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エラリー・クイーン(越前敏弥訳)『Xの悲劇』(角川文庫)を読みました。
エラリー・クイーン自体は結構読んでいるんですが、『Xの悲劇』から始まる「ドルリー・レーン四部作」は初めて読みました。これから先も少しずつ読んでいく予定ではいます。
ただ、率直な感想を書きますけども、ぼくはドルリー・レーンにハマりませんでした。『Xの悲劇』はおそらく、読者を選ぶ推理小説なのではないかと思います。
『Xの悲劇』は、いわゆる「本格ミステリ」の名作なんですが、「本格ミステリ」というのは、殺人に至るやむにやまれぬ事情云々はともかく、犯罪のトリックが重要になってきます。
つまり、感情ではなく論理が核になるミステリです。
ミステリに人情話を入れてくる東野圭吾とは対局にある小説と言えます。東野圭吾があれだけ読まれているのは、トリックが素晴らしいからではなく、物語として読者の心を動かすものがあるからなんですよね。
ちなみに東野圭吾は『新参者』がおすすめです。
新参者/東野 圭吾
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ストーリーはともかく、トリックが楽しみたい人は、『Xの悲劇』を楽しめると思いますが、トリックではなく、ストーリーを求めると、ちょっと無味乾燥な印象が否めないだろうと思います。
一番の問題は、探偵役のドルリー・レーンにハマれるかどうかなんですが、このドルリー・レーンがかなり癖のあるキャラクターなんですよ。
シェイクスピア劇の名優だった人物で、「ハムレット荘」という家に住んでいます。年齢を重ねる内に耳が両方ともほとんど聞こえなくなってしまい、演劇界からは引退しました。
耳が聴こえないんですが、読唇術ができるので、普通に会話はできます。
ドルリー・レーンは明晰な思考に加えて、演劇で培った変装の能力に長けています。警察の人間に化けて、捜査したりもします。
そして、なにかあるとシェイクスピアのセリフを引用するんですね。事件の話を聞いただけで、ドルリー・レーンはもう事件を解く鍵を手に入れてしまいます。こんな風に言います。
「しかし、むろんあなたがたは」いかにも愉快そうにふたりを見る。「進むべき道筋が明らかであることはご存じのはずです」
この静かなことばは電流さながらの効果をもたらした。ブルーノは口をあんぐりとあけた。サムは、強烈な一発を浴びたボクサーが衝撃を振り払おうとするかのように、小さくかぶりを振った。
サムは勢いよく立ちあがった。「明らかだと!」と叫んだ。「まさか、レーンさん、あんたは本気でーー」
「落ち着いてください、警視さん」ドルリー・レーンが穏やかに言った。「あなたの驚きようは、ハムレットの父の亡霊のように”恐ろしき呼び出しを受けた罪人さながら”ですよ。ええ、たしかに道筋は明らかです。もしも警視さんのご説明がすべて正しいのなら、犯人を示す方向はひとつだと信じます」(101ページ)
テストの用紙が配られて、それを解くことに感情的なものはなにもありませんよね。ドルリー・レーンも犯人への憎しみ、正義のために事件を解決したい、とかそういうのはないんです。
論理的に考えると、こういう風に解くしかない、という半ば答えのようなものを手に入れているにもかかわらず、ドルリー・レーンはなにもしません。事件に進展があったら連絡してくださいと言うだけです。
その内に、第2、第3の事件が起こります。これはドルリー・レーンが本気を出したら防げた犯罪のような気がします。
なんだか、その辺りのぼくとドルリー・レーンの温度差というか、「必死になってやったけどダメだった」なら納得できるんですが、余裕ぶっかましたことによって失敗しているのを見ると、なんだかなあとぼくなんかは思ってしまうわけです。
だからぼくは、最後までドルリー・レーンが好きになれなかったんですよね。みなさんはどうですか。ドルリー・レーンのこんなところが好き、みたいのがあったらぜひコメントくださいな。
作品のあらすじ
サム警視とブルーノ地方検事が「ハムレット荘」を訪れるところから物語は始まります。ドルリー・レーンは、ある事件を新聞記事の情報だけで解決したことがあったんです。
新たな難事件が起こったので、こうして知恵を借りにきたというわけです。
電車の中で、ロングストリートという男が何者かによって殺されます。うめき声をあげて、気を失ったように倒れたロングストリート。左の手のひらに引っかき傷ができていました。
死体のポケットを探ると、「直径一インチの小さなコルクの球で、五十本以上の縫い針が刺さっている。それぞれの針の先端がコルクの全面から四分の一インチ突き出しているので、全体の直径は一インチ半に及ぶ。針の先端には赤茶色のものが付着している」(45ページ)ものが入っていました。
赤茶色のものが、ロングストリートを死に至らしめたわけです。
電車の乗客の身体検査をしますが、怪しいものを持っている人間はいません。ロングストリートの交友関係からも、犯行の動機があるような人物は見つからないんです。
凶器もどこにもでもあるものから作られているので、そちらの捜査も行き詰まりです。そこで、サム警視とブルーノ地方検事は、ドルリー・レーンの所へやって来たというわけです。
やがて、ブルーノ地方検事の元に「わたしはロングストリート氏が殺されたとき、同じ市電に乗り合わせた者です。犯人の正体について、わたしはある事実を知りました」(109ページ)という手紙が届きます。
待ち合わせのフェリー発着場にサム警視、ブルーノ地方検事、ドルリー・レーンは行きますが、待ち人はなかなか現れません。やがて、桟橋がざわざわして人が集まり始めます。誰かがフェリーから落ちたというんですね。
犯人の正体を知っていた男が、犯人に殺されてしまったんです。これが第2の殺人です。
やがて、ロングストリートの共同経営者、ジョン・ドウィットが容疑者にあがります。サム警視とブルーノ地方検事もドウィットが犯人だろうと思いますが、彼は犯人ではないと断言するドルリー・レーン。
そしてやがて起こる第3の殺人。一体犯人は誰なのか? ドルリー・レーンが解き明かした事件の謎とは一体!?
とまあそんなお話です。事件の犯人と想定される謎の人物のことを、ドルリー・レーンはずっと「X」と呼んでいます。そして第3の殺人の被害者が、残したダイイング・メッセージにも「X」は関わってきます。
パズル性というか、事件がロジカルに解決されるのは面白いんですが、ストーリーとしての面白みはあまりないです。それが「本格ミステリ」というものなのかもしれませんけども。
「本格ミステリ」の古典的名作ではあるので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。