サルトルなど、ろくでもない奴、と思っている。
なぜなら、かれはマスコミの前に現れ、派手な言葉をあやつり、刺激し、今でいう言葉のパフォーマンスで、人々をあおり、そして動かしてきたか。
かれらフランス人は、フランス革命を経験した国として、その行動はいつも派手で不安定だ。革命ということには、人を動員し、動かさなければならない。だから、言葉は人を刺激するような大げさな、人を動かそうする策略のもとに、言葉が作られる。あの「自由、平等、博愛」これもフランス革命の合言葉だった。宣伝文句だったのだ。しかし、逆に革命はおびただしい、むごたらしい血がながれ、騒乱は収まらず、かつ、王政復興、や、皇帝の出現、退位、再度出現、などなど、そのごもまったく安定しない、人々を困惑に落としいれる出来事が続いた。そして人々は本当の自由は結局手にできなかった。急進的な革命など、実に愚かなものである。それを知らない日本人は馬鹿みたいに革命などとのんきに口にする。しかし、革命で人々は自由にはならない。かえって暗黒の時代を経験することになる。
しかし、フランス革命を起こした国フランスは、その革命ということにノスタルジア(まだ二百年少々しか時間は立っていないのだから)でもあるのか、サルトルのようなアホがよく出てくる。彼らは派手な刺激的な言葉の選び方をする。その分、実は彼ら自身の悩みも深い。またその扇動者たちの精神的安定はどうも不安定である。だから映画でも日本の北野たけし見たいなのが刺激的な映画をつくり、大監督となってしまう。(笑) かれらの不安定の精神状況は、一方で極端に派手な刺激だが、一方で精神は極端に暗い。こんなのがお好きなのである。これが現代フランス芸術となる。ま、生意気に哲学なんてことは、口にせず、ま、娯楽として楽しければ、それはそれでもいいのかもしれないが。。(笑)
一方、いまだにフランスを支えている我々の目にしないフランスがある。農業国なのであり、一般人はカソリックの信仰の深き国でもある。かれら一般民衆が実はフランスを支えているといってもよい。一方、学生や政治家は、フランス革命の影響で、とにかく議論好きである。実直よりおしゃべりである。ま、素晴らしい天才も現れるが、どうしようもないアホもでる。
フランス人のおしゃべりは、遠くから眺め、その中に加わらず、それをお笑いとして眺めるのは実に楽しい。いろいろなブームがあり、いい加減なものも、もっともらしくいかに話すか、そしてそのおしゃべりはやめない。
ただ、サルトルは、マスコミを通じ、ものの判断もできない若者や知識人などに政治参加を呼びかけ、アジテートし、世界を騒乱に巻き込んだ張本人の一人でもある。こいつは悪党だ。かれはまさに古代から言われている大衆扇動家なのだ。かれのためにどれだけの騒動が起き、どれだけの血が流れたというのか?
そして自分はノイローゼだったとふざけやがる!ふざけんな!全く無責任な、この野郎!!
あまり、言いたくないので、今日はやめる。
*本当の悪党は、人前では善人づらしている。サルトルが褒めたたえたあの毛沢東など、まさに極悪人であるといってもいいだろう。
小賢しい悪人は警察に捕まり、処罰される。しかし、本当の極悪人は、その権力そのものを自分のものにし、その上に立ち、処罰をこの世で受けることもなく、この世を去る。まさに毛沢東がそれだ。