ジーン・ポーター『そばかすの少年』 | 文学どうでしょう

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ジーン・ポーター(村岡花子訳)『そばかすの少年』(河出文庫)を読みました。

 

エレナ・ポーターの『スウ姉さん』の記事を書いた時にも触れたのですけれど、翻訳者の村岡花子をモデルにしたNHKの連続テレビ小説が2014年に放送されまして、その時に村岡花子訳がいくつか復刊されました。

 

今回紹介する、片手のない孤児が森の番人として奮闘しながら周囲の人からの信頼を勝ち取っていく物語『そばかすの少年』は、2009年に鹿田昌美訳で光文社古典新訳文庫から新訳が出版されていて、このブログでも2012年03月30日の記事で紹介しています。

 

 

新・旧の翻訳の比較はしない、というか新訳の方を読んだのはもう10年くらい前なので比較しようにも忘れてしまっていてできないわけですが、村岡花子訳もいまだバリバリの現役というか、古びてない感じがありますね。

 

今回、角川文庫から河出文庫に移動して復刊されたわけですが、よかったのは次回紹介する予定の姉妹編『リンバロストの乙女』も同時(正確に言えばそちらが少し前)に復刊されたこと。10年前は読みたくても本が手に入りづらかった覚えがあるので、これはうれしいニュースでした。

 

リンバロストの乙女』は文庫本と上下巻で少し長いながらもめちゃくちゃ面白い傑作で、そちらもぜひ読んでもらいたい作品なのですが、『そばかすの少年』と同じ世界観(リンバロストの森の近くで暮らす人々の物語)を持っているため、姉妹編と言われています。

 

ただ、時系列順でいうと、今回紹介する『そばかすの少年』の方が先で、『リンバロストの乙女』はその後の話になります。なので、『そばかすの少年』の主人公そばかすのその後の様子が、読者サービス的に出てきます。

 

というわけで、読む順番は『そばかすの少年』から『リンバロストの乙女』というのが一番のおすすめです。ただ、あくまでそばかすは読者サービス的な立ち位置にすぎないというか、物語の主要な登場人物というわけではありません。

 

なので、『リンバロストの乙女』を先に読んだ上で、ちらりと存在が見える人の過去が描かれたスピンオフというような感じで、『そばかすの少年』を読むというのも、ありといえばありだと思います。

 

作品のあらすじ

 

リンバロストの森のはずれ、グランドラピズ木材会社に浮浪者と間違われそうな恰好をした一人の少年が仕事を求めてやって来ました。右腕がないらしく、右手首の袖はだらりとしています。

 

仕事場から十キロ離れたところにある、借り入れたばかりの二千エーカーの土地を見回る仕事があるにはありましたが、マックリーン支配人は、その仕事はその少年には荷が重すぎると思いました。

 

森には危険な場所があり、また、恐ろしい生き物も生息しています。そしてなによりも、貴重な木をひそかに奪うためにブラック・ジャックの一味がやって来るおそれがあったから。それに対抗するには、屈強な男が望ましいのです。

 

しかし、少年の熱意に打たれたマックリーンは、少年を雇うことを決めたのでした。名前を尋ねますが、「そばかす」と呼ばれているだけで、正式な名前は分からないと少年は言います。赤ん坊の頃に片手が切り落とされた状態で、孤児院の前に捨てられていたから。

 

そうして、リンバロストの森の門番として働き始めたそばかすでしたが、鉄条網に異常がないか見回る仕事は、11キロもぐるりとひたすら歩かなければならないので大変ですし、とりわけ日暮れの森は不気味で恐ろしいものでした。

 

 洞のある木ごとに大梟がホーホー鳴き、幹の瘤穴から子梟がキーキー声をはりあげているかのようだった。耳を聾する大蛙の泣き声でさえ、いたるところの繁みにいるらしいいやなヨタカのわめき声をかき消すわけにはいかなかった。(中略)
 そばかすの頭髪は針毛のように突っ立ち、膝はガクガク震えた。マックリーンからよく耳を澄まして聞きとるように注意されていたガラガラ蛇が、小径にきているのか、巣窟にひそんでいるのか、見当がつかなかった。恐ろしさのあまり、彼は立ちすくんだなり、身動きもできなくなった。息はヒューヒュー歯の間を洩れ、汗は小さな流れとなって顔や体をつたわり落ちた。(27頁)

