ちょっとここで扱うのに躊躇はあったものの、前回の「韓国女性映画 わたしたちの物語」でも扱われており、長年気になっていたので…夫が服役中の美しい人妻の危険な彷徨を官能的に描いて1982年最多の観客を集めエロメロ映画の元祖とも呼べるでしょう…「エマ(愛麻)夫人」

 

ソウル駅。美しい人妻エマが地方行きの列車に乗る。列車では若い青年ドンヨプが、窓の外をぼんやり眺めるエマの美貌に見惚れている。そんな車内でカウボーイ姿の少年が玩具の銃をもって乗客に”手を挙げろ”と言って回っている。乗客たちは手を挙げて少年の遊びに付き合っているが、ドンヨプは応じず、少年の頭を小突き泣かせてしまう。ドンヨプは少年を抱きかかえ、面白い話を聞かせてやるとなだめる。その姿を見てエマは自分の幼い娘ジヨンに絵本を読み聞かせたこと、そして浮気性で外泊がちの夫ヒョヌのことを思い浮かべる…夫婦喧嘩の末エマが家を飛び出し友人エリカの家に泊まったある日、ヒョヌは帰ってきたエマを、男がいるだろう、となじり、また夫婦喧嘩だ。今度はヒョヌが家を出て居酒屋で一人飲むことになるが、そこで他の酔客と口論になり殴った末に相手が死んでしまう。それでヒョヌは8年の実刑判決を受け、さらに悪いことに愛娘ジヨンは夫の裕福な実家に連れ去られてしまう…列車が駅に着き、エマはドンヨプと同じ方向のバスに乗り込む。行先は、夫ヒョヌが収監されている刑務所だ。エマは3年間欠かさず毎週面会に来ているのだ。ヒョヌは”新しい人生を始めれば良い。二度と会いに来るな”とエマを突き放す。収監されている友人に面会に来たドンヨプは落ち込むエマを喫茶店に誘う…これが危険な物語の始まりだ…

 

エマ夫人に、近年「しあわせまでの距離」「修羅の華」などで四半世紀ぶりに映画復帰した驚くほど現代的な美形アン・ソヨン、夫ヒョヌに、後に大河ドラマ『第5共和国』でキム・デジュン(金大中)を演じるイム・ドンジン、元カレのキム・ムノに、「最後の証人」主演など男くさいハ・ミョンジュン、若き陶芸家キム・ドンヨプに、『冬ソナ』チェ・ジウの亡き父親役で覚えている方も多いでしょう当時の売れっ子ハ・ジェヨン、金持ちの舅に、何といっても「森浦(サンポ)への道」主演が圧巻のキム・ジンギュの顔が見えます。

 

この作品との馴れ初めを少し…伝説の名ドラマ『パリの恋人』第12話でキム・ジョンウン演じるテヨンを含む映画館(CGV)スタッフたちが遊んでいた映画題名ビンゴに「ダイハード」「オールドボーイ」などと並んで登場して知ったのが初めてですが、『冬のソナタ』チェ・ジウ演じるユジンの亡父役で印象深いハ・ジェヨンの出演歴に見つけたり、その後12本も続編が作られ韓国映画史上最多の”フランチャイズ”作品であると知ったり、最近では、五つ星「オマージュ」でエマが半裸で馬を走らせるシーンが引用されてたりと折に触れて登場するので、意を決して観ることにした次第です。さらには、31万人超の観客を集め1982年韓国映画年間No.1という大ヒット作であり、主演アン・ソヨンはその年の第18回百想芸術大賞新人女優賞を獲ってるので韓国映画史的には避けて通れない作品でもあるでしょう。とはいえ、かつてのビデオ屋さんなら韓国エロスとして暖簾の先のアダルト・コーナーに並ぶ類なので、時はチョン・ドゥファン政権の真っただ中、後に3S(スポーツ、映画(スクリーン)、セックス)政策と揶揄される大衆文化迎合策の代表とも言われるわけです。物語は、浮気性の夫が服役し、主人公エマが、夫や元カレや純情青年との間、性衝動と純愛の間を彷徨うものですが、いかんせん、物語や人物造型の整合性のなさなど洗練されたものとはいえないでしょう。ただ、画面は相当に官能的で美しく、直接的な表現は少ないものの、きわどいカメラワークや象徴的に何度も現れる乗馬シーンが、世の中に相当の衝撃を与えたんだろうと想像されます。個人的には、ラストシーンが絶賛に値するレベルで、そのストップモーションの描く絵は、そこまでのとりとめのない物語を一気に昇華させる絶妙の切なさ・無力さを感じさせ、そこだけなら、五つ星でも良し、我慢して観た価値あり、といっても過言ではないと感じます。

 

長年語り継がれているのは、恐らく、この作品が韓国映画史の一つの驚くべき転換点だったことによるもので、作品自体の出来栄えによるものではないのは明らかだと思います。ちなみに、何故かYouTubeで全編観られますが(”애마부인 The Ae ma Woman (1982)”)、極めて官能的でありながらもYouTubeで公開可能な程度の描写だということでしょう(尚、不思議なことに最後まで収録してまた最初から始まるので全体2h47mもありますが作品の終わりは1h42mくらいの所です)。ただし一切字幕がありませんので、雰囲気だけでもいいなら、ですが…

 

楽曲について。上に書いた絶品のラストシーンに被って流れるのは、チュ・ジョンイ(주정이)1981年「やるせない愛(서글픈 사랑)」で、この選曲も見事だと思います。