2025年11月19日に訪れました標記工場見学の報告blog、後編をお届け致します。なお、醤油の歴史やメカニズム、またこちらの工場で実際に醤油が製造されていく様子につきまして、会社から頂きました資料をスキャンさせて頂きましたものを前回のblogに貼り付けさせて頂いております。そちらの方が皆様の御参考になると思われますので、今回の後編は読み飛ばして頂きましても大勢に何ら影響はございませんニヤニヤパッシング(通過)は大歓迎爆  笑お時間を大切にしましょうニヤニヤということで、詳しい醸造過程を掲載した前編がこちら👇

(醤油は)「和食は、灯す(ともす)」

(醤油は)「和食は、愛でる(まなでる」)

(醤油は)「和食は、紡ぐ(つむぐ)」

と、三連のポスターに勝手に注釈を付けちゃいましたニヤニヤさて、コース途中から眺めることが出来ました貯留タンクをカメラ

そしてこちらは醤油の容器のラインナップニコニコ年代別、国別と様々なラベルが貼られたボトルが並びますが、ただ一つ、昔も今も変わらないのが亀甲の形に「萬」を描いたマークですウインク「キッコーマン」の製品は、今では世界100カ国以上で流通しているとのことびっくりまた「キッコーマン」の濃い口醬油は世界中どこに行っても同じ味ウインクですので、例えば異国に赴任しようとも、自宅の食卓には“ニッポンの味”が揃いますチューまた世界中に販路が拡大されていることからもわかるように、醤油は“和の食材”に限らず、様々な食材や味にマッチするため海外でも各地域の料理に使われており、こうして世界中の食卓を潤わせています照れですので醤油は日本発祥の調味料でありながら、醤油を意味する“soy sauce”という英単語が定着するほど、醤油は世界中の多くの方に知られる存在になっているのでした照れ

こちらが本日訪れました「キッコーマン野田工場」の全景。本社機能は、この工場とは少し離れた千葉県道17号線、通称「流山街道」に面した場所にありますウインク

約50分近くに及びました工場見学が終了ですニコニコお疲れさまでした&有難うございましたウインク

そして工場見学に参加した方には、「キッコーマン株式会社」から一人一人にこちらの見学記念のプレゼントを頂きましたチュー

さて、工場見学の楽しみの一つは見学ブース内にありますメーカー直販のお土産処ウインク今回、御進物用とわが家用のものを購入させて頂きましたニコニコ

御進物用(と、わが家用も爆笑)に選びましたのが「御用蔵」ビックリマーク普通のスーパーでは販売されていない高級品ですウインク

 

「御用蔵」、こだわりの製法はこちら👇

この製品の特長としては国産原料と伝統製法がもらたす力強い香りとコクがそれウインク厳選された国産原料をこちらの杉桶👇

を用いて、じっくり熟成させたこだわりの火入れ醤油ニコニコ濃厚な仕込みで旨みと甘味をじっくり引き出し、力強い香りとコク、しっかりとした塩味(えんみ)が特徴で、マグロの赤身のような主張の強い素材との相性も抜群なのだそうです照れこちらが売店に揃えられていました「御用蔵」クラッカー合格宮内庁御用達のこちらの醤油が皇室の皆さま方の食卓に届けられていねのですねニコニコ

「キッコーマン株式会社」は“みんなと地球の健康のために”ある会社なのでした合格クラッカーチュー

こちらは「受付」ブース近くにあります“映え”スポットウインク「しぼりたて生しょうゆ」の立体顔はめパネルもあります爆  笑見学開始前には時間がなくてゆっくり撮影出来ませんでしたので、工場見学を終えた後にゆっくりとカメラ爆笑

そしてお買い物を終えた後では、当工場製造の軽食などを頂きましょうウインク併設されています“わくわくしょうゆ体験”「まめカフェ」では「しょうゆソフトクリーム」(コーンorカップ)、「豆乳しょうゆソフトクリーム」(コーンorカップ)、「ミックスソフトクリーム」(コーンorカップ)の6種類が味わえますニコニコ

chu一行が頂きましたのは「しょうゆソフトクリーム」のハーフサイズをカップにてウインク醤油の中にミルクのクリーミィな香りが漂う、美味でした照れ

工場見学とお買い物、そしてソフトクリームを食べ終えましたchu一行は「もの知りしょうゆ館」を後にして、実際に使われていました「御用蔵」を見学用にリニューアルしました建物を訪問します。ここは「もの知りしょうゆ館」とは別の建物ですが、「キッコーマン野田工場」の敷地内のため、工場見学を申し込まれた方しか見学をすることは出来ません。また残念ながら工場直売の売店や喫茶コーナーも同様です。工場見学の申し込みが難しいことを考えますと、ここを訪れることのハードルも高いです滝汗しかし、再現されたものとはいえ、赤い橋と蔵の景色は重厚感が漂いますよねウインク

