ジーン・ポーター『リンバロストの乙女』 | 文学どうでしょう

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ジーン・ポーター(村岡花子訳)『リンバロストの乙女』(上下、河出文庫)を読みました。

 

前回紹介した、姉妹編の『そばかすの少年』は以前にも読んだことがあったのですが、今回紹介する『リンバロストの乙女』は初めて読みました。河出文庫で復刊されて、手に入りやすくなってよかったですね。

 

そばかすの少年』も面白くて好きですが、『リンバロストの乙女』はそれ以上の傑作だと思います。明るい雰囲気の『そばかすの少年』が児童文学よりの作品だとするなら、人生の苦みもリアルに描き出した『リンバロストの乙女』は、大人向けの小説といった感じの作品。

 

同じ村岡花子訳ということで、『少女パレアナ』を書いたエレナ・ポーターと混同するくらい作者のジーン・ポーターのことは知らなかったのですが、文庫本の作者紹介によると、元々は鳥や昆虫の写真を撮ってコラムを書いていた人で、博物学者としての肩書も持っているんですね。

 

『リンバロストの乙女』は母に虐げられて育ったエルノラという少女が逆境にめげずに努力を重ね、やがて成長して恋をするという、そういう物語で、筋書きだけ見ると児童文学などでわりとよくあるタイプの作品のように思えます。

 

しかしながら、『そばかすの少年』ではそれほど気になりませんでしたが(そういう描写があるといえばありますけれど)、博物学者が書いている小説なので、森の中の生き物(特に蛾)や植物の生態が、めちゃくちゃマニアックに描かれているんですよ。

 

だから、そういう描写のところのイメージとしては、「シートン動物記」とか「ファーブル昆虫記」のノリに近くて、博物学的なめちゃくちゃ熱い描写が続くので、作者は本当に森の生き物が好きなんだなあとその熱量に思わず微笑まされてしまうほどでした。

 

そして、蛾を捕まえる時の緊迫した様子などが、博物学者のガンガン熱い熱量で書かれているのですが、単なる実録とは異なるのは、それが時たま、人間関係や物語のメタファー(たとえ)になっているところ。

 

すなわち、『リンバロストの乙女』では、博物学的な要素と少女の成長物語とが、しっかりと美しく混ざり合っているのです。そうした点で、類似した印象を受ける小説は他にはあまりなくて、突出した部分のある、素晴らしい作品だと思います。

 

作品のあらすじ

 

エルノラは、母親のコムストック夫人の反対を押し切り、涙を流しながら三マイル先の高等学校へと向かいました。見送るコムストック夫人は、「あの子も晩までにゃ思い知るにきまってる」(上巻、10頁)と確信ありげに呟きます。

 

まわりの生徒と比べて、エルノラの恰好はあまりにも違いました。大きなどた靴の貧弱な服装、おかしな髪型。くすくすと笑われているのを感じ、エルノラは恥ずかしく思いました。おまけに、もらえるものだと思っていたので、教科書すら準備していなかったのです。

 

教科書の代金をどうしようかと頭を悩ませるエルノラに、校長の言葉が追い打ちをかけました。村からの生徒は年に20ドルの授業料を払わなければならないと。帰宅してコムストック夫人に頼んでみますが、税金の支払いに追われて、そんな余裕はないと言われてしまいます。

 

コムストック家は土地持ちで、決して貧しくはないはずなのですが、夫を沼地で亡くしてからは、コムストック夫人はそのことばかりに心が囚われてしまって、娘に関心を持たず、税金の文句ばかり言って暮らしてきたのでした。

 

昔からの知り合いで、見るに見かねた隣人のシントン夫妻はなにかとエルノラの手助けをしようとしますが、コムストック夫人がなかなかそれを許しません。お金の工面に困っていたエルノラは、思いがけない掲示を見かけます。

 

