。

1957年11月3日、生放送の番組は終盤にさしかかり、いよいよ黒人の新人歌手が登場する。

サム・クックの髪の毛は当たり前のようにコンクで伸ばされ、グリースで艶光りしていた。

初のソロデビュー曲にして自身最大のヒットとなった『ユー・センド・ミー 』を、サムはお得意のフィンガー・スナッピングで意気揚々と歌い出す。

 

 

 


予想以上に時間が押してしまった為、サム・クックが歌い出した途端に番組は突然終わってしまった。

サム・クックをゴスペルシンガーのアイドルとして憧れ、自らもその道を選んだアレサ・フランクリンは、この日の放送を楽しみに見ていたが人種偏見だと激怒した。


サムは放送が終わっていることに気が付かず、しばらく歌い続けていたが、やがて呆れた表情でステージから立ち去った。

惨めなテレビ・デビュー。

番組スタッフからの謝罪に微笑むサムの内心は、怒りと虚しさに苛まれていた。

エド・サリヴァンは直ぐにスケジュールを調整し、サム・クックに電話で1ヶ月後のやり直しを申し出て、出演を取り決めた。

サムへの謝罪だけでなく、視聴者が人種偏見と誤解することへの嫌悪感を持ったサリヴァンの、釈明の場としてもそれは必要だった。

リトライとなった放送の当日。
この日の出演者にはアポロ・シアターで共演したバディ・ホリーがいた。

前回のような失敗の無いように、番組側は前半にサム・クックの『ユー・センド・ミー』をプログラムしていた。


ポップなラブソングを、幼い頃から培ってきたゴスペルの所作と歌い方に変えたサムは、ソウルミュージックの原型となる『ユー・センド・ミー』を無事にアメリカ全土に披露した。

そして番組の後半、サリヴァンの計らいでサムにもう一曲分の時間が設けられていた。


再び登場したサムに、サリヴァンが謝罪を始める。

「先だっての夜、番組が放送時間を超えてしまい、若いサム・クックにちゃんと出演してもらうことが出来ませんでした。本当に失礼な事をしてしまいました。サム、私はこれまでの人生で、あんなに沢山の手紙を貰った事はないよ。それではここで、彼にもう一曲、新しいヒット曲を歌ってもらいましょう」。

いかに感傷的な理由があろうとも、サムはサリヴァンの思いを汲み取り、優しく「アイ・ラブ・ユー」と繰り返して『フォー・センチメンタル・リーズンズ』を歌い出した。

終始正面からのワンカメで終わった前半の『ユー・センド・ミー』とは違い、今度は曲の途中でサムの顔がアップで映し出された。

 

その時、自宅でテレビを観ていたオーティス・レディングはある異変に気づき、そばにいた弟に言った。

 

「おい!サムの頭を見てみろよ!」


サムの髪の毛は前回出演した時とは違い、短く刈り込まれた、ナチュラルな縮毛になっていた。
 

 

 


サム・クックが歌い終わってもなお、オーティスは静かに画面を見つめていた。

それまでの黒人エンターティナーの多くは、地位の向上を図るべく、ヘアースタイルを白人に近づけていた。

しかしサム・クックの行為は、白人主体で作られたステージの流儀を打ち壊すものだった。

曲は手本としていたナット・キング・コールのカバーではあったが、その先人でさえまだ髪の毛をコンクで引き伸ばしていた頃だ。

サムを知る人々は口々にこう証言する。
「あいつが初めてアフロヘアーでアイデンティティを示したんだ」

オーティス・レディングの弟によれば、それ以来、兄はコンクで髪の毛を伸ばさなくなったという。

 

大半の人は気にも留めていなかっただろう。

しかし、この日のサムの行動に深い感銘を受けた彼は、後にソウルシンガーとしての道を歩むこととなる。
 

迎合しないクロスオーバーを試みたサム・クックは、スタジオ中の喝采を浴び、笑みを浮かべ、一礼をして舞台袖へと戻ってきた。

 

先に出番を終えていたバディ・ホリーが拍手で迎える。

 

サムは軽く頷き、その横を静かに通り過ぎていった。