よく、『人は必ず死ぬ、一度しかない人生なんだから、有意義に精一杯いきなければ!』などと、よく。有意義に生きるのは結構だが、本当に一度しかない人生なのだろうか?古代の哲学、また仏教など輪廻転生を教える。これは古代ギリシャなどはプシュケー、日本では『魂』、『命そのもの』と訳しているが、この世だけの命とは考えない。
確かに、人間を物体と考えれば、死は物体化し、細胞は分解し、消滅してゆく。しかし、自己活動をどう説明すかは実はやっかいだ。物質がそう簡単に精神を生み出すことには、かなり説明は難しい。仮に現代の自然科学であっても、とくに物理学でも物質とは突き詰めれば実に難しい問題だ。スコラ学からみれば古典力学は古い考えで、古典力学は量子力学の世界では使えない。また、この量子力学にしても、電子をどう捉えるかは、未だに一大問題だし、核の存在も実にやっかいではっきりしない。このように仮に人を物質と捉えても、実に明確にはならない。要するに、人間は精神を持ち自己活動をすること、この事を物質から説明するのは実に難しい。まず不可能だろう。物質は視覚的に捉えられるので認識としては容易のように見える。見えれことは光が必要だが、この光も自然科学の定義は曖昧だ。また見えないものも、この世には沢山ある。本来この言葉だって目に見えない。それが分かると言うことは実に不思議だ。要するに、見えないものも、この世に存在し、それで我々の生活は成り立っている。持ち心も見えない。
ではこの自己とはなにものか、自己は目には見えない。
書き出すと長くなるので、今日はここでやめるが、物質は変化消えてゆくが、人間が同じように消えてゆく、とは到底思えない。
ま、みんな、よ~く考えて、世間一般が言うからと言っても、自分が納得しないか限り、簡単には信用せず、自分の頭でまずは考えなければならない。と、思う。
確かに、人間を物体と考えれば、死は物体化し、細胞は分解し、消滅してゆく。しかし、自己活動をどう説明すかは実はやっかいだ。物質がそう簡単に精神を生み出すことには、かなり説明は難しい。仮に現代の自然科学であっても、とくに物理学でも物質とは突き詰めれば実に難しい問題だ。スコラ学からみれば古典力学は古い考えで、古典力学は量子力学の世界では使えない。また、この量子力学にしても、電子をどう捉えるかは、未だに一大問題だし、核の存在も実にやっかいではっきりしない。このように仮に人を物質と捉えても、実に明確にはならない。要するに、人間は精神を持ち自己活動をすること、この事を物質から説明するのは実に難しい。まず不可能だろう。物質は視覚的に捉えられるので認識としては容易のように見える。見えれことは光が必要だが、この光も自然科学の定義は曖昧だ。また見えないものも、この世には沢山ある。本来この言葉だって目に見えない。それが分かると言うことは実に不思議だ。要するに、見えないものも、この世に存在し、それで我々の生活は成り立っている。持ち心も見えない。
ではこの自己とはなにものか、自己は目には見えない。
書き出すと長くなるので、今日はここでやめるが、物質は変化消えてゆくが、人間が同じように消えてゆく、とは到底思えない。
ま、みんな、よ~く考えて、世間一般が言うからと言っても、自分が納得しないか限り、簡単には信用せず、自分の頭でまずは考えなければならない。と、思う。