白川道『最も遠い銀河』 | 文学どうでしょう

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白川道『最も遠い銀河』(幻冬舎文庫、全4巻)を読みました。Amazonのリンクは1巻だけを貼っておきます。

少し前に、テレビ朝日で2夜連続のスペシャルドラマでやっていましたね。ぼくは白川道の作品が元々かなり好きなので、楽しみながら見ていました。

ドラマでは、癌に侵されながら、執念で事件の捜査を続ける元刑事役を三浦友和が、闇に葬りたい過去を抱えた気鋭の建築家を伊藤英明が熱演していましたね。

ドラマを観て、原作を読もうかどうか迷っている方のために、先にドラマと原作の違いに少し触れておこうと思います。

まず元刑事とパートナーを組むことになる小西真奈美が演じた女性刑事は、原作にはいません。事件の手がかりを見つけることになる複数の人物をあわせて、女性のキャラクターを作り出した感じです。

三浦友和演じる元刑事とは極めて好対照なキャラクターになっていたので、あれはあれでよかったのではないでしょうか。

それから、物語には死体が2つ出て来るんですが、これにまつわる話が、原作とドラマでは結構違ってましたね。

殺人だったのかどうかや、誰が殺したのかに、原作とドラマではずれがあります。

そのずれが何故生まれているかと推測すると、おそらくドラマでは、よりミステリ色を前面に押し出したかったのだろうと思います。

原作はミステリというよりは、人間ドラマという感じの印象が強い作品です。誰かの意志で進む物語というよりは、運命に翻弄される物語というような。

それ以外はほとんど内容的には同じでしたが、原作を読むとドラマの場面の意味がより一層よく分かった所もあったりしたので、全4巻と少し長いですが、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

ここからは、原作についてだけ書いていきます。

物語の中に、アラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』が、とても印象的に出て来るんです。

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『太陽がいっぱい』について詳しくは、原作であるパトリシア・ハイスミスの小説『リプリー』の記事を参照してもらいたいと思いますが、たしかに似ている部分があります。

ストーリーとしてはまったくの別物ですが、船と死体というモチーフ、そして何よりも、才能はあるけれど貧しい出自の者が、何とかして上流階級の世界に入り込もうとする物語という点で共通しています。

『最も遠い銀河』は、日なたに落ちた種子と日蔭に落ちた種子をテーマにした作品なんです。

つまり人間には、お金持ちの家に生まれ、何不自由なく暮らせる者と、生まれた環境が悪く、どんなに才能に恵まれていても、なかなか芽が出せない者がいるというんですね。

物語の主人公の一人、日蔭に落ちた種子である桐生晴之は、両親を早くに亡くし、高校にも行けませんでした。

それでも血の滲むような努力を重ねて大検を取って大学へ行き、立派な建築家になったのです。大きな仕事をもらえるチャンスをつかみ、成功を目前に控えていたのですが・・・。

もう一人の主人公は、北海道、小樽の海で7年前に引き上げられた身元不明の女性の遺体にこだわり続ける元刑事、渡誠一郎。

誠一郎は、幼い自分の娘を同じ海で亡くしていることもあって、なんとかその遺体の身元を明らかにしてやりたいと思っているんですね。

癌に体を蝕まれていることもあり、文字通り命を賭けて、物凄い執念で、捜査に取り掛かっていって・・・。

全く関係がないように見える、この2つの筋は、どう交わることになるのでしょうか。

日なたに落ちた種子と日蔭に落ちた種子が送って来た人生で紡がれる、骨太の人間ドラマです。

作品のあらすじ


1996年10月23日。小樽の漁師の網に、何か大きなものが引っ掛かりました。それは、寝袋に包まれた女性の変死体で――。

それから7年後。定年退職した刑事の渡誠一郎は、時折、犬の散歩で出かけて行き、海を眺めて物思いにふけります。

今でも、解決出来なかった死体遺棄事件のことが気になって仕方がないのです。

それは、20年前にほとんど同じ場所で溺れて亡くなってしまった小学2年生の娘と、重ねて思い出されるからかも知れません。

せめて、どこの誰だったのかを突き止めてやりたいと思うのですが、白骨化しかかっている死体は裸で、身元を証明できるようなものはありませんでした。

ただ一つ、手がかりとなるのは、テッポウユリがデザインされた銀製のペンダントをしていたこと。

「もう片方が存在することを想像させるように、真っぷたつにカットされている」(1巻、18ページ)のが特徴的なペンダントでした。

しかし、ペンダントがどこで作られたものなのかも分からず、捜査は迷宮入りしてしまったのです。

心残りを抱えながら過ごしている誠一郎はある時、何気なく見ていたテレビ番組に釘づけになりました。

それは、在日三世のジュエリーデザイナー、李京愛(りけいあい)のインタビュー番組だったのですが、若い時に恩人に渡したテッポウユリのペンダントについて話していたのです。

 ――ペンダントをお渡ししてからは、残念ながら一度もお会いしておりません。その方にはすてきな恋人がおられました。じつは……。
 小さな微笑みを浮かべて、李京愛はつづけた。
 ――出来上がったペンダントを、ふたりでいつも肌身離さず持っていたいと言われまして、ふたつにしたんです。
 テレビ番組を見つめる誠一郎の胸は抑えようがないほどに昂ぶりはじめていた。(1巻、31ページ)


あの死体が身に着けていたのは、李京愛が若い時に作ったペンダントだったのではないか。誠一郎は、かつての警察の部下と連絡を取りました。

もともと一つだったものを半分にしたペンダントは、自分が作ったものだと認めた李京愛ですが、渡した相手のことはよく知らなかったし、もうあまり覚えていないというんですね。

