The life is time killing till I die. -128ページ目

万博

あまりの人の多さに、自分を見失いそうになる。
存在が稀薄になる。

いろんなパビリオン廻ってきた。
先進技術や、各国の文化に触れて、関心したりもしたけど、裏には人間の傲慢があるような気がしてならない。

とりあえず足が棒になった。
疲れた。

また明日。

to know to love

朝8時前に家を出て、時にはのんびりホームのベンチで待ちながら、長々電車を乗り継いで、漸く辿り着いた愛知。
時刻は既に15時半。

道中昔ながらの日本の風景しか見当たらなかった。
見渡すかぎりの緑と、青く光る清流。
渓谷を跨ぐ橋、広がる畑、閑か。

岐阜辺りではもう稲刈りが始まっていた。
おっさんがコンバイン(稲刈り機)にビーチパラソルつけてた。

こういうのんびりとした時間の流れはいいなぁなんて思う。
が、別に田舎で仕事しようなんてさらさら思っちゃいないけど。

愛知環状鉄道は万博一色。
モリゾーとキッコロがいたるところに潜んでいた。
まぁ僕もその万国博覧会とやらを体感しようと遥々愛知までやってきたわけだけど。

先に行った友達は、愛・地球博には愛が感じられなかったと言っていたが、それはいかほどのものか。
そこに愛はあるのかい?

今日は会場近くの親戚の家に宿泊。
そしたらおじさんが、万博の駐車場の誘導員に駆り出されてて、憶測も交えて裏事情を話してくれた。
まぁそれは明日自分の目で確かめてくるから割愛するけど。

