当面では最後のチョ・ソンギュ監督作品になりますが…「長い一日」と同じ仕掛け・構成を持ちながら、さらに馥郁とした香りを漂わせる3話から成る秀作オムニバス…「母との散歩」

 

<「長い一日」と同様、エンドクレジットを見ると”母(オンマ)”という役名を持つ俳優が3人(内男優が1人)、”息子(アドゥル)”という役名を持つ俳優も3人(内女優が1人)、というとんでもない俳優陣なので、役名に俳優名を付記することをご理解下さい…【ep.1 母子猫】カンヌン(江陵)の高級ペンション。オーナーである”母(ユン・イェヒ)”は部屋の掃除に忙しい。有名女優(キム・ヘナ)がカンヌン在住監督新作への出演交渉のため宿泊に来るのだ。”母”は二日酔いで寝ている”息子(イ・ソンジョン)”を叩き起こし手伝うよう命じる。そのうち女優が到着するが家族同様の愛猫”ラパ”を連れている。一旦部屋に落ち着いた女優は”ラパ”を部屋に残し、監督の所へ打ち合わせに出かける。ところが”ラパ”がいることを知らない”息子”が女優の部屋へ湯張りに入ろうとした所”ラパ”がドアの隙間から逃げ出してしまう。ペンションの評判を守りたい”母””息子”は必死で猫を捜し、何としても女優を出演させたい監督は女優に知られないよう時間稼ぎに汗を流すのだが…【ep.2 笑わせてみろ】国語教師の”母(イ・ジュシル)”とお笑い芸人の”息子(イ・サンフン)”はカンヌンを訪れ、5万₩札に描かれた著名な画家シンサイムダン(申師任堂)とその息子の儒教家で5千₩札に描かれるイ・イ(李珥)という著名な”母息子”の生家を記念するオジュコン(烏竹軒)などを仲良く訪れている。しかし気づくと”息子”一人きりだ。”母”は最近亡くなり、”母”を偲んでの”息子”の一人旅なのだ。そして人気のお笑い芸人である”息子”は行く先々で見知らぬ人々からギャグを求められるのだが…【ep.3 死ぬ前に】一人の二枚目(キム・ダヒョン)がペンションのカフェに現れ一人珈琲を飲む青年に「私が”母”ですが…」と声をかける。あっけに取られる青年だが、近くにいた美しい女性(チョン・ヨンジュ)が「私が”息子”です」と割って入る。二人は男女逆転したSNSのid”母””息子”を自称する初対面で、一緒に死ぬ場所を求めこのペンションにやってきたのだ。そして二人は残された時間をカンヌンで潰すことになるのだが…

 

【ep.1 母子猫】ペンションの女主人である”母”に、傑作「アトリエの春」など印象深い名脇役ユン・イェヒ、その”息子”に、ボーイズグループ<Infinite>のメンバーだという二枚目イ・ソンジョン、有名女優に、昔から大ファンの美形キム・ヘナ【ep.2 笑わせてみろ】国語教師の亡き”母”に、最近では「女高怪談6」など巧いおばさん女優イ・ジュシル、お笑い芸人の”息子”に、実際数々の賞や冠番組を持つらしいお笑い芸人イ・サンフン【ep.3 死ぬ前に】idが”母”という二枚目に、凝った大河スリラー「殺人の川」では主演を務めた正統派二枚目キム・ダヒョン、idが”息子”という美女に、監督作ではお馴染み美形チョン・ヨンジュ。

 

「長い一日」は主に”男女”をテーマにしたオムニバスでしたが、本作は同じような仕組み・構成でもって”母息子”をテーマにしていてpart.2と呼んでも不思議ではないように思えます。【ep.1 母子猫】は猫の失踪を題材にした母息子の軽喜劇【ep.2 笑わせてみろ】は亡き母を偲ぶ旅で笑いを求められる息子の苦悩【ep.3 死ぬ前に】は死を選ぼうとする”母””息子”二人がお互いの理由を貶し合うことで…みたいなブラック喜劇、といった感じに仕上がっていて、特に二人旅(回想)と一人旅(現在)のカットバックが実に巧い【ep.2】、死の選択という極めて重い課題を実に辛辣かつ意地悪な会話で再構成する【ep.3】は優れて文芸的だと思います。さらに同じペンションや別のもう一組の母息子が各話に登場することでエピソード間が微妙に繋がるという仕掛けや、時には監督お得意の幻想的マルチバース的表現などもあって、チョ・ソンギュ監督作品の中でもらしい映画的な仕上がりを見せているでしょう。相当に好感です。

 

「長い一日」が好き、或いは、小洒落た小品が好き、といった観客には受ける可能性もあるので、試してみる価値はあるかもしれません。取り敢えずこれで謎のアマゾン・プライム(正確にはチャンネルK)チョ・ソンギュ監督特集は網羅しましたが、まだ小品が残っているので、機会があれば試してみたい、と思ったりしています。とにかく、映画的なスケール感はゼロに等しいですし糞映画もありながら、”この監督は本当に映画好き”と思わせる好監督なんだろう、という印象はそんな間違いではないかもしれません。

 

ちなみに、ペンションとして使われた(思い起こすと「長い一日」でも使われてました)のは”Is One”というカンヌンで有名なプール・ヴィラ、食事場面での蟹の”ヤンピョン(楊平)食堂”やステーキの”Luwell"なども実在する名店のようです。

 

忘れられないのでちょっとだけネタバレねたを…【ep.3】で”母(オンマ)”というidを使う二枚目が出てきますが、理由を聞かれた時の答え…彼を振ってカナダに帰ってしまったカナダ人恋人は”エマ(Emma)”という名前だったのでSNSにidを登録する際に復讐の意味で彼女の名前にしようとした所、スペルを間違えて”オンマ(母:Omma)”と誤入力したそうです。ここは腹を抱えて笑ってしまいました…