 ふと、真向こうの銀行の窓に黒々とした大きな文字が書いてあるのが目にはいった。
「求む!
 蝶、蛾の幼虫、繭、蛹、ぬけがら、蛾、
 あらゆる種類のインディアンの器具類。
  最高価格にて買入れ、支払いは現金」
 エルノラは失望した場合にそなえて、現金出納係の小窓に両手でしっかりとつかまり、
「繭や蝶や蛾を買いたいというのはどなたなんですか?」と、息を切らしてたずねた。
「鳥の先生ですよ。『鳥のおばさん』と呼ばれているあの方です。あなたはなにか売る物がおありですか?」(上巻、61頁)

 

リンバロストの森が大好きだったエルノラは、知り合いのダンカンさんを通じて、「そばかす」と呼ばれていた少年がかつて使っていた、博物学に関する本や採集道具が置かれた場所の鍵を受け継いだのです。そして蛾の収集を趣味としてきたのでした。

 

蛾の標本をコレクションしたり、インディアンの器具を集めたりして「鳥のおばさん」に持っていくことでなんとかお金を稼げるようになったエレノラは、コムストック夫人をのぞいたまわりの人々の親切を受けながら、次第に学校生活にも馴染んでいきます。

 

そんなエレノラが不思議と心惹かれたのがバイオリンでした。何故か弾けるような気がするのです。ひょんなことから亡き父がバイオリンを弾いていたことを知り、父の形見を手に入れると、コムストック夫人に隠れてバイオリンの練習にも励みます。

 

無関心という形で、コムストック夫人に虐げられて育ち、激しく衝突しながらも成長していったエルノラは、大学進学を目指すようになりました。しかし、その費用もまた、自分でなんとか用意しなければならないのです。

 

そこでエルノラが始めたのは、300ドルの価値がある蛾の標本のコレクションでした。長い月日をかけて、あとは「黄色の帝王蛾」と呼ばれる蛾で完成というところまでこぎつけましたが、「黄色の帝王蛾」は貴重でなかなか手に入りません。

 

やがてエルノラは、いつものように蛾の収集をしている時に、腸チフスが治ったばかりで親戚のところに静養に来ていた青年フィリップ・アモンと知り合いました。体を動かす目的が欲しいからと、アモンは田舎にいる間、エルノラの蛾の収集を手伝ってくれることになります。

 

自然を愛するという、共通の趣味を持つ二人の距離は縮んでいきますが、エルノラが自慢のすみれの花壇をアモンに見せた時のこと。アモンはすみれを褒めた後で、「この色は僕が結婚しようとしている女性の目にそっくりです」(下巻、46頁)と、幼馴染の婚約者がいることを口にして……。

 

はたしてエルノラは、貴重な「黄色の帝王蛾」を捕まえて、コレクションを完成させることができるのか? そして、心が通じ合ったように思われたエルノラとアモンを待ち受ける運命はいかに!?

 

というお話です。ストーリーラインはシンプルで、どんな逆境でもくじけない健気な少女エルノラの成長物語、という感じで間違いはないのですが、一言でいうと「凄み」のある小説で、ふわふわしたメルヘンな感じでは全然ないのです。

 

特に上巻ラストの方の、夜の森で「黄色の帝王蛾」を捕まえようとする場面があるのですが、まさに生きるか死ぬかの狩りという感じがあって、思わず鳥肌立つような迫力があります。(冷静に考えれば、単なる蛾の収集なんですけど)あの辺りは圧巻ですね。素晴らしいです。

 

物語の前半と後半(まあ上巻と下巻ですね)はそれぞれテーマというか、エルノラが対決することになる人物や事柄が違っていて、無関心による母親からの虐げに立ち向かう前半も、次から次へとやってくる(主に金銭的な)危機をどう乗り切るんだエルノラ! とぐいぐい読ませます。

 

そして、成長して恋愛が絡んでくる後半も後半で、かなりリーダビリティが高くて(要は読みやすくて、どんどん物語に引き込まれるっていうことです)、非常に楽しめました。上下巻とやや長い作品ですが、他に似た感じの作品がない傑作だと思うので、これを機にみなさんもぜひ読んでみてください。