この御用蔵は正式には「御用醤油醸造所」と呼ばれており、通称を御用蔵と呼ぶのだそうです。「皇起2600」年(1939年「昭和14年」)の記念事業として完成したそうでして、元々の場所はこことは異なり江戸川沿いに建てられていたそうです。その御用蔵建造の目的は宮内省(現・宮内庁)に収める専用の醤油醸造所とすることと、伝統的な醤油醸造技術と設備を保存することにあったそうです。その後、最初に建てられた御用蔵は老朽化が進んだため、醤油を仕込む木桶、屋根の小屋組み、石垣や門など、再利用が可能なものを「キッコーマン野田工場」の敷地内に移設したのだそうです。

こちらの写真が1939年(昭和14年)に建てられました御用蔵の建物。まるで城郭ですねびっくりそして江戸時代の「亀甲萬」は天保9年(1838年)に幕府から江戸城本丸及び西の丸への納入を許される「幕府御両丸御用」となっていたことから、その流れを受け継ぐ形で明治41年(1908年)には「宮内省御用達」となったそうですニコニコ

御用蔵の内部です。これらは何れもレプリカですが、ホンモノの木桶もこのような形なのだとかウインク

「キッコーマン野田工場」は“伝えたい千葉の産業技術100選”にも選ばれており、また「御用醤油醸造所(御用蔵)」は千葉文化資産にも選ばれていますウインク

江戸幕府の時代には幕府に、そして明治期になってからは皇室に愛用される宮内省御用達に…歴史と伝統がある「御用蔵醤油」を工場の直売所で求めることが出来、嬉しいです照れなお、「キッコーマン」のオフィシャルWebサイトから、通販で買い求めることも出来ますウインク(但し普通のスーパー等では流通していません。希少品です)

御用蔵の見学も終え「キッコーマンもの知りしょうゆ館」を後にします。雲一つない快晴の中、“亀甲の中に描かれた「萬」”のマークが朝、見た時よりもより輝いて見えましたウインクさて、時間はまだ早い爆笑この後は、どうしようかなっとウインク

今回のテーマは「社会科見学」ウインクわが千葉県には日本を代表する醤油醸造の会社が3つ(今回お邪魔しましたのがキッコーマン。あとの二つはヤマサ醤油とヒゲタ醤油で、いずれも千葉県銚子市に所在しています)あるのですが、その中でも最大のもの、いわば“日本一の醤油醸造会社”と言えば誰もが直ぐに思い浮かべるのが「キッコーマン株式会社」ニコニコ今回は、行こう行こうと思いつつも中々予約が取れなかった同社の工場を見学させて頂きました様子をお伝えし、工場見学時に頂きました資料などを基に、醤油の製造工程などを御説明させて頂きますニコニコなお“日本一”としましたのは醤油の国内生産シェアにおきまして同社が28.2%を占めていることから。またキッコーマンは「kikkoman」の商標等により海外での知名度も高く、醤油の代名詞とされているからでもありますウインク

「キッコーマン」の工場見学は👆のサイトから申し込みます。キッコーマンのしょうゆ工場の中にある「キッコーマンもの知りしょうゆ館」は、日本を代表する調味料“しょうゆ”のすべてがわかる見学施設。「しょうゆができるまで」を見学しながら、もろみ熟成の様子やしょうゆの色・香りを体験できます。「しょうゆの歴史」や「しょうゆの知識」などの展示で、“しょうゆ”について楽しく学びましょう。と記されておりまして、また工場見学については“当日の受付は不可、前日までに”と書かれているのですが、どうしてどうして、前日の申し込みではとても無理絶望実際は2カ月先の日程を申し込む必要があります。実際、現在では2026

年1月日程の申し込みを受け付けている段階で、見学月の上旬と下旬の日程に分けて申込日をずらしているのですが、申込日当日の電話が中々繋がらない上に、やっと繋がったと思ったら、希望日は既に満杯満ということが殆どですあせるあせるあせるそもそも1カ月先の平日の予定など、他の所要とを勘案していたのでは中々決められませんから、「工場見学日」を最優先にして御自身のスケジュールを立てなけばなりません。今回、chu一行が参加させて頂きましたのは2025年11月19日だったのですが、実際に申し込みをしたのは10月の申し込み初日のこと。念願かなっての見学だったのです照れ

