題名 【 “THE SING SAM COOKE” ~ 『迎合なきクロスオーバー』 】
作 : 元親
朗読 : 福美
アポロ・シアターにいた満員の黒人の観衆は、若い白人のロックンロールバンドのステージに沸き立っていた。
黒人エンターテイメント最高のステイタスとされるこの劇場に、プロモーターが黒人のグループと間違えて、白人であるバディ&クリケッツをブッキングしたことで、白人による最初のアポロ出演という前代未聞の出来事となった。
幕が降りるや否やバディ・ホリーが足早に舞台袖に戻ると、サム・クックが拍手で迎えた。
その日、共演となったサム・クックは、バディらの健闘を讃え、宿舎を探していた彼らを、自身が泊まる黒人専用のホテルに一緒に来るように誘った。
ホテルのオーナーは当然のごとく白人の宿泊を拒んでいたが、サムは、それなら君のホテルは二度と使わないと突っぱねた。
困惑したオーナーは渋々承諾し、バディらはそこで無事に一夜を明かすことが出来た。
意図せず人種のクロスオーバーに成功したバディ・ホリーにとって、サム・クックの同胞に対しても人種の境界線を無くすように強く主張する姿を印象付けられる夜になった。
そしてそのサム・クック自身も新たな境界線を越えようとしていた。
エド・サリヴァン・ショーへの出演。
それは、アメリカ全土に放送される初のテレビ出演だった。
人種差別が激しい状況下でも、それを嫌うエド・サリヴァンの主導権により、サム・クックの出演が決まったのだ。
1957年11月3日、生放送の番組は終盤にさしかかり、いよいよ黒人の新人歌手が登場する。
サム・クックの髪の毛は当たり前のようにコンクで伸ばされ、グリースで艶光りしていた。
初のソロデビュー曲にして自身最大のヒットとなった『ユー・センド・ミー 』を、サムはお得意のフィンガー・スナッピングで意気揚々と歌い出す。
予想以上に時間が押してしまった為、サム・クックが歌い出した途端に番組は突然終わってしまった。
サム・クックをゴスペルシンガーのアイドルとして憧れ、自らもその道を選んだアレサ・フランクリンは、この日の放送を楽しみに見ていたが人種偏見だと激怒した。
サムは放送が終わっていることに気が付かず、しばらく歌い続けていたが、やがて呆れた表情でステージから立ち去った。
惨めなテレビ・デビュー。
番組スタッフからの謝罪に微笑むサムの内心は、怒りと虚しさに苛まれていた。
エド・サリヴァンは直ぐにスケジュールを調整し、サム・クックに電話で1ヶ月後のやり直しを申し出て、出演を取り決めた。
サムへの謝罪だけでなく、視聴者が人種偏見と誤解することへの嫌悪感を持ったサリヴァンの、釈明の場としてもそれは必要だった。
リトライとなった放送の当日。
この日の出演者にはアポロ・シアターで共演したバディ・ホリーがいた。
前回のような失敗の無いように、番組側は前半にサム・クックの『ユー・センド・ミー』をプログラムしていた。
ポップなラブソングを、幼い頃から培ってきたゴスペルの所作と歌い方に変えたサムは、ソウルミュージックの原型となる『ユー・センド・ミー』を無事にアメリカ全土に披露した。
そして番組の後半、サリヴァンの計らいでサムにもう一曲分の時間が設けられていた。
再び登場したサムに、サリヴァンが謝罪を始める。
「先だっての夜、番組が放送時間を超えてしまい、若いサム・クックにちゃんと出演してもらうことが出来ませんでした。本当に失礼な事をしてしまいました。サム、私はこれまでの人生で、あんなに沢山の手紙を貰った事はないよ。それではここで、彼にもう一曲、新しいヒット曲を歌ってもらいましょう」。
いかに感傷的な理由があろうとも、サムはサリヴァンの思いを汲み取り、優しく「アイ・ラブ・ユー」と繰り返して『フォー・センチメンタル・リーズンズ』を歌い出した。
終始正面からのワンカメで終わった前半の『ユー・センド・ミー』とは違い、今度は曲の途中でサムの顔がアップで映し出された。
その時、自宅でテレビを観ていたオーティス・レディングはある異変に気づき、そばにいた弟に言った。
「おい!サムの頭を見てみろよ!」
サムの髪の毛は前回出演した時とは違い、短く刈り込まれた、ナチュラルな縮毛になっていた。
サム・クックが歌い終わってもなお、オーティスは静かに画面を見つめていた。
それまでの黒人エンターティナーの多くは、地位の向上を図るべく、ヘアースタイルを白人に近づけていた。
しかしサム・クックの行為は、白人主体で作られたステージの流儀を打ち壊すものだった。
曲は手本としていたナット・キング・コールのカバーではあったが、その先人でさえまだ髪の毛をコンクで引き伸ばしていた頃だ。
サムを知る人々は口々にこう証言する。
「あいつが初めてアフロヘアーでアイデンティティを示したんだ」
オーティス・レディングの弟によれば、それ以来、兄はコンクで髪の毛を伸ばさなくなったという。
大半の人は気にも留めていなかっただろう。
しかし、この日のサムの行動に深い感銘を受けた彼は、後にソウルシンガーとしての道を歩むこととなる。
迎合しないクロスオーバーを試みたサム・クックは、スタジオ中の喝采を浴び、笑みを浮かべ、一礼をして舞台袖へと戻ってきた。
先に出番を終えていたバディ・ホリーが拍手で迎える。
サムは軽く頷き、その横を静かに通り過ぎていった。