ほとんどまったく手がかりのない状況ですが、癌に侵され、自分に残された余命があまりないと知っている誠一郎は、独自の捜査を進めて行くこととなり・・・。

37歳の建築家、桐生晴之の元に、大学時代からの親友、堀峰次郎から電話がかかって来ました。

同じく大学時代からの親友の葛城美希也が、建築の大きな賞、石原賞を受賞したという知らせです。

晴之、堀峰、葛城はW大学の建築学部からの無二の親友ですが、晴之は独学で勉強し、大検を取って大学に行ったこともあり、年齢的には堀峰と葛城の四つ上になります。

才能にあふれ、建築家として時に激しく競い合うこともある晴之と葛城とは対照的に、冴えないながらあたたかい人柄の堀峰は、建築家として生きるのを諦め、「サンライズ実業」という会社に勤めています。

晴之は葛城の石原賞の受賞の知らせに複雑な思いがしました。葛城は、旧華族の家柄の出身で、外交官の父を持つエリート中のエリート。何もかもが思うがままの人生です。

華々しい道を歩き続ける葛城に比べて、晴之は女を騙して建築の受注を受けなければならないほど、事務所の維持だけで精一杯の厳しい状況。悔しくないわけがありません。

晴之には、建築の世界で絶対に成功してみせるという、強い思いがありました。それは晴之の夢ですが、今はもう晴之一人の夢ではないのです。今は亡き恋人、美里の夢でもあるのですから。

ある時、晴之はいつもよく行く画廊で、一人の女性と出会います。

「久しぶりですね」
 店主の声に、絵を観ていた女が、晴之のほうを振り返った。
 瞬間、晴之の心臓は止まりそうになった。美里……。
 晴之に挨拶するように小さく頭を下げると、女はふたたび絵に観入った。
「どうかなさいました? お顔の色が……」
 店主が心配そうに晴之の顔をのぞき込む。(1巻、84ページ)


美里にそっくりの女性はやがて、「サンライズ実業」の会長の孫娘で、24歳の清家茜であることが分かりました。

茜と出会ったことにより、晴之は「サンライズ実業」が手掛ける大きな建設プロジェクトのコンペ(建築デザインの競技会)への参加が認められます。

しかし、晴之のライバルとなるのは、親友の葛城、そして建築界のベテランであり、かつて晴之が勤めていた建築事務所の主、周藤健一。

周藤は、自分の妻と晴之が関係を持っていたのを知り、晴之の仕事を次々と潰して来たような人物。

業界の大物と、親友でもありライバルでもある葛城と戦い、コンペを勝ち抜けば、大きな成功が約束されます。ついに日の当たる場所へと出て行けるのです。

そんな中、刑務所に入っていたヤクザ者で、不良時代の仲間、木島浩から17年ぶりに電話がかかって来ました。

浩は晴之の邪魔をする者は、自分がすべて取り除いてやると言います。

「野毛のダチ公は、ハルと同じで、頭のいい野郎でな。刑務所では、本ばかり読んでやがった。そいつが、俺にこんなことを言いやがった。日なたに落ちた種子は、日蔭に落ちた種子のことはわからねえ、ってな。聖書のなかにある言葉だそうだ。美里も俺も謙二も、そして、ハル、おめえも、日蔭に落ちた種子なんだ。美里と謙二は死んじまった。残ったのは、俺とおめえだけだ。俺は、おめえに、日蔭に落ちた種子の意地を見せてやってほしいんだ。日なたの世界の野郎たちにな」(2巻、22~23ページ)


美里に似ているからなのか、それとも茜自身に惹かれているのかは晴之自身も分かりませんが、晴之と茜は恋に落ちて行きます。

しかし晴之は、あるパーティーで若い頃の知り合いの李京愛と再会し、思いがけないことを耳にすることとなって・・・。

はたして、日なたでの成功を夢見る晴之の恋と、コンペの決戦の結末はいかに? そして、小樽の海に沈められていた遺体にまつわる、驚くべき真相とは!?

とまあそんなお話です。恵まれない環境で育ち、暗闇だけを見て来た晴之が、「サンライズ実業」の会長に提示したホテルの建築イメージが、実に興味深いんですよ。

それは、裏と表が一体になっている「メビウスの輪」がモチーフになっているんです。晴之は会長にこう言います。

「これまで人間は、表と裏、光と影、天と地――もっと抽象的に言えば、善と悪、美と醜――、すべてにわたって対立軸で考えるのが常でしたが、メビウスは、このリボンでおわかりいただけるように、別の考え方が存在することを証明したのです。つまり、表と裏は繋がっていて、その区別はないことを明らかにしたのです。光に対立する存在として影があるのではなく、光と影は繋がっているのです」(2巻、360ページ)


これは建築プランのモチーフの話ですが、晴之の思いが最もよく出ている場面だと思います。

海に沈められていた遺体の謎とか、この後起こる殺人事件なども勿論重要ですが、この物語でぼくが最も印象的だったのは、晴之、葛城、堀峰の純粋で、複雑な友情関係でした。

晴之と葛城は親友であり、ライバルでもあり、光と影のように対照的な存在です。

2人だけでは友情関係はおそらく成立しなくて、冴えないけれど、2人の間に入って、バランスをとる堀峰の存在も光るんですね。

相手を認めるが故に嫉妬したりだとか、信頼しているが故に距離を置いたりだとか、男の友情に胸が熱くさせられる作品でした。

少し長い小説ですが、先の展開が気になって、ぐいぐい読み進められる小説だと思うので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。

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