なお「キッコーマン」では国内3か所の醤油醸造工場と、2か所のワインマイナリーが工場見学の対象となっているのですが、今回、chu一行が向かいましたのは「キッコーマン」の本社にして“醤油の町”として知られている千葉県野田市にあります「キッコーマンもの知りしょうゆ館」でありますウインク

工場見学は、30分毎スタートの、1日に10回くらいのコースがあるのですが、chuが予約した時(やっと電話がつながった時)は、この日の9時スタートしか空いていませんでしたあせるあせるあせる予約申し込みの初日にして、自分の見学希望日時をお伝え出来る状態ではなく、空いている日時を告げられて、“そこでお願いします”の一択しかありませんでした爆笑なのでフルタイムで働かれている方には、キッコーマンの工場見学会への参加はかなりハードルが高いと言えそうですニヤニヤ

 

そして11月19日の朝、は平日ですから通勤時間帯にもろ当たります。万一、渋滞に遭遇し開始時間に遅れたりしたら、もうその場でアウト(>_<)次にいつ見学できるのかも分からない上に、欠員となってしまうことで見学枠を取って下さいました「キッコーマン」さんにも迷惑が掛かりますので何としても遅刻は出来ません。chuの自宅の千葉県松戸市から、「もの知りしょうゆ館」がある野田市までは、通常であれば40分程度で到着出来ますが、朝の通勤時間帯ですので渋滞も予測して、通常の倍以上の90分を見込み、それでも少し心配と、7時に自宅を出発する念の入れよう爆笑お陰様で集合時間(8時50分)に遅れることもなく、余裕で間に合いましたウインク

ど~んと聳える貯蔵タンク なお、駐車場は見学会申し込みの時点で申告することで無料で利用させて頂けるのですが、混雑時には満車になることもあるとのだとかびっくりなのでその際には近隣のコインパーキングをご案内いたしますとの事でしたニコニコ

貯蔵タンクを拡大してみましょう。その大きさにビックリですねびっくり

そしてこちらが「キッコーマン株式会社」のシンボルマークウインク皆さんも御覧になっているものですニコニコで、この六角形の形をしたマークは亀甲の形を表したもの。その亀甲の中に「萬」の字を入れて「キッコーマン」の商標として親しまれていますねウインク

なお同社では、海外進出も重要な会社戦略の一環としており、現在ではローマ字入りのものが使用されているそうですウインク

さて、8時50分になりましたので、「キッコーマンものし知りしゅょうゆ館」に入りましょう走る人走る人走る人

エントランスから受付に至るまでの通路両側の壁には、醤油についての基本的なことが書かれていましたニコニコ

こちらは醤油容器の“今昔物語”爆  笑左側のものはご家庭で使用されているものですが、右側の物は木製の樽。「14樽」と言うものでひと樽に18リットル入っているそうです。昭和45年まで実際に使用されていたそうですが、昭和48年とは1970年ですからもう半世紀以上も前の事ですよニヤニヤあと、“キッコーマン むらさきの里”とありますが、“むらさき”とは醤油のことですねウインク

 👉醤油が「むらさき」と呼ばれるのは、主にその色合いが高貴な色である紫色に近かったことや、醤油が貴重品であったことに由来します。特に寿司屋では隠語として使われています(AIによる回答です)

黒色で固められたこの「萬」の飾りからは…神々しささえ感じてしまいました照れ

こちらが受付 手続きをした後はロビーをウロウロとウインク  “しぼりたて生しょうゆ”のデカいサイズの飾り物がありましたので記念にカメラ

9時になりましたのでコンダクターさんの先導で部屋に入ります。こちらで約15分間の映像視聴により、醤油が出来るまでの行程の説明などを受けますニコニコ

そしてここからは、実際の製造工程の見学や説明を通じて、醤油が出来るまでの流れを学びますニコニコまず最初の写真から、これが醤油の原材料。「大豆」と「小麦」と「塩」。ところでわが千葉県では、国内醤油生産量の35%を占めるほどの“醤油県”なのですが、その理由はと言うと、醤油の原材料である上記3品目は、当時は身近な場所から手に入れることが出来たことと、大消費地である江戸まで、舟運を使い運び込むことが出来たことから。そのため千葉での醤油造りは江戸時代から栄えており、その流れが令和の現在になっても続いているのだそうですニコニコ(なお現在では、大豆と小麦はアメリカ産、カナダ産が使われているそうです)

