UNEXTで大ファンIUの出演作を見つけたので…韓国版「ジョゼと虎と魚たち」のキム・ジョングァン監督が贈る”老い”と”死”をめぐる連作映像詩とでも呼ぶべき文芸佳編…「夜明けの詩」

 

<ミヨン> 地下ショッピングセンターの古びた喫茶店。若い女が通りに面したガラス窓にもたれかかりウトウトしている。ふと目を覚ますと向かいで知らない男が本を読んでいる。女は「誰?」と訊く。男は「女の人と待ち合わせをしている」と応える。「他にも席は空いている」と返すと、「ミヨンさんと待ち合わせだ」と男は答える。若い女ミヨンは、先輩から紹介された男性とのブラインドデートであることを思い出す。男はチャンソク、アメリカから7年ぶりに帰国した小説家だ。小説は架空の話でつまらない、というミヨンに、チャンソクは、五つ星ホテルとホームレスの話をするが、ミヨンは、やっぱりつまらない、と応える。やがてミヨンは、あなたに見覚えがある、と言い出す。「やっと気づいてくれた…」とチャンソクは少し安堵する…

 

7年ぶりにアメリカから帰国した小説家チャンソクに、「出国 造られた工作員」「キム・ソンダル」などの二枚目ヨン・ウジン、謎の女ミヨンに、「ベイビー・ブローカー」で演技力に感嘆したIUことイ・ジウン、チャンソクの母親には、「森浦(サンポ)への道」の伝説的女優ムン・スク、妻の病に苦しむソンハに、大ファンのキム・サンホ、不思議なバーテンダーのチュウンに、「声/姿なき犯罪者」など超売れっ子じゃない方のイ・ジュヨン(でも次作は主演作です)、出版社のチャンソク担当ユジンに、メジャーではないもののなかなかの存在感ユン・ヘリ。

 

文芸専門ミニシアターにかかるような映画なので、それなりに観客を選ぶでしょう。監督は「最悪の一日」IU主演「ペルソナ」のエピソード4<夜の散歩>「ジョゼと虎と魚たち」のキム・ジョングァンですが、これらの作品が好きならば、気に入る確率は相当高いと思います。物語は連作映像詩とでも呼ぶ形式で<ミヨン><ユジン><ソンハ><チュウン><チャンシク>と中心人物の名をとった五つのパートに分かれていますが、どれもかなり質の高い出来栄えだといえるでしょう。大上段に振りかぶった”テーマ”があるとはいいませんが、全体として”老い”と”死”の陰が色濃く漂っていて、ロマンスを期待して観ると激しく裏切られるので注意が必要です。役者たちも、切実でいて辛口な演技をしていて、個人的には、part1のIUは辛らつではあるもののかなり綺麗に撮られてますし、part3のキム・サンホは無邪気な笑顔で悲劇を語り、part4のイ・ジェウンが重苦しいながら魅力的なバーテンダーを演じて、かなり好感だったりします。

 

IU目当てだとPart1にしか出てこないのでがっかりしちゃうでしょうし、ロマンス色も殆どないのでそれなりの覚悟で挑む必要がありますが、会話に挟みこまれるホームレスやウサギの逸話とかキム・ジョングァン監督の語り口がじっくり染みわたりますし、何より、落ち着いていながらザワザワするような絵作りが美しいので、その手の作品が好みの観客には刺さる可能性はあるでしょう。

 

ちなみにPart2<ユジン>に音のするインドネシアの煙草が出てきますが、調べると、”ガラム”という煙草のことのようです。煙草を吸うとパチパチと音が鳴るんですが、パチパチの正体は“丁子(ちょうじ:クローブ)”という香辛料がはじける音だそうです。