しつこくも余りにも美しいのでハン・ジミン主演作を…日本の小説・映画を原作に、足にハンディを負った女性の夢と現実を行き来する愛の物語…「ジョゼと虎と魚たち」

 

「私は1987年、ブタペストで生まれたの…」ジョゼの話をヨンソクは静かに聞いている…坂道の途中に女が倒れ、傍らには電動車椅子が横転している。ヨンソクは駆け寄り女を助け起こす。車椅子は車輪が外れており動かず、ヨンソクはリヤカーを借り、女と車椅子を乗せ、女の言う家へ引いていく。廃品に溢れる家に着くと、「出歩くからだ」と老婆が嫌みを言うが、女は、礼に御飯を食べていけ、と言う。食べ終わってヨンソクはリヤカーを引いて帰っていく。数日後、大学近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいるヨンソクは、あの老婆が粗大ごみとして街角に捨てられた家具と格闘するのを見かける。ヨンソクは老婆に声をかけ、重い家具をあの家に運ばされることになる。家に着くと、またあの女に馳走になる。こうして、ジョゼとヨンソクの人生が交わったのだ…

 

ジョゼに、ハン・ジミン、大学生イ・ヨンソクに、「安市城」名演の二枚目ナム・ジュヒョク、ジョゼの祖母パク・タボクに、ベテラン老婆脇役ホ・ジン、ジョゼが息子と呼ぶチョンボンに、お馴染みチョ・ボンネ、ヨンソクを指導するチェ大学教授に、名脇役イ・ソンウク。

 

いうまでもありませんが、原作は、角川文庫電子版で30頁弱の田辺聖子の短編小説「ジョゼと虎と魚たち」と、犬童一心監督、池脇千鶴・妻夫木聡主演で2003年に映画化された同名作品です。珍しく原作を先に読んでいたのですが、日本版と同様、小説のエンディングにその後を付け加えた形になっています。ただそのエピローグは美しい出来となっていて、小説の中でも予感あるいは余韻として十分想像されるもので、決して浮いていない所が、恐らく、原作の力量の範囲内と感じられます。そのエピローグに現れるのが、日本版では高速電動車椅子、本作ではKIA RAYという軽トールワゴンなんですが、どちらも良い感じだったりします。ただ関西人としては、原作の、

 

「何ぬかすねん。夫に向って何ちゅうこというねん」「夫なんかとちゃう!」「ほな、何や」「管理人や! あんたは」

 

みたいな野卑な感じの関西弁での掛け合いから見ると、本作のハン・ジミンによるジョゼの物静かな人物造形は、内向していくのは同じだとしてもある種の冒険かもしれないと感じたりします。それにしてもスッピンかと思わせる素のハン・ジミンの魅力は圧倒的で彼女を見るだけで十二分の映画としての価値がある一方で、その分、周りを固める役者陣の層の薄さは否めないともいえるでしょう。

 

原作あるいは日本版のファンから見ると様々な意見が噴出するんだろう、と想像はされますが、映画美術やロケにより精緻に作り込まれた絵作りなど、これはこれで、田辺聖子の世界観の一つの映像化として評価できると思います。

 

備忘録。

・劇中バイト先で貰った”スパム(SPAM)”ですが、はじめは調理器具かと思ったんですが、米国ホーメル・フーズが販売するランチョンミートのことだそうで、最初ジョゼがひっくり返したアイロンの上で焼いていたアレです。

・”ジョゼ”という名前について、フランソワーズ・サガンの小説から取ったとありますが、三部作「一年ののち」「すばらしい雲」「失われた横顔」のヒロインの名前だそうです。また劇中登場する”ブラームスはお好き”も1959年のサガンの小説です。

・エンディングの美しいバラードは、またもハン・ジミンの声か…とも期待しましたが、”国民の妹”でもあり「ベイビー・ブローカー」名女優でもあるIU(아이유)の「子守歌(자장가)」。