朝9時にザルツブルクを電車で出発し、ミュンヘンでDBのICEに乗り換えるところから、筆者としては珍しいトラブルがあり、開演5分前ギリギリにバイロイト祝祭劇場に到着しました。


本年新制作の「トリスタンとイゾルデ」は7/25にプレミエで、この時の配信をざっと観ましたが、今日の公演は7回目で楽日です。友人の楽団員(SKBの首席奏者)によるとプレミエからは変わった部分があるそうで、その印象も含めてコメントします。バイロイトまでのトラブルや楽団員から聞いた裏側の話は、雑記として来週以降、別途投稿します。情報量が多いので、【演出】【歌手】【音楽】の3つのパートに分けて書いていきます。


【演出】

演出のアルナルソンは1987年アイスランド生まれで、経歴としては演劇の演出畑で、プロフィールにはメジャーな歌劇場での演出は今年になってからで、今回がバイロイト演出デビューになります。カタリーナ監督が進めているレジー・テアター路線を受けた演出家採用になっています。第1幕は《船上のデッキ》のシーンですが、イゾルデが大きなドレスに囲われていて、白い仮面を付けていましたが、仮面を外してから歌い初めてました。このドレスが大きすぎて、イゾルデが身動きができないようになっているのですが、彼女が精神的にも追い込まれて行き詰まっていることを表現しているように思えました↓。 



問題はトリスタンとクルヴェナールが舞台の後方の座席1列目から15m奥で歌っているのですが(↑写真の3人がいる辺り)、声の通りが良くありません。その後、クルヴェナールがイゾルデの方に寄って来て、前で歌って、やっと良い声が聞こえてきました。筆者は3列目でしたが、後方の席の方はあまり聞こえないのではないと思います。この演出家はオペラのことをよく分かってないのではないでしょうか? 例えば、第2幕の愛の二重唱ではトリスタンとイゾルデがお互い近い位置で歌うのが通常かと思いますが、今回の演出では2人が離れて、斜め位置になってアンバランスな愛の二重唱でした。照明に関しては、舞台上に剥き出したままのスポットライトが随所に置いてありました。これも新国立劇場の演劇ならあり得ますが、オペラでは珍しいです。こういう照明器具がそのまま置いてあると、舞台上の物語への没入感が弱まります。第3幕では数台のスポットライトが観客席に当たるシーンがあり、観客が眩しくて、舞台を見れないことが続きました。これも何の意味があるのか分かりませんでした。第1幕で2人は媚薬を飲んで無いように見えましたが、これも照明が弱く、演技や美術が見にくいので、かなりよく見ないと伝わりにくいです。その後、媚薬を飲まずに、イゾルデの大きなドレスがベットのようになり、2人は愛し合います。このような工夫は評価できます。第1幕のラストで2人は船内に降りて行くシーンで幕が閉じます↓。



第2幕は《船底の隠れ部屋》で、この舞台も全体的に暗いので分かりにくかったです↓。


この幕で印象的だったのは、温厚なイメージのたるマルケ王がトリスタンへの怒りでグロイスベックが迫真の演技でした。第2幕のラストはトリスタンが毒薬を飲んで倒れていたように見えましたが、毒薬の小瓶が小さくて、なかなか見えづらかったです。このような細かい点は後方席では見えないので、テレビや配信を意識した演出なのでしょうか。


第3幕になると《ガラクタ小屋》で、第1幕のデッキから2人の精神状態が落ちていることを反映しているように思えます↓。


この幕も舞台後方で歌うシーンが多く聴こえずらいのと、また照明が暗いので、イゾルデも毒薬の小瓶を飲むシーンもやっと分かりました。この演出の照明は全体的に暗く、歌っている・演技している歌手にライトが当たっていないこともあるので、舞台上で何が行われているのかすべて把握できません。これは、その場の観客用ではなく、カメラで追っているテレビや配信を意識した演出なのでしょうか。このように読み替え部分は理解でき、ロジックとストーリーは合っているところは演劇出身の演出家らしさを感じますが、オペラとしての見やすさや歌手の位置のバランスや動きなどが悪く、オペラ演出としては3流で、プレミエでブーイングが出るのは当然でしょう。舞台の制作費もバイロイトの予算削減中の中で、舞台装置も少し安っぽく感じました。これはオペラの経験が浅い演出家をアサインしたカタリーナ監督の責任でしょう。後日、書きますが、カタリーナが継続すると、バイロイトはどんどんオワコンになります。


