The life is time killing till I die. -47ページ目

焦燥感

勉強。

応用。

発想。

展開。

行動。

成長。

自立。

に飢えている。
言葉を探せばキリがない。


比較的放任ではあるが、無関心でもある。
伸びている自覚が欲しい。

やるしかないと分かっていても、同期が少しずつ動き始めているのを聞くと、焦らずにはいられない。

僕は基本的に気を遣うことが苦手。
気にすることは得意。

気にすることから進歩すると、気を遣うことになる?

世話を焼くのは好きだけど、余計なお世話とか言われたくないし。

やっぱり人には人それぞれの嗜好があって、やり方があって、触れられたくないとこはあまり出さず、こちらもあまり触れないようにする。
けど実際触れてないかどうか、わかんないし。

そりゃ僕だってイヤですよ。


なんか、距離というか、マナー?
よくわかんないけど、絶妙に気を遣えるようになりたい。
心地良いツボみたいなとこ刺激できるような柔らかさ。

感覚と理解のギャップ

ノマディック美術館に行ってきた。
少年と象の向き合っている写真、とても神秘的だった。
一種の極致ではないかと思った。

言うなれば、人間と動物(更には自然)の心の共存というものだろうか。
理想の世界且つ原点のような、超自然的な自然。

しかし、少し不満もあった。
スーパーナチュラルも些か過剰に作為的で、超現実的(非現実的?)に感じた。
まぁ40年という長い時間の特殊な断片を切り取った作品群だから、ここまでアーティスティックに作り上げたということには感心してしまう。
一方強烈な主張が自分の理解を越えて迫ってくる。
アートなんて、結局自分の価値観でしか判断できないから、な。

コルベールの作品は、極めて確固な意味を含んでいて、総合的には良かったと思う。
が、ちょっと疲れた。

また、ノマディック美術館のスペースは、コンテナを積み上げた簡単なつくりになっていて、目を引く。
勿論この形でニューヨークから渡り歩いてきたからこそ移動美術館と呼ばれるわけで、それを見れたことは全然良かった。
一点、テーマとの調和に関しては、これまた多少難解だったけど。

ジョジョの話

リッツカールトンに行ってきた。
いわゆる業界のパーティーに。
金あんなぁ。

叙々苑でランチ。
ウチの本部長と営業の副本部長と部長2人とトレーナーと2年目の先輩、そして自分。
サービスランチ1400円。
サービスの割にお得感なし。

ま、フツーに美味しかったけどね。
自腹だったけどね…。

上向き

今日は部長が飲みに連れて行ってくれたので、仕事は半ば切り上げ金魚のフン。

仕事も、データを洗い出したり、初めての外出&他社との遭遇(名刺交換)&ミーティングで、楽しい1日を過ごせた。
反対に楽しくない日があることも覚悟はしているよ。

で、そんな楽しい1日の終わりに部長と飲み、他部署の部長も来て、また楽しいまま1日は終わる。
ウチの部長は社内でも有数のカリスマだから、とりあえず近づけることが嬉しい!
IT系情報サイトにもしばしば登場しているよ。

終電ギリギリでも問題ないし。

明日は遅刻できない現地集合。

だから寝ます。
ってもまだまだ我が家は遠いけど。

明日は話題の新名所。