「しかし、何で今までロックの話をしなかったの?すごく詳しそうなのに。」

 絵里が机越しに顔を近づけて聞く。

 「いや・・別に・・。今みたいに話題にならなかったから・・・。」

 実は、百合耶はかなりのヘビメタ好きだ。その上、ミリタリーオタクなのだ。彼女の周りのブランド物を纏う、お化粧上手の可愛い同級生たちに胸をはって言える話では無い事を自覚している。

 「まあ、いいじゃん。そしたら決まりだね。」

 絵里が満足げに言う。

 「何が決まり?」

 百合耶が聞く前に小夜子が携帯からばっと顔を上げて嬉しそうに絵里に聞く。

 「ライブハウス行こ。くそ兄貴に客を呼んでくれって頼まれてたの。どうせどヘタな演奏聴かされるんだから、あんた達誘ったら悪いかなーって思ってたんだ。」

 「悪くない、悪くないよー。サヨも行くぅ!」

 小夜子が俄然と張り切っている。

 「エアロスミスは知っている。かっこいいロックだな。」

 「うん、かっこいいロックだよ。ヴォーカルはもうおじいちゃんになっているけどね。だけど私は映画音楽になった有名なやつより80年代のとんがってた頃の曲の方が好みだよ。」

 両親のCDを聞きまくって育った百合耶は絵里が興味を持って聞いてくるのが不思議だった。そして嬉かった。男子ならこんな話は好きなのだろうが、悲しいかなこのクラスの男子はもっぱらアルバイトと塾通と女子にいかにもてるかというのが大方の興味の対象らしい。

 しかし人にどう思われようが気にしない三人だから、そんな話をしているんじゃないのよっと訂正もせずに話を続けている。

 「エリツィン・・・、私はアイアンメイデンと聞いてその拷問道具を思い出すあんたに驚きだよ。」

 「世界の拷問史ちゅーのを最近、図書館で読んだんだ。痛面白かった。拷問されない環境に生まれ育ってありがとう、と神に感謝している今日この頃なのさ。」

 「とにかく、その拷問道具の名前のついたバンドがお気に入りなの。あとは無難な所でエアロスミスかな。彼らはブリテッシュロックではないけど。」

 ロックが好きな若いお姉さんが好きなバンドは?と聞かれて、大抵の人がエアロスミスと答えるらしい。しかし、そのお姉さんにその大好きなエアロスミスのデビューアルバムの邦題を言えるのかどうか聞いてみたいと両親が文句を言っていた事を思い出す。

 「ユリはどんなバンドがお気に入りなのさ?」

 「えっ?私?えっと、ちょっと、その:。」

 百合耶が急にへどもどする。

 「なによー、言えないようなものなの?」

 「アイアンメイデン・・・。」

 周りを気にしながら小さな声で言う。

 「鉄の処女?」

 絵里が大きな声で聞く。回りできゃぴきゃぴしていた女子が一斉に三人の方を向いた。

 「声がでかい!」

 「あんたは顔がでかいぞ。」

 けけけっと絵里が笑う。周りで処女だって・・・と、いやらしい話をしている様にひそひそと囁かれている。この時期の女子は少しでも性的な話に敏感だ。単語だけにでも反応する所を見ると。

 「今も現役で有名なのはローリングストーンズなんじゃない?とーちゃんとかーちゃんの方がもっと詳しいんだけど・・・。」

 「ビートルズもブリテッシュロックだったの?」

 絵里の知識の中のカテゴリー、「ブリテッシュロック」を総動員させる。

 「うーん、イギリスで結成されて、ヒットしたバンドを指すからそうだよね。でもビートルズはブリテッシュロックという言葉が流行るよりも前にビッグになってたと思うよ。どうなのかなぁ。」

 「サヨ、あんま、興味ないなー。」

 「携帯でもチェックしときな。」

 絵里は興味があるみたいで、百合耶と話をしたがった。小夜子はちょっと肩をすくめてすぐに携帯電話を取り出し、メールをチェックし始める。百合耶は小夜子のこの性格が好きなのだ。冷たい言い方をされても怒ることなく自分のしたい事をする。人の事情に立ち入らないが、困っているときには迷うことなく手を差し伸べる。そういう性格をもっている。もちろん絵里も似たような性格なのだ。だから一緒にいて心地よい。