【歌手】

演出と対照的に素晴らしかったのは、メインの5人の歌手でしょう。しかもプレミエから今回まで、誰も降りずに歌い続けてくれたのはありがたいです。1番秀逸だったのはトリスタン役のシャーガーで、彼のトリスタンは2018年にベルリンで初めて観ましたが、その時よりもヘルデン・テノールがより進化しているように思えます。23年の1月にはウィーンでシャーガーが出演していた「こうもり」を観たことがありますが、今や当代一のヘルデン・テノールかもしれません。この日の第3幕でのトリスタンの最後の歌唱では、毒薬を飲んだ後にも関わらず、狂ったような激しい演技で、完全に出し切るような素晴らしい歌唱でした。シャーガーは第1幕からのスタミナ・胆力の凄さも感じました。最終日なので全開だったと思います。


次に良かったのは、イゾルデ役のニールントで、特に第1幕と第2幕の愛の二重唱までは素晴らしかったです。他の役に比べて、演技するシーンが少なかったですが、第3幕の「愛の死」ではそれまでとはトーンを落として歌っていましたが、これは意図的なものなのでしょうか。


代役でブランゲーネを歌ったマイヤーはクリアな声で、イゾルデ以上に声が良く通っている場面もあり、特に舞台後方からの歌唱や第2幕での上手側での歌唱が素晴らしかったです。クルヴェナールのジグルダーソンは好演で渋めの通りの良い歌唱で好サポートでした。第2幕のカーテンコールでブーイングが出たのはマルケ王のグロイスベックですが、声の艶感は良かったのですが、不安定なところがあったからでしょうか。


以上の主要歌手のレベルが揃って、安心して聴けるのはバイロイトならではでしょうか。平場の歌劇場でのトリスタンでここまでのレベルの歌手を揃えるのは難しいです。


【音楽】

今年のバイロイト音楽祭でワーグナー指揮者と言える唯一の指揮者がビシュコフですが、観客の反応を見ると賛否が別れるかもしれません。第1幕では重厚さや官能性が弱く、柔らかく聴こえる音楽でしたが、第2幕の愛の二重唱からマルケ王登場までは緊急感があり、迫力のある音楽づくりでした。ラストの「愛の死」では高揚感が弱く、やや物足りない形で終えました。プレミエでも、今回もビシュコフはブーイングを受けてますが、楽団員によるとプレミエからどんどん音楽は良くなってきていて、今回の楽日が1番良かったそうです。また彼はワルキューレ、タンホイザーなども演奏してますが、「3人の女性指揮者(ヤング、リーニフ、シュトゥッツマン)は全然駄目だし、カサドはエネルギッシュなだけだから、ビシュコフが1番まともだ」と言ってました。カーテンコールは楽日なので、普段着のオケのメンバーも全員舞台にそのまま上がってました↓。


終演後、楽団員と食事に行きましたが、「あなたとはRamen108に行きたい」と言うので、バイロイト中央駅近くの新しくできたラーメン屋さんで食事をしました。日本人オーナーシェフが作っているので、そこそこ美味しいです。ちなみに、この近くの「Ramondi」と言うレストランに本当は行きたかったのですが、ここはアーティストが終演後によく集まるお店です。明日はザルツブルクに戻ります。


(評価)★★★★ 歌手は手堅い布陣、音楽は良好、演出はオペラの演出の素人によるものでした

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 

(★五つ星は年間10回以内に制限しております)


指揮:セミヨン・ビシュコフ

演出:ソルレイフル・オーン・アルナルソン

合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ

トリスタン:アンドレアス・シャーガー

マルケ王:ギュンター・グロイスベック

イゾルデ:カミラ・ニールント

クルヴェナール:オラファー・ジグルダーソン

メーロト:ビルガー・ラッデ

ブランゲーネ:クリスタ・マイヤー

羊飼い:ダニエル・イェンツ

舵手:ローソン・アンダーソン

若い水夫:マシュー・ニューリン

バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団