バイロイトからザルツブルクに戻ってきて、今夏の最注目のプロコフィエフ「賭博者」の最終公演を観に行きました。このオペラの映像は秋にNHKで放映するそうですが、ステージ上で同時に3つの要素が進行しているシーンが多く、編集の出来によると思います。プロコフィエフは9歳の時に初めてのオペラ「巨人」を作曲し、早くからオペラに取り組んでますが、この「賭博師」は25歳の時に完成した作品です。音楽的にはプロコフィエフらしい曲想で良く仕上がっていますが、1回目のブログにも書いたように、美しいアリアや二重唱はなく、ロシア演劇の要素が強いオペラです。

このオペラのあらすじに関する書籍やネット記事 は少なく、↓のゲルギエフ指揮・マリインスキーの映像で予習しました。この映像はオーセンティックな演出なので、初めて方にはオススメです。今日の感想はマリインスキー盤と比較しながらになります。


【演出】

演出は筆者のお気に入りの天才演出家・P. セラーズによるもので、このオペラのキーワードであるカジノのルーレットを模した宇宙船に見える造形物が何台も吊ってあり、これが上下しながら、展開していきます。4幕で構成されているオペラですが、休憩無しで2時間10分の通しで上演されています。演出は読み替え演出で、例えば、オリジナルでは主役のアレクセイ(パニッカー)は、将軍(ペイシン)の養女であるポリーナ(グレゴリアン)の家庭教師ですが、この演出ではアレクセイとポリーナは付き合っている前提になっています。また将軍の子供はポリーナ1人ではなく、他に小さな子供が2人出てきます。会場での英語とドイツ語字幕も現代化していて、セリフでは「電報」と言っているのに、字幕では「E-Mail」になっている点など、オリジナルから変えている部分が多いです。色々と読み替えられている点があるので、字幕を見ながら、新しいストーリーとして理解しながら鑑賞する必要があります(前回観た時はこの字幕の文字が小さすぎて、あまり理解できていませんでした)。演出意図を踏まえて、NHKの日本語字幕版がどのように表現されるかがポイントになります。演出的なハイライトは第4幕でアレクセイが賭博場に行って、ルーレットをするシーンでしょう↓。

このシーンの舞台美術は圧巻で、合唱団がステージに登場すると、その後は客席の1列目前まで迫ってきて歌うシーンは壮観でした。1列目の方はかなりビックリされたでしょう。演出の読み替えは分かりやすく、初めて観ても理解できるもので、エンタメ性の高い演劇オペラとして面白く観ることができました。


【歌手】

主役のアレクセイ役のパニッカーは初めて聴くテノール歌手ですが、スリランカ系のアメリカ人で、このオペラでは最初から最後まで1番多くのシーンに出ていて、良く声の通る今後注目のテノール歌手です。ポリーナ役はグレゴリアンはボーイッシュな格好で、歌唱より演技をしている時間の方が長いです。彼女は演技が好きなのでしょう。グレゴリアンの見どころのシーンは第4幕の第3場で、狂乱の中でアレクセイに対して「あなたのことは大嫌い」と絶叫するシーンです。将軍役のペイジンは深い重厚感のある声で、このバス歌手も良い歌手です。将軍の母・おばあさま役はウルマナですが、出番がトータルで15分間くらいしかないのに、名歌手が良く出てくれました。やはり、この人が出てくると存在感があります。カーテンコールは、グレゴリアン、パニッカー、ウルマナ、ペイジンの順で盛り上がっていました。↓はグレゴリアン(43歳)とウルマナ(63歳)のインタビュー映像ですが、「ザルツブルクでのオフの過ごし方」が対照的で、グレゴリアンは近くの湖でアクティブに過ごす派ですが、ウルマナはお城を見たり旧市街でゆっくり過ごす派で、年齢の近い筆者はウルマナ派の過ごし方です。


【音楽】

指揮はロシア出身のザンギエフ(30歳)で、落ち着いた丁寧な指揮ぶりで、過激なプロコフィエフの音楽をうまく表現していました。特に賭博場のシーンへの興奮感や狂乱感の盛り上げ方は巧みで、スピード感のある音楽で推進していました。カーテンコールでも盛り上がっていました↓。

ザンギエフはドレスデンなどの主要歌劇場で指揮をしているようで、来日してオペラの指揮をして欲しい指揮者です。カーテンコールは楽日ならではの盛り上がり方でした。このオペラの日本での放送が楽しみですし、NHKの選択眼は素晴らしいです。この夏の音楽祭で4つのオペラを鑑賞しましたが、この作品の演出が最も秀逸だからです。


余談ですが、オペラを観て食事後に車で10分くらいにあるカジノ・ザルツブルクに行きましたが、お城を改装したカジノは赤一色でした。オペラのストーリーと同じようにルーレットで「赤」にずっと賭けてみました。


(評価)★★★★ 最終公演はかなり盛り上がりました

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 

指揮:ティムール・ザンギエフ 

演出:ピーター・セラーズ

アレクセイ:ショーン・パニッカー

ポリーナ:アスミク・グリゴリアン

将軍:チェン・ペイシン

おばあさま:ヴィオレッタ・ウルマナ

侯爵:ファン・フランシスコ・ガテル

アストリー:マイケル・アリヴォニー

ブランシュ:ニコレ・チリカ

ニリスキー公:ヤー=チャン・フアン

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団