 「ふーん、昭和のロックて?どんなの?」

 平成生まれの彼女達だ。すぐに絵里が昭和という言葉に喰いついた。

 「その当事、ブリテッィシュロックっていうのが凄く流行ったんだって。とーちゃんとかーちゃんが今もレコード持ってるよ。」

 百合耶は両親の寝室にある膨大なレコードとCDを思い浮かべた。

 「私が知っているのはキッスとかクィーンとかほら、CMで流れたり、キムタクのドラマの主題歌になったのくらいしか知らないねぇ。」

 絵里の兄の隼人はベース担当なので、部屋から聞こえるのはボンボン、ボボンと絵里にとってはリズムだけなので、何をやっているのかはわからない。

 「キッスはブリテッュじゃないと思うよ。アメリカで結成されたバンドだから。」

 「サヨなんて、ほぼ知らなーい。」

 小夜子は熱烈なジャニーズファンだから。

 「ライブハウスなんてサヨ、行った事ないからなぁ。行ってみたいな。」

 小夜子はロックバンド等にはあまり興味は無かったが、刺激にはなるだろうと期待を持つ。特に絵里の兄のバンドがヴィジュアル系だと文句なしだ。

 「私は好きだよ。特に昭和のロックが。」

 百合耶の父と母は昭和三十年代生まれだ。

父と母は由比ヶ浜の駅近くで理容店を営んでいる。理容店には珍しく、店で流れる有線放送はロックチャンネルなもので、百合耶は幼い頃からロックを聴いて育ったのだ。

 「いいの。お世辞は聞きあきたわ。」

 常にお腹が空いているのだ。何か良い事がないとやって行けないとため息をつく。

 「おう、そうだ。うちのバカ兄貴がさ、バンドやってんだ。オーディション受けて、十二回目でやっとライブハウスに出られるんだね。これが。」

 絵里には二人の兄が居る。長男は大学生二年生だ。趣味でロックバンドをやっている。次男は高校三年生で、現在受験勉強中だが、彼もクラシック音楽が趣味である。

 「ロックー?何系?何系?」

 小夜子が大きな瞳を煌かせて身を乗り出した。単調な毎日を打ち砕く突破口を見つけた様に。

 「知らない。私は兄貴に興味無し。」

 年頃の女子高生の前で、風呂上りに全裸でうろつく兄二人には死んで欲しいと常に言っているので、百合耶と小夜子は納得する。

 「うむ、可能性のあるのはディズニーランドだけだね。ネットで応募したの?」

 懸賞サイトに登録している絵里に百合耶が聞く。

 「したけど、ペアで一組だもん。もし当たったらサヨとユリが殴り合いして、奥歯が取れた者を連れて行く事にする。」

 なんだー、そりゃー、と甲高い声で百合耶が笑う。絵里はぱっと見が,美しい顔をした男の子の様に見える。それを気にしているのか長い髪を赤やピンクのゴムで頭上に止めている。

そんな女の子らしい姿なのだが、言葉使いは女の子らしくない。

 「殴り合いして痩せるのならいくらでもするわよー。」

 顔がちょっと下膨れなだけで、とても可愛い小夜子なのだが、自分は太っていると思い込んでいる。

 「サヨは太ってないって。」

 百合耶はそんなに可愛いのに何故お腹が空くのを我慢しなければならないのだろうと常に疑問に思っている。

 「何よ、良い事ってのは。」

 小夜子の三倍はある二段重ねの弁当を平らげた百合耶が低い鼻をぴくぴくさせて聞き直す。

 「あんた、ただでさえ面白い顔なんだから、その鼻ピクやめなよ。」

 笑いを堪えながら亀田絵里が百合耶の鼻を持っていたサンドウィッチの角で突く。

 「失敬な、ユニークな顔だといいたまえ、お、この匂いはツナサンドだにゃ。」

 百合耶の鼻先に少しマヨネーズの混じったツナがついている。小夜子がもー、エリツィン、汚いわねーといいながら水筒に入っているダイエット茶を飲み干した。

 「良い事よ。カレシが出来るとか、来週のテストがなくなるとか、ディズニーランドに無料招待されるとか、キンキキッズに街で偶然に会うとか。」

 えりちんと中学の時にあだ名がついていた亀田絵里は何故か百合耶にエリツィンと呼ばれるようになったが、結構気に入っていて、訂正をせずにそう呼ばせている。ロシアの元大統領という事は知っているし、ピンク色の肌をした金髪の太ったおじさんだという認識もある。