マーク・トウェイン『王子と乞食』 | 文学どうでしょう

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王子と乞食/角川書店

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マーク・トウェイン(大久保博訳)『王子と乞食』(角川書店)を読みました。

見た目はそっくりな王子と乞食が、もしも入れ替わってしまったら――?

まったく身分の違う2人が、入れ替わってしまったことによって起こる様々な出来事を描いたのが、今回紹介する『王子と乞食』です。

みなさんもなんとなくの内容はご存知なのではないでしょうか。演劇になっていたりもしますし、児童向けに一部省略したり、やさしく書き直したものも、たくさん出版されています。

何と言ってもアイディアが素晴らしいですよね。全く違う境遇の2人が入れ替わるという話はマンガや映画など、現在でも結構使われる設定ではあります。精神だけ入れ替わるというのが多いですかね。

それでも、王子と乞食ほど両極端の人が入れ替わる話は、滅多にありません。その発想だけで、もう抜群に面白いと思います。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

この角川書店の本はハードカバーであることと、値段的に結構することを除けば、訳文は読みやすいですし、初版の挿絵がそのまま収録されていることに何よりの魅力がある、非常におすすめな1冊ですよ。

王子は乞食になって貧しい人々と、そして乞食は王子になって貴族の世界で生活することになります。

今まで自分がいた階層とは、全く違う人々と触れ合うことによって、色々なことを学んでいくわけですね。

単にそれぞれの少年の成長物語なだけではなく、貴族と貧しい人々の生活を斬新な目線で描くことによって、社会諷刺が生まれている所に、この小説の面白さがあります。

諷刺というのは、滑稽味を持たせながら、あることを鋭く批判することです。

分かりやすく例をあげましょう。たとえば、王子は乞食の少年から話を聞くんですが、少年の家には召使いがいないと知って驚きます。

「ほお。ではなぜ、いないのだ? その方の姉たちは誰の手をかりて、夜、着物を脱ぐのだ? 誰が着物を着せてくれるのだ、朝、起きたときには?」
「そんなものは誰もおりません。着物を脱がせて、そのまま裸で寝させるのでございますか、――獣のように?」
「着物といっても上着のことだ! その方の姉たちは一枚しか持っておらぬのか?」
「ああ、殿下。一枚いじょう持ってどうしようというのでございます? とにかく、二人とも体は一つずつしか持っていないのでございますから」(38ページ)


2人のやり取りはどこかちぐはぐな感じがありますよね。それは2人にとっての「当たり前」が大きく違うからです。

服はたくさん持っていて当たり前、脱いだり着せてもらったりするのが当たり前という貴族の生活が、乞食の少年の目から描かれることによって、諷刺が生まれます。

召使いが常にいると、それはそれでわずらわしく、無駄の多い生活でもありますよね。豪勢な暮らしがいいことばかりではないという目線で描かれていくわけです。

一方の王子は、貧しい人から見ると傲慢な性格なので、色々とひどい目にあわされます。

そうすることによって、今までは顔が見えなかった市民の性格を理解し、はびこる不正などにも気付くようになっていくという物語です。

『王子と乞食』は勿論、入れ替わってしまう王子と乞食の物語なんですが、実は裏主人公とも言うべき人物がいます。マイルズ・ヘンドンです。このヘンドンが実にいいんですよ。

ヘンドンは下級貴族の生まれなんですが、地位と財産を狙った狡猾な弟の罠にはまり、愛する女性イーディスと引き裂かれ、イギリスを追放されてしまったんです。

ヨーロッパに渡り、武人として活躍していたヘンドンですが、敵に捕まってしまい、7年間もの間、捕虜として土牢に押し込められていました。

もうまさにアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』並みの艱難辛苦なわけですよ。エピソードとしての扱いはとても小さなものですが、印象に残ります。

父は無事だろうか、愛するイーディスはどうしているだろうか――。

イギリスに戻って来たばかりで、そんな思いに駆られているヘンドンが出会ったのが、乞食の身分になってしまった王子です。

心優しいヘンドンは王子を助けてやるんですね。勿論、王子だからではありません。自分は王子だと言い張る頭のおかしい少年を、かわいそうに思って面倒を見てくれるんです。

王子を連れて自分の家に戻ったヘンドンが目にしたものは一体何だったのか? 王子を献身的に守り続ける騎士ヘンドンが報われる日は来るのか?

そんな所にもぜひ注目してもらいたい物語です。

作品のあらすじ


16世紀の半ばのロンドンで、2人の赤ん坊が生まれます。1人は国中が待ち望んでいた王さまの息子で、もう1人は貧しい家族に生まれた、誰からも望まれない子供でした。

貧しい暮らしをしている少年トム・キャンティは、乞食をしているのですが、何も持って帰らないと酒びたりの父親から何も食べさせてもらえず、ムチで殴られる辛い日々です。

唯一トムの見方をしてくれるのは、アンドルー神父さんで、色々なお話をしてくれたり、勉強を教えてくれたりします。

もしも自分が王子さまだったらと空想を膨らませたトムは、王子さまを一目見てみたいと思い、王様の宮殿に行きました。

入口を守る兵隊たちに乱暴に扱われたトムですが、たまたま通りがかった王子さまの目に止まり、宮殿の中へ入れてもらえます。

トムに興味を持って、色々と話を聞いていた王子さまは、お互いの着ているものを取り換えてみることを提案しました。鏡を見ると2人はびっくり仰天。あまりにもお互いがそっくりだったので。

