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美しい映画の感想を書くのは、実に心地よいものです…公式統計を見る限り大コケの本国成績や下衆な邦題にも負けず、本当に美しい、「アトリエの春、昼下がりの裸婦 (原題: <夏の終わりに訪れた>春)」(<여름 끝에 찾아온> 봄)。

草原の野道を、一人の女が歩く…1969年、日本海に面する慶尚北道ポハン(浦項)郊外。大きな邸宅では、家政婦のキョンサン(慶山)宅(ブログ注:慶山から来た奥さん、くらいの意味)が洗濯物を干しながら、旦那様に薬を持っていくように若い家政婦ヒャンスクに命じるが、ヒャンスクは、どうせ飲まないんだから、と不服そうだ。その時、杖をついた主人キム・ジュングが出てくる。チュングは、家の前に駐めた臙脂色のポルシェ365に乗り込み、エンジンを噴かすが、発進はさせない。全身に麻痺が進行しつつあるのだ。村では、チュングの妻チョンスクが、教会の慈善活動として村民に米を配給している。チュング、チョンスク夫婦はこの辺りの元大地主なのだ。配給の列では、再度並ぶ女がいて、教会係員に注意される。チョンスクは、その赤子を背負った若く美しい母親を見て、二度目の米を与え、日曜礼拝に来るよう言う。チョンスクが帰宅すると、夫チュングは力なくTVを見ている。TVでは、ベトナムからの帰還兵を歓迎するニュースが流れている。チョンスクは、昼間見かけた美しい母親のことを伝え、創作を再開するよう言うが、コップもちゃんと持てないチュングは首を横に振る。チュングは、ソウルで一世を風靡した塑像家で、病のため故郷に戻って来たのだ。小汚い食堂の裏で、あの母親ミンギョンが食器を洗っている。そんなミンギョンを、チョンスクが訪ねて来る。夫チュングのモデルになって欲しいと頼みにきたのだ。今の給料の十倍、ひと月で五千ウォン払うと言う。しかし、チュングの展覧会パンフレットを見て、ミンギョンは驚く。全て、女性ヌードの塑像なのだ。ミンギョンは断る。諦めないチョンスクは夫にも、一度ミンギョンに会って欲しい、と頼むが、チュングは首を縦に振らない。翌日、ミンギョンが乳飲み子と幼い娘を連れて、チョンスクを訪ねて来る。苦しい生活のため考え直したのだ。チョンスクは、五千ウォンを渡し、風呂でミンギョンを丹念に洗う。ミンギョンは、家政婦に案内され、湖畔の別荘に連れていかれる。そこは、「金俊救(キム・ジュング)造形研究所」と呼ばれるチュングのアトリエだ。ミンギョンがアトリエで待っていると、チュングが現れる。ミンギョンを見たチュングは、しばらく考え、ミンギョンに服を脱ぐよう命じ、様々なポーズをとらせる。ミンギョンの家。夫がミンギョンの報酬五千ウォンを見つける。博打と酒に溺れる夫は、その金を無理やり取り上げ、出かけてしまう。ミンギョンに何かを感じたチュングは、久しぶりに木炭を手にするが、震えて思うように描けない。チョンスクは、ミンギョンの腋毛を剃り、再びアトリエに送り出す。アトリエでは、チュングが白い紙に幾筋もの直線を必死で描いており、床には折れた木炭が散らばる。チュングはミンギョンに、明日出直して来るよう命じる。こうして、塑像家、妻、モデルの三人による渾身の創作が始まるのだ…

