私の月記帳11月


丁度3年前に始めた東海道五十三次ウォークは22日にとうとう目的地三条大橋に着いた。パナソニックの二足歩行ロボット「エボルタ君」も同日到着。河原は賑やかだった。ホテルでの完歩を祝う仲間との酒は格別の味がした。翌日周遊した名刹の紅葉も最高だった。幹事の皆さんへは感謝しきれない。もうひとつの五十三次は今月3回も歩いた。だから今月は両方で通算6日もウォークに関わったことになる。このペースなら2年連続で京都にゴールすることも可能だ。

今月、東劇で映画化されたシネマ歌舞伎「大江戸りびんぐでっと」を観た。鬼才工藤官九郎という演出家の舞台を一度観たかった。シネマで我慢。このあと久しぶりに晴海通りを歩き、案内状を貰った銀座の小さな画廊で堀文子の近作展を鑑賞。多田富雄が読売新聞に連載した「落葉隻語」の挿絵原画が並べられていた。このエッセイは切り抜いておくべきだったと今になって思う。映画は「半次郎」も観た。主人公が西郷隆盛の腹心桐野利秋とわかる人は少ないだろうと思う。西南戦争の大将だ。小田原映画祭で五十嵐匠監督の話を聞かなければ知らなかった。三好徹の小説「青雲を行く」を思い出し古書店で見つけ買い求めた。ただ、これが映画の原作かどうかわからない。

歌舞伎は国立劇場で近松門左衛門作「国姓爺合戦」を観た。坂田藤十郎と市川団十郎の競演とあって見逃せない。花道の下の至近距離で団十郎の気迫の演技を観賞。この日、息子の海老蔵が六本木で大怪我をしていたとは知る由もなく、帰宅後ニュースを見てびっくり。団十郎の心中を察し役者は大変だと思った。観劇の前に国立近代美術館で「麻生三郎展」を鑑賞。年内最後の展覧会めぐりとなるかもしれない。この画家の絵を見ているとジワッとした感動を覚える。長谷川利行の作品が特別展示されていた。TVの「何でも鑑定団」に出た作品が修復され展示。自分が予想した価格がぴったりだった絵だ。美術史上貴重なものなので美術館が買い上げたと説明書きがあった。

また、大井町で一龍斎春水の新作講談「金子みすず」を聴いた。声優から講談師に転出したと言うだけあってメリハリの効いた話術と芸に感心した。現在、講談師は半数以上女性だと聞いてびっくり。

 燈火親しい頃なのに相変わらずあまり読書せず、日々の生活様式を反省している。

私の月記帳10月

小田原映画祭で「アダン」を観た。5年前、公開を楽しみにしていたが東京の一部の映画館でしか上映されず観られなかった映画。今は故人となったこの映画のプロデューサーが、小田原に縁があって今回取り上げられたという。奄美に死んだ不遇の画家田中一村を榎本孝明が熱演。また、かもめ名画座では「仔鹿物語」を鑑賞。TVが白黒だったころの放映を微かに記憶している。詩情豊なアメリカの自然を画面で堪能した。劇場では今秋は時代劇の上映が続き嬉しい。「十三人の刺客」は肩が凝らない時代劇。権力者の世襲がもたらす弊害と悲劇を描き、北朝鮮の現状を思った。あの国に13人の刺客がいつ現れるのか。「桜田門外の変」も力作だった。映画って本当にいいものだと満足した。

有楽町のアイヌフェスティバルで本田優子札幌大教授の講演を聴き、さらにアイヌの音楽と舞踊を観る。川崎市市民ミュージアムにも出掛け「アイヌ・美を求める心展」も観た。次回の北海道旅行では日高や白老町を訪ね、アイヌ民族の歴史を知ろうと思っている。池澤夏樹の小説「静かな大地」をかつて読んで以来の夢である。

東海道五十三次では草津に向かう途中の家並みに、京風町屋のべんがら格子が見られるようになって京都が近いことを実感。来月は三条大橋だ。帰路、川合さんと途中下車して近江八幡の新町通りを歩き、八幡掘界隈を散策。

今年の紅葉狩りは鬼怒川に行った。ホテル三日月に泊まり、東武ワールドスクウエアに行く。何回行っても楽しいところだ。ここではスカイツリーはすでに完成していた。いろは坂の紅葉は日光の手前のイマイチだった。

芸術の秋である。国立新美術館での「ゴッホ展」では初めて観る作品が数点あり、満足。平塚の「堀文子展」も良かった。彼女は10年前死んだわが母と同年大正7年生まれ。後日、近作展の案内葉書が銀座の画廊から送られてきた。93歳になっても旺盛な創作活動の成果を是非観たい。

尊徳記念館で尊徳祭記念行事新井恵美子氏の講演を聴く。話術は相変わらず明快。また、昨年訪れた町田の小島資料館館長小島政孝氏の講演を大井町で聴いたが、曽祖父が多摩で近藤勇らと理念流を修めたとのことで新撰組等の史実研究の裏話は興味深かった。今日は創立65年になるアマチュア劇団こゆるぎ座の「おさらばでござります」を鑑賞。大政奉還のとき、勤皇か佐幕かに揺れる小田原藩の苦悩を取り上げた劇の再演で、前回も観ているが17年前のことで内容の記憶がなく、新鮮だった。ただ、座付き作家後藤翔如氏が先年亡くなってから今後のこの劇団の存続を危惧されてならない。(克)

私の月記帳9月


 今月は誕生月である。3日で67歳になった。せめてあと10年、つまり喜寿まで何とか健康でいたいと思った。その数日後、夜中に小用に起きたら足元がふらつく。10年前にも経験している血圧の急上昇だ。脳卒中の前兆である。朝、計ったら196になっていた。薬と安静により正常に戻ったが本当に怖い。健康のありがたさを痛切に感じた。それと年齢による体力の衰えは隠せない。五十三次の鈴鹿峠では、道が分岐していて数名が急峻な旧道に挑戦。仲間に加わったものの、いきなり険しい階段で息切れがした。これが断続的に続き、脱落せぬよう必死だった。帰りに杉山氏の案内で国宝・彦根城と玄宮園を見学。同行者が少なく心のこりだった。

 もうひとつの五十三次は茅ヶ崎から国府津、そして箱根湯本までと2回歩いた。

 芸術の秋に相応しく「明日フォーラム」の例会でゲストの白井英治先生のバイオリンを聴く。音楽的素養はゼロの自分だが、演奏は素晴らしいと思った。しかし市民会館会議室での音響は最悪。小田原は非文化都市だとつくづく思う。

 かねてから念願のちひろ美術館に出掛けた。晴天の安曇野の空気を満喫し、野麦峠にも寄った。お助け小屋前、政井ミネの石像を見て山本薩夫監督「あゝ野麦峠」の大竹しのぶ、地井武男の好演を思い出した。諏訪大社秋宮隣接のホテルに投宿。朝、神社を参拝し周辺の中山道を散策した。この街道も将来ぜひ歩きたい。

 話題のB-1グランプリに厚木シロコロホルモンを食べに行ったが売り切れで残念。厚木市の人口の2倍の人出に仰天した。

 29日、将棋の王座戦第三局大盤解説を聞きに鶴巻温泉「陣屋」に行く。会場の大広間は満員だった。終局の時間がわからず、途中で帰宅。翌日の新聞で羽生の19連覇を知る。イチローも白鵬も羽生も元気だ。 あやかりたい。(克)