北杜夫『船乗りクプクプの冒険』 | 文学どうでしょう

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船乗りクプクプの冒険 (新潮文庫)/新潮社

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北杜夫『船乗りクプクプの冒険』(新潮文庫)を読みました。

日常と冒険には、大きな差があります。ある意味では、日常が平坦で退屈なものだからこそ、冒険を描いた物語がより面白く感じられるのかも知れません。

マンガや映画、そして小説などの主人公は強くてかっこよくて、仲間がピンチになったら必ず駆けつけてくれます。波瀾万丈な冒険をくり広げるヒーローたち。

一方で、それを読んでいる読者、或いは観客の人生というのは、それほどドラマティックなものではありませんよね。

『船乗りクプクプの冒険』の主人公であるタローもごくごく普通の子供です。やりたくもない宿題に追われて頭を抱えているタロー。

そのタローが、ひょんなことから、キタ・モリオの書いた――正確に言うと書いている途中で放り出してしまった――本の世界に入り込んでしまうんですね。みんなはタローのことをクプクプと呼びます。

そうしてクプクプになってしまったタローは、船長や大男ヌボー、水夫のナンジャとモンジャと一緒に大海原へくり出すことになって・・・。

へんてこな登場人物たち、ギャグの嵐が吹き荒れる荒唐無稽な海洋冒険小説が『船乗りクプクプの冒険』です。

ちょっと記憶が定かではないんですけども、もしかしたらぼくも中学だか高校だかの時に、この『船乗りクプクプの冒険』で読書感想文を書いたことがあるかも知れません。そんな気がするような、しないような・・・。

『船乗りクプクプ』は今もきっとヤングアダルトの世代に読まれている/読まれていてほしい小説で、海を渡り見知らぬ土地へ行くというわくわくがあり、ユーモラスなタッチに魅力のある作品です。

子供なら純粋に楽しみながら読める小説だと思いますが、大人が読んで面白いかどうかを少し考えてみましょう。

大人が読んだ時に最も気になるポイントとしては、この小説がメタフィクションであることだと思います。

メタフィクションというのは、小説自体をネタにした小説のことです。普通の小説ならば、「現実世界」と「物語世界」は交じり合わないものですよね。

ところがこの『船乗りクプクプ』では、「現実世界」のタローが『船乗りクプクプ』という本の中の「物語世界」に入り込んでしまうわけです。

おまけに小説を書きたくなくて逃亡を続けている作者のキタ・モリオも「物語世界」に登場して来てしまいます。じゃあ一体この小説は誰が書いているのかと不思議な感じがしますよね。

そんな風に本の中に本が出て来たりして、「現実世界」と「物語世界」の境界線があやふやになり、すべてがごちゃごちゃになっていくのがメタフィクションの醍醐味です。

『船乗りクプクプ』は、本来全く別のものであるはずの「現実世界」と「物語世界」、そして日常と冒険がごたまぜになっている面白さのある小説なんです。

タローはタローなのか、それともクプクプなのか? タローがクプクプなのだとしたら、本来クプクプであるはずの存在はどこへ行ってしまったのか?

小説のお約束をまだ把握し切っていない子供では、気にならないであろう、そうしたもやもやした感じが、大人ならもっと楽しめるのではないかと思います。なので、大人にもおすすめの小説です。

まああれですよ、本好きであればあるほど、そして小説のお約束を知っていれば知っているほどメタフィクションというのは面白いものなんです。

たとえば、こんなセリフをちょっと読んでみてください。

「ここは物語の世界だ」と、大男はいった。「ここはキタ・モリオとかいうやつが考えた物語の世界なんだ」
 それから大男は、急に元気がなくなって、声をひくめた。
「じつはおれも弱っているんだ。キタ・モリオとかいうやつは、地理も歴史もちっとも知らない男らしい。だからこの世界はメチャクチャだ。おまけにおれの頭はこんなにデコボコにされるし、名まえだって、ヌボーなんておれはイヤだ」(17~18ページ)


これはすっと読み飛ばせそうでいて、実は深い問題を色々と孕んでいる場面で、まず登場人物が自分が物語の登場人物だと認識していることによるへんてこさがあります。

そしてどうやらこの世界は、時代も場所もよく分からないメチャクチャな世界だということが分かります。はっきりと出来上がっている世界ではないんですね。

それから、キタ・モリオの知識不足が語られているわけですが、それを書いているのは勿論、北杜夫なわけですから、自分で自分の悪口を書くことによって自分自身を戯画化(おもしろおかしいキャラクターに)しているわけです。

とまあそんな感じで、普通の物語とは少し違った、メタフィクションならではの面白さが色々とある小説なんです。子供は海洋冒険ものとして、大人はメタフィクションとして楽しめる、ユーモラスな名作です。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 諸君のうちで宿題の好きな人がいるだろうか。日本でもイギリスでもポルトガルでも中国でも、宿題というものはだれもがきらいだ。どんな偉い人でも、科学者でも、市長さんでも、校長先生でも、やっぱり宿題は好きではなかった。
 それでも宿題というものはやらなければならない。
 それだからタローは宿題をやっていた。(5ページ)