ここのところ、毎日来場者数記録が更新されてるらしい。
17万人を超えたら入場規制とのこと。

やっぱり人ってのは、夏休みの宿題然り、エントリーシート然り、ギリギリになるまで何もできないものなんよ。
大多数の人が根拠のない余裕を持ってるわけ。

それで人が多くて文句たれるんだから、ホント人ってのは身勝手だよな。

まぁいいや。
早く寝ないと明日がダメになる。
独りで行動する特徴を最大限生かして楽しんできてやるさ。
とりあえず移動は駆け足。

鬱憤

家族の出勤に合わせて、僕も家を出る。
時間がない中、母親が今更将来のこと話かけてきて、急いでるからとキレる。
兄に逆ギレされる。

親父が車で待っている。
母親が家で引き止める。
兄に親父を待たせるんじゃないと怒られる。

あっちをとったらこっちが立たず、こっちをとったらあっちが立たない。
皺寄せが全部自分にくる。
全部僕のせい。

まだちゃんと職に就いてないくせに、口だけ一丁前な兄は、時に鬱陶しく感じる。
僕が話をしているのに遮って自分で話しはじめる母親のこの癖は、いつになっても治らない。

でも人の話を聞けと怒ると、僕が兄に怒られる。
全部僕が悪い。

この家で僕の意見はないみたいだ。
絶対権力によって抑圧される。

所詮僕は養われている身、一番の若輩者。
ドメスティックカースト制度。

まぁただ鬱憤を晴らしたかっただけさ。

トモダチ

大雨注意報さえ出てた昨日とは打って変わって、夏が戻ってきたかのような快晴。

予定通り、高校の友達と久しぶりにテニスをすることになった。

一旦離れたもの、慣れるのに時間がかかった。

とはいっても、10分程度である程度カタチにはなったけど。


中学校時代からの友達、自分が最も心を許している友人の一人だ。


テニスをしながら、いろいろ心配された。

どうやら、僕の心の澱みをメールのやり取りを通じて察していたようだ。


「落ち込んでるようだったから、テニスで叩きのめして喝を入れてやろうかと思ってたんだ!!」


が、彼の思惑は外れ、僕が圧倒してしまった…。

現役のときは僕のほうが弱かったのに。


喝は注入されそこなったようだけど、自分の考えてることや、悩んでること、思いつく限りは包み隠さず話した。

一般的な考えから外れているようなことでさえも、無抵抗に聞いてくれたりした。

別に明確な答えを求めているわけでもないから、そういう風に素直に聞き入れてくれることそれ自体がとても嬉しかった。


やっぱり自分の中では友達が一番大事だなぁって確認。


最近いろんな方面で友人に助けてもらっていて、その度に実感しているような気もするけど。

そういう心を許せるような友達は、出会ってからの時間なんて関係ない。

幼稚園で出会っていたって、大学で出会っていたって、その深さは変わらない。

ただ単に、一緒に過ごした時間帯が違うだけ。


友達になった時間が早くても遅くても、もう随分昔から知っているような仲になっているんだから。


友達は、お互いに影響を与え、支え、時には反発する、掛け替えのない存在だと思う。

もちろん親兄弟も感謝してやまないけど、血縁という柵のない中で作り出される結束・信頼は、奇跡以外の何物でもない。


だから自分の中では、友達>肉親なんだ。

恋人も、友達の中に含まれる。

含まれないとしたらやっぱり友達>恋人となる。


兎に角、僕の中で友達は最も大切な存在だ。

田舎時間

9日の花火の時とは一転して、昨日は雨、雨、雨…。

空を見上げると、雲を横切る蜘蛛の巣も、大きな雫を抱えて重たそうに凭れている。


田舎は車がないと活動できないというが、それはまさしく本当で、居酒屋でさえ駐車場が完備されているくらいだ。

コンビニまでも徒歩20分はかかる。

そして昨日は、家族がそれぞれ用事があり、我が家に3台もある車は全て出払ってしまい、僕には成す術がなかった。

友達も、土曜日だというのにみんな仕事。


家に独り取り残される。

取り残されると、田舎の時間の流れの遅さを実感する。


朝は早く起きて、夜は遅く寝るのに、それまでの間、やるべきことが少なすぎる。

都会での、電車に乗っている時間や順番待ちの時間のような、ふとした時間の隙間がない。

ないというか、そんな時間がありすぎて、最早隙間レベルではない。


まだ、都会の忙しい時間の流れから、田舎ののんびりとした時間の流れに身体が対応し切れていない。


トタンに打ち付ける雨音が、一つ一つ独自のリズムを築き上げているのが次第に分かってくる。


そうだ、ピアノ弾こう。

だが弾こうにも楽譜がない。

なぜなら一人暮らしでピアノが弾けない寂しさを慰めるために目ぼしい楽譜は持って行ってあるからだ。


しかし十数年慣れ親しんだ我が家の電子ピアノ、田舎のこの空気、そして僕の指が覚えているだろうと、とりあえずピアノの前に座り、鍵盤に手をかける。


ポロン…ポロン…


どうしたことか、指が思うように動かない。

あの滑るように動く10本の指は、過去のものになってしまったのか。

このピアノも、この田舎も、もう僕を受け入れてはくれないのか。


そりゃもうピアノに触れなくなって早4年、指が動かなくなって当然だ。

どんなスポーツだって、4年も遠ざかっていれば、プロ選手であっても元に戻るのは難しい。


只管弾く。

只管弾く。


それでも3・4時間しか経っていない。

もう汗だくになるくらい弾き込んだのに、やっぱり田舎の時間のスピードはのんびりしてる。


腕が辛くなってきたから今度は読書。


帰省する際に、読む本雑誌も含めて5冊くらい持ってきてたんだ。


只管読む。

只管読む。


気がつけば17時。

親父が帰ってきた。


2冊くらい読んでたのに、まだこんなもんか?

ヤバイくらい田舎時間がしっくりこない。


果たしてどうしたもんか。

なんか充実したようなしてないような、得したようなしてないような、いいようのない中途半端感が肉体と精神を被う。

むぅ。


夜は、次の日仕事が休みの友達の家に行って、初めて帰省らしいことをした。

酒を囲みながら、田舎のいろんな友達事情を聞いて、自分の事情を話して。

何故か自然と口から出る方言が、田舎に帰ってきたことを実感させる。

なんて気持ちいい言語か。


そんなオール明け、昼にラーメン屋までずっと一緒に遊んで、特別何して遊ぶってわけではないけど、家路につく。

車があれば、金がなくともなんでもできるのが田舎だから。


寝て起きて今。