病に苦しむ塑像家キム・ジュング(金俊救)に、アラフォーになり貫祿を増すパク・ヨンウ、チュングの妻チョンスクに、伝説ドラマ『パリの恋人』以来ずっとファンでこちらもアラフォーとなりますます美しいキム・ソヒョン、貧しく美しい母親イ・ミンギョンに、「かくれんぼ」にちょい役出演はあるものの本作が本格デビューの超大型新人イ・ユヨン、家政婦キョンサン(慶山)宅に、映画は17年振りのユン・イェヒ。特別出演では、チュングの担当医ホン博士に、演劇一家のベテラン老優ナム・イル。友情出演では、いずれも監督前作「26年」の主演陣で、チョンスクを手伝う教会信者に、美しいハン・ヘジン、村の巡査に、演技派チング、博打打ちに、渋い二枚目ペ・スビン、若い家政婦ヒャンスクにちょっかいを出す村の若者に、"2AM"イム・スロン。

ジャック・リヴェット監督「美しき諍い女」を想像しながら見始めましたが、冒頭、草原の野道をゆったりと歩むキム・ソヒョンのショットを観て、はるかに好ましい作品になると予感します。確かに、塑像モデルとなるイ・ユヨンの裸体が満載ではありますが、映画の本質は、三人の主人公間の実に美的な関係性にあるでしょう。著名な塑像家、その妻、モデルの三人は、それぞれに、塑像家と妻の間の夫婦愛、塑像家とモデルの間の芸術愛、妻とモデルの間の擬似的姉妹愛、との形で、三つの関係性が驚くほど美しく撮られていきます。ここで驚くのは、この三人が1枚目のポスターのように一つのシーンに顔を揃えることがないのです。この三組の二人芝居が構成する劇空間は、実に鮮烈です。しかも、彼ら三人が純粋な心を持ちつつ、それぞれに暗い陰を抱える人物造形も圧倒的です。そして、唯一の悪意を象徴するモデルの粗暴な夫の登場が三人の関係性に影響を与えていく訳ですが、その夫すら、ベトナム戦争の傷痍兵という宿運を持ち、物語に切実で情緒的な奥行きを与えているでしょう。本作は、五つ星「26年」チョ・グニョン監督二作目ですが、「26年」がテンポの速い政治ドラマであったに比べ、その演出方法の余りの変化に最初は戸惑います。しかしながら、クロード・モネ「日傘の女」を思わせる美しい田園風景を歩む女性、というイメージの繰り返しが、三人の主人公の心象風景を鮮やかに描いていくのを観ると、動静を使い分ける手練の監督ではないかと思わせます。ミラノ国際映画祭の作品賞・女優賞などいくつかの西欧ローカル映画祭で高く評価されていますが、ホン・サンスやキム・ギドクのような海外絶賛・国内大コケ常連監督と似た資質を持っているのかもしれません。役者がまた素晴らしい。勿論、パク・ヨンウの今までにない深みのある演技は見事ですが、やっぱり、キム・ソヒョンと新人イ・ユヨンでしょう。キム・ソヒョンは、近過ぎると感じるクローズアップでも、たおやかに歩み行く遠景ショットでも、信じられないくらい美しく演じていますし、イ・ユヨンは、飽きるほど裸体を晒しますが、それより、黒木華を思わせる柔らかい表情演技が見事です。個人的には、『私の名前はキム・サムスン』以来久しぶりの家政婦役ユン・イェヒが、物語にリズミカルなアクセントを与えていて作品への貢献度が高いと思います。

物語は実にシンプルで、恐らく原稿用紙100枚くらいの美しい短編小説が原作だろうと想像したんですが、どうも制作者シン・ヤンジュンによるオリジナル脚本のようです。そのリリカルな脚本に、演出、演技が一体となって作り上げた、美し過ぎる叙情詩篇だと云えるでしょう。文句のつけようもなく五つ星です。裸さえ気にならなければ、既にDVDもリリースされてるので、軽い気持ちで試してみることができます。

余談。邦盤DVDでは、何度もイ・ユヨンの裸体に無粋なボカシがかかります。気になってオリジナルを確認しましたが、そんなボカシはありません。日本の配給社は、この映画をどのように理解し、こんな処置を施したのか…暗澹たる気分になります。