エッセイの「恩返し」③の続きです
恩返し① 女医の進路 産婦人科の場合 | 三兄弟国公立医学部受験現役合格日記 シンママ産婦人科医の手抜き子育て (ameblo.jp)
恩返し② 女医の進路 産婦人科の場合 | 三兄弟国公立医学部受験現役合格日記 シンママ産婦人科医の手抜き子育て (ameblo.jp)
恩返し③ 女医の進路 産婦人科の場合 | 三兄弟国公立医学部受験現役合格日記 シンママ産婦人科医の手抜き子育て (ameblo.jp)
高校生の頃、私は生理痛がひどく通学に支障をきたすほどだった。
住んでいた田舎町に女性の産婦人科医など、一人もいなかったのだと思う。
母は私を連れて行った病院で、中年の男性医師にむかって
「どうか、診察はしないでください」
と何度も懇願していた。
ひとごとのようにそれを聞いていたのを、不思議な感情とともに思い出す。
医学部に入ってからも、若い女の子や様々な事情を抱えた女性が、婦人科の受診をためらう姿を目の当たりにして、自然と今の道を選んだ。
だから私にとって、産婦人科の女医が増えるということは、とても喜ばしいことだ。
しかし、女性は妊娠もするし産休もとる。
子どもが小さいうちはフルに働くのはかなり厳しい。
その穴を埋めるのは同僚の男性医師や、後輩の未婚の女医ということになってしまう。
もちろんそれだけのせいではないが、人手が極端に足りないなか過酷な勤務を余儀なくされ、心を病んだり病気になって現場を離れた男性医師を何人か知っている。
私が勤めるクリニックには、生理痛に悩む若い子が毎日のようにやってくる。
昨日も十四歳の中学生が制服姿で訪れた。
痛みのせいで陸上部の練習を休みがちで、もし来年の高校受験にぶつかってはと気が気でないという。
「私も若いころひどかったんです」
と苦笑いする母親の横で、少女は椅子に浅く腰を掛け、少しだけ斜めを向いたままふわふわ目を泳がせている。
「そう、そんなに痛いんじゃ大変だよね。大丈夫、いきなり診察したりしないから」
私がそう言うと、こちらをちらっと見て小さくうなずいた。
「陸上は何をやってるの?」
「修学旅行はどこに行くの?」
など、軽く雑談しながら診療を進め、鎮痛剤の使い方、ピルの飲み方を丁寧に説明する。
母娘ともにすっきりした表情になって帰っていく姿を見るたびに、婦人科医になって良かったなと思う。
長男を産んで一年もたたずに年子の次男を妊娠し、その報告をした時のこと。
「また妊娠してしまってすみません」
と謝る私に、当時私の上司で産婦人科の科長だった先生はこう言った。
「本来なら祝福すべきことなのに、あなたにそんなことを言わせてしまうなんて、こちらこそごめんなさいね」と。
一回り以上先輩のその女性は、産婦人科医として活躍しながら二人のお子さんをしっかり育て上げていて、今でも私の最も尊敬するドクターである。
私が妊娠出産し、また乳幼児を抱えながらもなんとか仕事を続けられたのは、その先生の気遣いと優しさのおかげと言える。
数年後どうしても仕事が続けられずに病院を退職するとき
「こんなにお世話になっておきながら、何のお返しもできずに辞めることになって」
と涙ぐむ私に先生は
「私に返すことはないのよ。子育てが落ち着いて、あなたに余裕ができたら下の世代に返せばいいのだから」
と言って笑ってくれた。
子育てはとうに落ち着いていて、あの時の先生の年齢を私はすでに超えている。
エッセイ「恩返し⑤ 最終版」につづきます