算数の宿題に頭を悩ませているタローは、宿題をほったらかして遊びに行きたいと思いますが、おかあさんが怖いので、勉強しているふりをしながら、買ったばかりの本を読み始めます。

それはキタ・モリオ著の『船乗りクプクプ』という本。海が好きなタローが夢中になって読み始めると、物語はすぐ終わっていて、あとは白紙がずっと続いています。

あとがきには「『船乗りクプクプ』はこれでおしまいである。なぜなら、わたしがこれ以上かかないからだ」(12ページ)と書かれていました。小説を書けなくなったキタ・モリオが続きを書かずにそのまま逃げ出してしまったらしいんですね。

「このキタ・モリオって人は、まったくひどいやつだなあ」(13ページ)と怒ってタローが本を閉じると、突然めまいがして気が遠くなり・・・。

気がつくとタローは焼けるように熱い砂浜に倒れていたのでした。やがてでこぼこした頭の大男ヌボーがやって来て、「もう船が出る時刻なんだ、クプクプ」(16ページ)と声をかけて来ます。

こうしてクプクプとなったタローは、船で旅に出ることになったのでした。自分たちよりも下っ端が出来た、でぶとのっぽのコンビ、水夫のナンジャとモンジャは大はしゃぎ。

クプクプはボーイとして、船長のパイプの掃除をやらされたり、ジャガイモの皮むきをさせられたりします。

船の上で、クプクプにつらいことがあってもヌボーは助けてくれません。しかし、あとでクプクプにそっとこう言います。

「おまえは、このおれのこともうらんでいたのだろう?」
 と、ヌボーはつづけた。
「おれはおまえをわざと助けなかった。いやなことや苦しいことががまんできなければ一人まえの船乗りになれないからな。いいかね、クプクプ、海は美しくやさしいときもあるが、とてもおそろしく冷たくなるときもある。おまえはだんだんと強くならなくちゃいけないんだよ」(41ページ)


ヌボーはバカだと言われています。言われているというか、物語の設定上バカということになっているんです。

ところがこのバカなヌボーがとてもいいことを言うんですよ。本当に心に響くようなことを言います。「利口になったりバカになったり、それが人間というものだよ」(43ページ)など、ヌボーの数々の名ゼリフにもぜひ注目してみてください。

クプクプの一行は、住人すべてがなまけもののナマケモノの島に行き、この物語の作者であるキタ・モリオの行方の手がかりをつかみます。

やがて激しい嵐にあい、命からがらの状態で船はある島にたどり着きました。早速ナンジャとモンジャが食料を調達しに出かけます。

ところがナンジャとモンジャは延々帰って来ないんですね。何故なら、どっちが先に行くかジャンケンをしているからです。

さっと決めればいいのに、お互い先に行きたくないものですから、100回勝負で決着をつけることにしてしまったんです。

「ちょっと待ってくれ。手が疲れてきた。これで、五十九対五十六だな?」
「ばかをいえ! 五十九対五十八だったよ」
「インチキをするな、たしか五十九対五十六だった。二つもごまかすなんてガメツイぞ」
「ぜったいインチキじゃない! 五十九対五十八だった。おまえこそインチキだ!」
「なにを! それじゃ、五十九対五十六だったか、それとも五十九対五十八だったか、ジャンケンできめるか?」
「のぞむところだ。しかし、一回じゃ不公平だから、これも百たびだぞ」
「よし、こい!」
 こうしてふたりのジャンケンはますます複雑になり、なかなか終りそうになかった。(119~120ページ)


やがてその島の住人は、人食い人種であるらしいことが分かって・・・。

どうなるクプクプとその仲間たち!? そして、キタ・モリオを見つけ出し、クプクプになってしまったタローは「物語世界」から「現実世界」に戻してもらうことはできるのか?

とまあそんなお話です。バカが利口で利口がバカということや、見かけにとらわれないことの大切さなど、いくつかのメッセージが込められた作品でもあります。

ユーモラスな会話やどたばたの行動の奥にさりげなくそうしたメッセージが秘められているので、バランス的にちょうどよく、とても心地よく読むことのできる小説です。

200ページほどの短い小説なので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。クプクプがへんてこな仲間たちとメチャクチャな世界を旅する、メタフィクションの海洋冒険小説です。

おすすめの関連作品


リンクとして本を1冊紹介します。

本の世界に入り込んでしまうファンタジーと言えば、やはりミヒャエル・エンデの『はてしない物語』でしょう。

はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)/岩波書店

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少年バスチアンは、ひょんなことから本の中の世界に入り込み、その世界を救うために行動していくことになり・・・。

映画『ネバーーエンディング・ストーリー』の原作としても有名ですよね。まだ読んだことのない人がいたら、ぜひ読んでみてください。大人でも楽しめる名作ですよ。

この小説で一番面白い所はですね、バスチアンが自分を見失ってしまう所です。はっきり言って嫌なやつになってしまうんです。ぜひその部分に注目してみてください。

岩波少年文庫から上下2冊でも出ていますが、出来ればハードカバーで読んでみて下さい。ハードカバーだと文字が二色刷りになっていたりと、より楽しめるだろうと思います。

明日は、マーク・トウェイン『王子と乞食』を紹介する予定です。