その方は私と同じ髪をしておる。目も同じ、声や所作も同じ、体つきや背丈も同じ、顔つきも顔色も同じ、まったく私そっくりだ。もし二人が裸で出て行ったら、誰ひとり、どちらがその方で、どちらがプリンス・オヴ・ウエイルズか見分けることのできる者はおるまい。(42ページ)


王子さまは、トムの手の傷に気が付きます。先ほど兵隊が乱暴をした時についた傷です。腹を立てた王子さまは、トムにここで待っているように言い、兵隊を叱りに行きました。

ところが、乞食のトムだと思った兵隊に殴られて、王子さまは宮殿から追い出されてしまったのでした。こうして王子さまと乞食のトムは入れ替わってしまったわけです。

もちろんお互いに自分の本当の身分のことを主張するわけですが、王子さまはみんなに笑われ、トムはみんなに病気だと思われてしまうんですね。

王子さまになったトムは、慣れない宮殿での生活に驚きと喜びと不思議さを感じながら、その持ち前のやさしさで困った人々を助けていきます。

一方乞食になった王子さまは、トムの父親に捕まってひどい目にあわされそうになります。そこを助けてくれたのが、貴族の生まれで義侠心の強いマイルズ・ヘンドンでした。

ヘンドンが自分の部屋に王子さまを連れて行くと、王子さまは「私は、顔が洗いたいのだが」(163ページ)と言います。ヘンドンは何でも自由に使っていいと言いますが・・・。

 それでも、この子は立ったまま、動きませんでした。それどころか、ドンドンと床を一、二回、じれったそうに小さな足で踏み鳴らしました。ヘンドンはすっかり面食らってしまいました。そこで、――
「おいおい、どうしたっていうんだ?」
「すまんが、水を入れてもらいたい。そして、そのような余計な口はきかんでもよい!」
 ヘンドンは、プッとふきだすところを何とか抑えて、(中略)この生意気な子供の命令を実行しました。それから、そばに突っ立ったまま、昏睡状態のようになっていました。そのうちに、「どうした――タオルだ!」という命令で、ヘンドンはハッと我に返りました。そこで、タオルを取り上げると、そのタオルもこの子のつい鼻の先にあったのですが、それを手渡してやりました。何も言わずにです。(164ページ)


随分変な子供ですよね。水を自分で取って顔を洗ってタオルで拭けばいいのに、全部誰かにやらせるんです。でも、王子さまにとってはそれが当たり前のことなので、何の疑問も抱いていません。

ヘンドンは王子さまを王子さまだとは思っていないのですが、この哀れな子供の力になってやろうと決意します。「かわいそうに破壊されてしまった小さな頭よ、その頭をそのままにして、味方になってくれる者も保護してくれる者もなしでいるようなことはさせぬぞ、このオレがこの世の生命ある者たちと共に生きている限りはな」(170ページ)と。

しかし、王子さまはヘンドンからはぐれてしまい、様々な怖ろしい目にあうこととなります。追いかけて来るトムの父親から逃げ出して、王子さまはある小屋に入って行きました。

そこには老人が住んでいたんですが、その老人は自分のことを大天使だと思い込んでいるんですね。ちょっとおかしな人なんです。老人は王子さまから話を聞くと、王子さまの父親つまり王さまへの憎しみをあらわにします。

「汝は知っておるのか、き奴こそ、わしどもを世の中に放り出し、住む家も、寄るべき家庭もないままにしおった張本人だ、ということを?」(313ページ)と。ようやく話を信じてくれた人が、頭のおかしい人だったというのは皮肉なものですよね。

老人は、眠っている王子さまを縛り付け、包丁を研ぎ始めました。目が覚めた王子さまは必死でもがきますが、もうどうしようもありません。

老人は包丁を振りかざし――。

「時は大切なものだ。もうわずかしかない、大切なものだ。――さあ、死んで行く者の最後の祈りをあげろ!」
 少年は、絶望的なうめき声をあげました。そして、あがくことを止め、激しい息づかいをしていました。すると、涙が出てきて、したたり落ちました。一つ、また一つと、頬を伝いました。(321ページ)


絶体絶命の窮地に追いやられてしまった王子さまの運命はいかに!?

とまあそんなお話です。時にユーモラスに、時にシリアスに描かれていく波瀾万丈の物語です。入れ替わってしまった2人の物語には、どんな結末が待っているのでしょうか。

2人が入れ替わったことに気付く人は少ないのですが、ほとんど唯一気付いた人がいます。トムの母親です。母親はトムのことを大切に思っているいい人なんです。

トムにはある癖があって、王子さまにはその癖がないので、母親は2人の違いに気が付いたんですね。

母親は物語にはほとんど登場して来ないのですが、どうやらトムの行方をずっと探していたようなんです。やがて行列の中で、着飾ったトムを見つけます。

「ああ、おまえ、あたしの大切なかわいい子!」(441ページ)と母親は叫びますが・・・。

この場面がこの小説の中で最も重要な場面ではないかとぼくは思います。母親に気付いたトムがどんな感情を抱いたのか、ぜひ注目してみてください。

おすすめの関連作品


リンクとして映画を1本紹介します。

乱暴な国王を、いっそのことそっくりな人物と入れ替えてしまおうとする映画があります。『仮面の男』です。

仮面の男 [DVD]/20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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映画オリジナルの要素がかなり多い作品ではありますが、一応アレクサンドル・デュマの『三銃士』の続編が原作です。

三銃士は、囚われの身になっているルイ14世の双子の弟を助け出し、正しい政治を実現させるために、ルイ14世と入れ替えてしまおうという陰謀を企てて・・・。

ルイ14世と双子の弟をレオナルド・ディカプリオが演じています。機会があればこちらもぜひ観てみてください。

明日は、司馬遼太郎『』を紹介する予定です。