お盆という非日常の中で。。。
一年の中で、「正月」(年末年始)と「お盆」は、子どもたちにとっての長期休暇中であっても、おそらく、「家族」とか「家」を、より身近に、時に苦痛な期間として感じる人は少なくないのではないかと思っている。 それは、家族が身近になるだけに、家族が他の時期以上に、集まったりする時だからということは、その時の家族の状態が良ければ(何が良いのか人によって違うだろうが)心地よいし、そうでなければ、その時、その場所は、心地よくはないのではないかなんか、「家族状況のバロメーター」のような。。。他の、自分のことだけなら、どうにか変えられるようなことでもこればっかりは。。。。。。。。。どうしようもないような。。。。。。。。。。。。。。。現実見なくていいものを見たり、聞かなくていいことを聞いてしまったり。。。。そのたびにため息がもれたり。。。。先週、一人息子が“都会”から帰省してきた 一泊して帰ったが。。。息子は、仕事を辞めていた。。。それだけじゃないけど。。。昨日、つれあいの実家に行って一泊した甥っ子のつれの兄弟が、ひきこもっていることを初めて聞いた 私のつれあいからそんな話は、決してみんなが集まっている場では語られることはない親族みんなが集まっている時に、「そんなこと」は語られることはない語られることは、おもしろおかしい話だったりなんかほのぼの系のエピソードだったりするもちろん、にもかかわらず 自分の話だけをする人もいるが・・・・別に、自分の今を語る準備をしていたわけじゃないけど、「ベンゾ」の話なんて、世間話としても、できるはずもなかった今朝、みんな帰るときに ある義兄が言った「じゃあ、お互い、健康に気をつけて・・・・」となんか、なんて返していいかわからなかったこれが10年も前なら、お得意の「~でないふり」技を発揮して「はい! そうですね ○○さんも、飲み過ぎないようにね! 今度の祭でまた会いましょう!」とかってにっこり笑って返せただろうに。。。。。昨日の夜も、夕方墓参りに行ってきて みんなで飲んだおかしなことに、今の私は なぜかこれ飲んだら どうなるんだろう。。。。 なんて思ってたあれこれ飲んでないから たいしたことないけどもう 二日酔いではなく離脱症状の ぼぉ~っと感が強くなっていることを自覚しただけだった全身のマヒ感はそのまんま かえって強く感じるかな。。。。ふわふわ感も健在なり意識もどっか、ほわっとして 「ここはどこ? わたしはだれ?」に近いぞせみが泣いている だからか、 私の中の子ゼミのような耳鳴りは、おとなしみたい。。。断薬4ヶ月目がこの猛暑の夏でよかったかな。。。。。(小笑) ベンゾは続くよ どこまでも。。。今いちばん、気になっていることが話せることって いいんだよね場の空気を読むことを優先して「いい話」やどうでもいい話をしなくたって いいんだよね。。。お盆だろうが、まつりだろうが、 年末年始だろうが身内だろうが 他人だろうが そこに集まっている時にいま言葉にしたいことを言葉にできることって有り難いことなんだろうね。。。「~でないふり」はもう疲れた「いま、あの人 ~なんだって・・・」ってことが、家の片隅で語られる事って、いやだ。。。