 

しかし、やがてガラガラ蛇も退治できるようになり、恐怖心を克服したそばかすは次第に仕事に慣れ、小鳥など弱い生き物を寒さや飢えなどの危険から守ろうとするようにさえなりました。森の生き物たちもそばかすになつきます。

 

ある時、光沢のある虹色に輝いた大きな黒い羽根がくるくる回りながら空から降って来るのを見たそばかすは、それがどこから来たどんな生き物のものなのか知りたいと思うようになりました。そして給料で本を買うことを決意したのです。

 

マックリーンに相談すると、マックリーンはそばかすが知的好奇心に満ち溢れていることを喜び、虫取り網と採集箱、標本を入れておける貯蔵箱を注文し、標本のコレクションの作り方を教えてくれることを約束してくれたのでした。

 

すっかり仲良くなった馭者長のダンカンからそばかすは、リンバロストの森には一本で千ドルも価値がある木があること、門番の仕事はそばかすには荷が重いと思う従業員が多かったけれど、マックリーンは非常に信頼を寄せていることを聞かされます。

 

金に目がくらんだそばかすが、ブラック・ジャックの一味に丸め込まれるのではという声に対して、マックリーンは自分が森に行った時、「新しい木の切り株を僕に見せる者があったら、千ドル出そう」(73頁)とさえ宣言したのだと。それを聞いて、感激したそばかす。

 

マックリーンのために今まで以上に一生懸命働くことを決意したそばかすはやがて森の中で、まるで天使のような優美な少女と出会います。そばかすがエンゼルと呼ぶようになったその少女は、いつもカメラを持って森の生き物を研究している「鳥のおばさん」と一緒に森に来たけれど、はぐれてしまったのでした。

 

その出会いをきっかけに、みなの共通の関心である森の生き物を通して、そばかすとエンゼル、そして鳥のおばさんは親交を深めていきます。日に日に増していくダンカンとの友情と、マックリーンのそばかすへの信頼。

 

いつでも明るくてやさしいエンゼルに対するそばかすの愛情もまた深まっていきますが、町で暮らすいいところのお嬢さんであるエンゼルと、出自も分からず、しかも片腕のない自分とでは不釣り合いだとその気持ちは押し殺すしかないのでした。

 

孤児院育ちでずっと一人ぼっちだったけれど、ようやく自分の居場所を見つけ、愛する人々に囲まれた生活を手にしたそばかす。しかし、やがてリンバロストの森に、ブラック・ジャック一味の魔の手がのびて……。

 

はたして、そばかすはリンバロストの森を守り通すことができるのか? そして、身分違いのエンゼルとの恋の結末ははたして!?

 

というお話です。そばかすとエンゼルの愛情あふれる交流も微笑ましくてとてもよいのですが、個人的には木材会社の支配人マックリーンとそばかすの関係性がとても好きで、ぐっと来ましたね。マックリーンのそばかすへの信頼がめちゃくちゃ厚くて。

 

そばかすが正直者で勇気あふれる性質を持っているからマックリーンが信頼して、そして、マックリーンからの信頼があるからこそそばかすは自信を持って行動ができるという、相乗効果的にお互いに信じあう心が増していく感じがたまらなくよかったです。

 

少し前にNintendo Switchのゲーム「あつまれ どうぶつの森」が流行りましたけれど、『そばかすの少年』は言わばリアルどうぶつの森感があるというか、森の暮らしの楽しい部分、そしてちょっと怖い部分が描かれているのも見どころです。

 

 

さすがに森で暮らすのは大変そうですが、ちょっと森を散策して、植物や生き物にもう一度新鮮な気持ちで目を向けてみたくなるような、そんな一冊でした。とても面白い作品なので、興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。