エラリー・クイーン『ローマ帽子の秘密』 | 文学どうでしょう

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ローマ帽子の秘密 (角川文庫)/角川書店(角川グループパブリッシング)

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エラリー・クイーン(越前敏弥・青木創訳)『ローマ帽子の秘密』(角川文庫)を読みました。

バーナビー・ロス名義で発表された「ドルリー・レーン四部作」(『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』『レーン最後の事件』)の角川文庫での新訳刊行が無事に終わり、ついに「国名シリーズ」の刊行が始まりました。

シリーズに数えるかどうか意見が割れる作品があるので、9~10作品ある「国名シリーズ」。おそらくこれからも少しずつ新訳が出るだろうと思うので、非常に楽しみですね。

新訳のいいところは、勿論、読みやすさとか、訳文が新しくなることにあるわけですが、実はそれ以上に、過去の名作にもう一度スポットが当たるという、そのこと自体に素晴らしい価値があるわけなんです。

なので、「国名シリーズ」の新訳刊行は、もっと大きな話題になってもいいというか、わーっとエラリー・クイーンブームが巻き起こってもいいと思うんですが、う~ん、なかなかブームになりませんね・・・。

面白い面白くない以前に、海外古典ミステリはなんとかく敬遠してしまうというか、敷居が高いように感じてしまう方が多いのだろうと思います。

でもですよ、エラリー・クイーンの「国名シリーズ」は、日本のミステリ作家に、とても大きな影響を与えているんですよ。

たとえば、作者と同じ名前の名探偵が出て来ること。そして何よりも、物語が4分の3ほど進み、解決編に入る前に「読者への挑戦状」が提示されること。

”だれがモンティ・フィールドを殺したのか””いかにして殺人はおこなわれたのか”……。ミステリー小説の慧眼な研究者であれば、すでに適切な情報をすべて入手しているのだから、物語のこの段階で、右記の問いに対する確実な結論に到達しているはずだ。それにはクイーン氏も同意している。解答へは――すなわち、罪を犯した人物をまちがいなく指摘できるだけの解答へは――論理にかなった演繹法と心理の観察によってたどり着けるだろう……。(403ページ)


謎解きに必要な手掛かりは、すべてフェアに提示されているから、エラリー・クイーンと同じように事件を解いてみろというわけです。

いやあ、わりと叙述トリック(巧みな文章で読者を意図的に勘違いさせるもの)が隆盛な昨今、「読者への挑戦状」は、逆に新鮮に感じます。

そして、1929年に発表されたこの作品のもう一つの魅力は、「国名シリーズ」の第一作であり、名探偵エラリー・クイーン初登場作品であるだけでなく、賞に応募されたエラリー・クイーンのデビュー作であること。

つまり、「エラリー・クイーンって、なんだか名前は聞いたことあるなあ、でも何を読んだらいいのか迷っちゃうよ!」という方は、もう迷わずこれを読めばいいわけです。

さてさて、どういう物語かというとですね、ローマ劇場という劇場の中で、毒殺された死体が発見されるんですね。犯人は間違いなく、劇場の中にいる誰か。

不思議なのは、正装している死体から、シルクハットが消えていたこと。シルクハットは一体どこへ消えたのか? そして、何故消えてしまったのか?

その事件の謎に、リチャード・クイーン警視とその息子の推理小説家エラリー・クイーンが挑んでいきます。

殺人事件自体はとてもシンプルで読みやすいですし、不可思議な謎にはかなり引き込まれます。

エラリー・クイーンは衒学的(げんがくてき。ペダンチックとも。知識をひけらかす感じ)な名探偵として有名なんですが、頭がいいだけにすかしていて、ちょっと嫌なやつなところがいいですねえ。

なんだかその嫌な感じにユーモラスさがあって、爽やかな独特の魅力があります。たまには本格的な海外ミステリを読んでみるのもいいものですよ。

作品のあらすじ


ブロードウェイのローマ劇場では、暗黒街を描いた「銃撃戦」が大きな話題を呼んでいました。銃声が鳴り響くスリリングな舞台に、大入りの観客の目は釘付けです。

やがて、悲鳴が場内に響き渡りましたが、みんなはそれを、新たな趣向の演出だと思います。しかし、出入り口には警官の姿があったのでした。

警官は人々の一団が何事かと尋ねようとするのを分厚い手でさえぎり、とてつもなく大きな声で言った。「全員、その場を動かないで! だれも席を立たないように!」
 人々は声を出して笑った。
 すぐにその笑みは消えていった。役者のほうまでいぶかしげにとまどっているのに気づきはじめたからだ。(31ページ)


