プライドと誇り
『プライド』という言葉を調べると、絶対に譲れないもの・誇りなどという意味が出てきます。 また、よく聞く言葉に『プライドが高い』という言い回しもあります。この『プライドが高い』という場合は、他人に低く見られたくない虚栄心のことを言うと思います。 私たちの会社の社員は技術系なので、技術力や知識を向上するために資格試験に挑み資格取得しています。目標を定めそれに挑戦することは素晴らしいことだと思います。 以前、次のような人とあったことがあります。 彼と話していると、彼には理想があることが解りました。1)皆んなに尊敬されるような技術力をもっていること2)絵に書いたような幸せな家族(妻がいて子供がいて、二人から 慕われているおとうさん)であることでした。 周りの人から見て、そうなっていることが彼のプライドだったのです。 しかしながら、彼の目の前に明らかに自分よりも技術力が高い人が現れ、彼を否定されてしまうと、それはもろくも崩れ去り、途端に落ち込んでしまうのです。結果として傷つきやすい人です。 彼は他人の目で自分を測っていたのです。 その時、私は、『プライド』と『誇り』の違いを考えてみました。 意味を調べると、プライド=誇り と出てきますが、英語と日本語の違いだけでしょうか? 『プライドが高い』の”プライド”を”誇り”に書き換えてみると、『誇りが高い』となります。 同じでしょうか? 私見ですが、私は違うと思います。 上記の彼は、1)、2)のように見られることが大切でした。だから、そのように見られていないと自信を無くしてしまっていました。 しかし、「誇り」とは他人から見るものでしょうか?「誇り」は自分の内側から見るものだと思うのです。 だとすれば、他人から1)のように見られなくても、他人から2)のように見られなくても、 ・自分が技術力を上げることに精一杯頑張っている ・幸せな家族にするために頑張っているその過程や努力が大事であり、それをサボっていなければ、周りから何を言われようと努力を続ければいいので、傷つく必要もないという事になります。 つまり、プライドは他人から自分を見る目線、誇りは自分側から自分を見る目線で自己評価することなのだと思います。 だから、私達の目の前に自分よりもどんなに技術力が高くて知識豊富な人が現れて自慢され、自分の技術力の低さを認識せざるを得ない状況になっても構いません。その人とそうゆうレベルで比べる必要はありません。 今現在、自分が技術力向上のために努力しているかどうかが大切であり、それこそが”誇り”だと思います。 みなさんは、『自分は一生懸命やっている』という”誇り”を持っていますか?<感謝>