千変万化の名優イ・ソンミンつながりで…脳腫瘍と認知症を抱えながら60年を経て復讐に残り少ない命を懸ける老人を描いて圧巻のサスペンス・アクション…「復讐の記憶」

 

深夜、赤いポルシェが蛇行しながら疾走する。運転する老人は霞む視界の中、薬を取り出そうとするが薬は車内に散乱し、車体は反対車線を突っ切り路肩に突っ込む。老人はよろよろと車を降り、持っていた鞄を覗くと、そこには”清原”と刻まれた古いリボルバー”26年式拳銃”が入っている。老人は呟く”俺は何故ここにいるんだ?”…ファミレス”TGI FRIDAYS”(ちなみに日本展開もしている実在のチェーン店です)の控室、”フレディ!” うとうとする老人ハン・ピルジュを起こす声がする。目を開けると、若いバイト仲間”ジェイソン”ことパク・インギュだ。ピルギュにサンタの衣装を着せ店に出ると、幼い男の子の誕生日だ。ピルギュが歌うと男の子や家族は大喜びだ。閉店後、ピルジュの携帯が鳴る。娘からで、老妻が息を引き取った、と言う。妻の葬儀ではかかりつけの医師ソ院長が近づいてきて、”計画を実行するのか?”と尋ねる。”もう待つ理由はない”ピルジュが答える。ソ院長は脳腫瘍と認知症に苦しむピルジュに黙って痛み止めを渡す。帰宅したピルジュが古い物置に向かうと、そこには復讐すべき相手の情報が壁一面に貼られている。ピルジュは、復讐の理由と決意をビデオに向かって語り、庭から関東軍の公式銃だった”26年式拳銃”を掘り出す。こうして60年の時を経て、ピルジュの復讐が動き出すのだ…

 

”フレディ”の愛称でファミレスで働く元ベトナム戦争の英雄80代ハン・ピルジュに、まだ50代前半のイ・ソンミン、同じ店の若いバイト仲間”ジェイスン”ことパク・インギュに、「ジョゼと虎と魚たち」の柔らかい演技が印象的な二枚目ナム・ジュヒョク、朝鮮戦争の英雄で元韓国陸軍元帥キム・チドクに、まさに80歳の超のつく名老優パク・クニョン、執拗に事件を追うソウル警察カン・ヨンシクに、今回はお笑いを封印するチョン・マンシク、キム・チドクの息子でテハン(大韓)工業社長キム・ムジンに、主演作あまたのユン・ジェムン、第一の標的ソンシン病院理事長チョン・ベクチンに、お馴染み名脇役ソン・ヨンチャン。特別出演では、ヤンジュ(揚州)の医師ソ院長に、こちらも今回は実に渋いキム・ホンパ。

 

既に日本で公開されたのでご覧になった方も多いでしょうが、認知症に苦しむ老人を主役とした復讐サスペンス、ということで何となく先送りしていたことを激しく後悔している圧巻の出来栄えだと思います。2015年クリストファー・プラマー主演「手紙は憶えている」を原作にしていて反ナチの主題を反”親日”に置き換えていますが、とにもかくにもサスペンス映画としての脚本力が飛びぬけているでしょう。標的を概ね5人と明らかにした上で、脳腫瘍と認知症に苦しむ80代の老人が次々と復讐を成し遂げていく物語の展開は凄まじいサスペンスをもたらし、気づくと必死で老人を応援している自分に気づくという仕掛けになっています。また冒頭の赤いポルシェ暴走シーンも良く効いていて、この場面がいつ来るのか、もずっしりとのしかかってくる感じです。役者では、「黒く濁る村」40歳で80歳を演じたチョ・ジェヨン、「ウンギョ」35歳で70歳を演じたパク・ヘイルを思い出させる50代イ・ソンミンの老人演技に震える思いを感じることが出来ますし、柔らかい二枚目ナム・ジュヒョクの真摯な青年像も見事でしょう。個人的には、本当に80歳なのか、と思わせる堂々たるパク・クニョンの存在感には、凄い、の一言だったりしますし、いつもはお笑いか小悪党のチョン・マンシクとキム・ホンパの渋い役回りも大好物だといえるでしょう。

 

原作がある、赤いポルシェは少しやり過ぎ、とかとか僅かな減点で五つ星は見送りますが、”老人”vs”老人”という独特の様式美を骨格にしながらも実に生々しい没入感を生み出し、名サスペンス・アクションに出会った、という感じです。

 

尚、日韓の歴史問題に踏み込む気はありませんが、一言だけ。劇中イ・ソンミンとパク・クニョンそれぞれの弁舌をクロスカットで描くシーンがあります。そこでは、”反日””親日”の論点が、或る意味冷静に対置されていて(そう感じただけかもしれません)、韓国映画には珍しいその冷徹さに驚いたことだけは付記しておきたいと思います。