観客席にいた男が、「人殺し……殺された……」(49ページ)という呟きを漏らして、死んでしまったんですね。外傷がないことから、どうやら毒を飲まされたようです。

早速リチャード・クイーン警視が呼ばれ、現場検証が始まりました。事情を聞くため、そして犯人を逃がさないため、劇場内にいた人は全員、劇場にとどまってもらっています。

夜会服(タキシードなど正装)を着た死体を探ると、模造宝石がきらめく婦人用のイブニングバッグが出て来ました。

持っていた書類から、死体がどうやらモンティ・フィールドという、ニューヨークで有名な悪徳弁護士であることが分かります。

誰から恨みを買っていてもおかしくないですし、誰に殺されてもおかしくないような人物。

捜査の手助けにやって来ていたクイーン警視の息子で、推理小説家のエラリー・クイーンはあることに気が付きました。

 警視が向きを変えてその場を離れようとすると、エラリーは死体と座席を興味深そうにながめつつゆっくり言った。「何かここから持ち去られたものはないかな、父さん――何かひとつでも」
 クイーン警視は首をめぐらした。「その鋭い質問をした理由は何かね」
「だって」エラリーは渋面を作って答えた。「ぼくの見まちがいじゃなければ、座席の下にも、近くの床にも、このあたりのどこにも、その男のシルクハットがないからさ」
「おまえも気がついたか、エラリー」警視は険しい声で言った。「かがんで調べたとき、わたしもまずそれが目に映った――いや、映らなかったと言うべきか」(55ページ)


クロークに預けたらしき形跡もありません。フィールドが帽子をかぶっていた所が目撃されているので、間違いなく何者かに持って行かれたようです。

しかし、一体何のために?

周りの席の人の証言で、フィールドの周りの席が上演中、七つも空いていたことが分かります。切符売り場でも、その切符がいつ誰に売られたものかは分かりませんでした。

やがて、”牧師”の呼び名を持つ犯罪者、ジョン・カザネッリが、劇場からこそこそ逃げようとしている所を捕まります。

フィールド殺しに関与していると見て追及していきますが、恋人の案内係のマッジ・オコンネルに無料券をもらって、やって来ていたことが分かりました。

また、フィールドと関係が深そうな人物が劇場にやって来ていました。2年前までフィールドのパートナーだった弁護士ベンジャミン・モーガンです。

モーガンは、フィールドが劇場に来ていたことは知らず、自分は劇場からの招待状で来たのだと言いました。しかし、支配人はそんな招待状には覚えがないと言うのです。

フィールドが持っていた婦人用のイブニングバッグは、大富豪の令嬢、フランシス・アイヴズ-ポープの物であることが分かりましたが、フランシスはどこで無くしたか覚えていないと話しました。

劇場にいた人々の証言から、フィールド殺害の状況は分かって来ましたが、誰が何のために、そしてどうやって殺したのか、謎は深まるばかり。

警視はいちばん近くの座席に寄りかかり、考えにふけった。隣では、エラリーが上の空で鼻眼鏡を拭いている。警視は手ぶりで息子を促した。
「どうだ、エラリー」声をひそめて問いかける。
「初歩だよ、ワトソンくん」エラリーは小声で言った。「われらが名高き被害者が生きた姿を最後に目撃されたのは九時二十五分で、死体となって発見されたのはおおむね九時五十五分。問題は、この間に何があったかだ。こう言うとばからしいほど単純に聞こえるけど」(84ページ)


劇場にいた人々は、身体検査をされて解放されました。クイーン警視とエラリーは、フィールドが一体何の目的で劇場に来ていたのかを調べ始めて・・・。

見つからない消えたシルクハット。はたして、帽子の行方は? そして、フィールド殺人事件の真相はいかに!?

とまあそんなお話です。殺人事件はこの一つだけなので、とてもシンプルで分かりやすいミステリです。

一体どうしてシルクハットは消えたのでしょう? 代わりの帽子は残されていなかったわけですから、犯人が持ち去ったとしたならば、どうやって持ち出したのでしょうか。

クイーン警視とエラリーは、この消えた帽子の行方を探ることによって、殺人事件の謎を解き明かしていくこととなるのです。

今なお色あせない海外古典ミステリの名作です。興味を持った方は、ぜひこの謎に挑んでみてください。

明日は、白川道『最も遠い銀河』を紹介する予定です。