まず断わらなければならないのは、本作が、インディーズなどの文化活動を支援する韓国「CJ文化財団」の”日本軍慰安婦被害者シナリオ企画案公募展”の2014年当選作であるということです。すなわち、劇中登場する昔の日本兵、今の日本政治家は鬼畜のように描かれており、政治的信条に関わらず日本人が観て愉快なものではないでしょう。ナ・ムニという女優の根っからのファンとして観ないわけにはいかなかったわけですが、そうでもない限り、以下の感想も不愉快と思われる方は少なくないでしょうから、そこん所はご注意ください。

 

独特の存在感が魅力キム・ソジンつながりで…何故か英語に執念を燃やす、嫌われ者クレーマー婆さんの残酷な過去と再生を笑いに包んで描く…「アイ キャン スピーク」

 

ソウル下町ミョンジン区(架空)の深夜。怪しい男がハンマーで建物の一部を壊しては硫酸を注ぎ込んでいる。この辺りを再開発しようとする土建会社が立ち退きを早めようとしているのだ。それを監視している姿がある。”トッケビハルメ(妖怪ばあさん)”として近所にも役所にも嫌われるクレーマー老婆ナ・オップンだ。ミョンジン区役所には、別の区から優秀なパク・ミンジェが転任してくるが、そこへあのオップンが再開発の告発に現れる。何十年も8千件を超える陳情書を出す婆さんに辟易している古株職員は、新入りミンジェに押し付ける。ミンジェは原則通り生真面目に対応する。一方オップンは何故か英語に執着し英語教室に通っているが、若い生徒のペースに合わず追い出されてしまう。そしてたまたまミンジェが英語に堪能なことを知り、個人指導を頼み込む。こうして、チグハグな師弟による英語レッスンが始まるのだが…

 

小さな洋裁店を営む”トッケビハルメ(妖怪ばあさん)”ことナ・オップンに、「ハーモニー」「熱血男児」「レッスル!」など出演すれば五つ星で80歳を超えてなお最も存在感のある女優として尊敬してやまないナ・ムニ、ミョンジン区に転任してきた9級公務員パク・ミンジェ主任に、「高地戦」「建築学概論」など五つ星常連の若手演技派イ・ジェフン、ミンジェの上司ヤンチーム長に、韓国最高のコメディアン、パク・チョルミン、スーパーを営むオクプンの友人チンジュテク(晋州宅)に、渋い怪女優ヨム・ヘラン、オクプンを敵視する市場の豚足屋ヘジョンに、素顔はキュートなイ・サンヒ、ミンジェの先輩ソン・アヨンに、どこかで見た美人だと思いきや「ビューティフル・ヴァンパイア」のヒロイン、チョン・ヨンジュ、元慰安婦を支援する医師クムジュに、キム・ソジン。特別出演では、オップンの幼馴染ムン・ジョンシムに、「ファイティン!」などのベテラン女優ソン・スク。友情出演では、ミョンジン区長に、『アイルランド』から応援するイ・デヨン。

 

<しつこいですが、元慰安婦問題は別次元の問題としてここでは触れません>純粋に映画として観る時、実に優れた映画だと思います。嫌われ者のクレーマー老婆、弟を一人で養う優秀で几帳面な公務員、二人を囲む下町の素朴で生臭い人々、再開発を目論む土建会社と区長、といった人物配置が魅力的ですし、老婆の英語への執着から次第に老婆たちの過去の悲劇、さらには海を越えて…という展開はシナリオ賞を取るだけの構成力を感じます。特に前半のコミカルな語り口は、哀しい過去と向き合う後半へと誘う巧い布石だと思います。とはいえやはりナ・ムニの演技に尽きるでしょう。初めて見たのは『愛の群像』『新貴公子』くらいだと思いますが、その下町江戸っ子然としつつ情にあふれる風情は今も健在です。今回も、嫌われ老婆役らしいあの速射砲のような早口での説教、罵り台詞は圧巻で、それだけでもこの映画を観る価値があるというものです。また、若いのに驚くほどの演技派イ・ジェフンもナ・ムニの相手役として一歩も引かない風格を感じさせ納得の存在感です。

 

勿論、中盤から終盤は老婆たちの過去の悲劇にまつわる展開が中心となりますが、ラスト、再びナ・ムニの貫禄ある雄姿が見られるという実にきちんとした映画時空間を構成していると思います。恐らく、元慰安婦問題が絡んでいなければ、五つ星にするか迷ったと思います。元慰安婦問題という様々な見方があり得るテーマが主題ですのでそういう話題に敏感な方は絶対に避けるべき作品だと思いますが、そんなに多くはないと想像されるナ・ムニの熱烈なファンならば見逃すのは惜しい作品だといえるでしょう。

 

楽曲について。イ・ジェフンの”釜山の繁華街ソミョン(西面)”と”立てば(ソミョン)”をかけた駄洒落にヨム・ヘランが呆れるのは、イ・ムンセ(이문세)1988年「街路樹の木陰の下に立てば(가로수 그늘 아래 서면)」、続いてナ・ムニが”生姜(センガン:생강)”と”思い(センガク:생각(後ろに나다が続くので発音はセンガン)”をかけた駄洒落で今度はイ・ジェフンが呆れるのは、ウニ(은희)1971年「花の指輪をつけて(꽂반지 끼고)」で、エンディングでは、ナ・ムニ自身が唱歌のように静かに歌っています。