そして完成ビックリマークいよいよ出荷され、皆様の食卓へと運ばれます照れ

なお、見学コースの途中には写真撮影が禁じられている箇所もありましたので、ガイドの方の説明をよく聞くと共に、注意事項も聞き漏らさないようにしましょうウインクこちらは醤油を溜めておく仕込みタンク。野田工場にある一番大きなもので、360リットルの醤油を溜めておけるのだそうですニコニコ

こちらは「塩」を除く原材料が混ぜられ、醤油の麹を発酵させている場所。なおここでの写真撮影は禁止されていましたので、この写真はchuが撮影したものではなく、ホームページに掲載されていたものを転載させて頂きましたニコニコ

移動する度に、通路の両サイドには説明書きが沢山あります。また、その内容はchuの拙いblogでは説明しきれない滝汗ですので後ほど、工場見学に際して頂きました資料を添付させて頂きますねウインクそちらの資料はとても詳しいのでchuのblog部分はすっ飛ばして頂いても大丈夫ですよ爆  笑

こちらのコーナーは醤油の歴史ウインク野田で醤油造りが始まったのは室町時代の「永禄年間」で1558年がその起源。今から約470年前には、既にこの世に「醤油」が誕生していたのでしたウインク(説明パネルの設置場所と実際の見学コースとは、blogの構成の都合上、異なりますのでご了承ください)

それではお待たせ致しましたビックリマークこちらが今回の工場見学に際しまして、コンダクターさんから参加者全員に配付されました資料です。“しょうゆが出来るまで”のポイントがchuの説明とは異なりニヤニヤ正確に記載されていますので爆  笑どうぞこちらを御覧下さいウインク

キッコーマンのしょうゆづくり、と題してキッコーマンの歴史が綴られています。「キッコーマン」中興の祖である茂木家により今から350年前に、この野田で本格的な醤油造りが始まったのでしたウインク

醬油の製造工程が詳細に描かれていますニコニコ

醤油の原材料は「大豆」と「小麦」と「塩」照れ

大豆と小麦とを混ぜ合わせ、麹菌を発酵させますニコニコ

もろみ(諸味)の発酵と熟成=仕込みの工程に進みました。仕込みタンクに諸味を寝かせ、しっかりと熟成させますニコニコ

そしていよいよ仕上げへウインク発酵から熟成を経た諸味から醤油を絞り出す作業が仕上げの工程。昔は絞り出しには木綿の袋を使用していましたが現在はナイロン製の布を使用しているそうで、実際にその布を触らせて頂きましたニコニコそして諸味から絞った醤油を「なま醤油」と呼びます。なお醤油を造る工程の中でも特に重視されているのが“一麹(いちこうじ)、二櫂(にかい)、三火入れ(さんひいれ)”という言葉で言い表せるのだそうでして、一麹とは原料処理、麹造りの重要さを、二櫂は、諸味管理の難しさ、三火入れは製品全体の仕上げの大切さを説いた言葉なのだそうですニコニコ

そしていよいよ皆さまの食卓の元へと運ばれていくことになるのですウインク

今回の工場見学では、撮影した写真の枚数も多いことに加え、“醤油づくりの実態”を正確にお伝えしたかったことから、前後編の2回に分けて、お届けさせていくことになるのですが、“工場見学の肝”の部分は、資料として頂きました冊子をスキャンして読み込ませたものを貼り付けました後段の部分ですウインクスマホで御覧頂いている方には、スキャンしました資料写真の画面上を、2回連続でタップしていただくと拡大することが可能です。とても貴重な資料でもありますので、醤油造りにつきまして、詳しく知りたい方におかれましては、この方法にてお読み頂ければ醤油への御理解が一層、お進みになるものと思われますウインク後編に続きますニコニコ

いやはや、先週(2025年11月14日)の“晩秋の武蔵野散策”にて「恩賜井の頭公園」を散策し、紅葉が始まったなぁ、見頃はこの3連休中かなぁ…なんて思っていたところ、ふとchuの地元の千葉県松戸市に有ります「戸定が丘歴史公園」門前を通過したところ、なんと大イチョウの黄葉が見頃ポーンびっくりチューこれ、例年より一週間以上も早いですあせるあせるあせる慌ててカメラを取り出してカメラ実は先週は別のイベントにも参加しており、その様子をblogに綴ろうかと思っていたところの矢先、やはり“旬の季節もの”を優先すべしひらめき電球との“天の声”も聞こえてきたことから、しばし紅葉と黄葉ものが先行するかも知れませんニヤニヤでは、行ってみましょうビックリマーク2025年11月22日、千葉県松戸市が誇る松戸随一の観光スポット「戸定が丘歴史公園」の大イチョウの黄葉です合格クラッカー

「戸定が丘歴史公園」(月曜休園)内にあります、歴史公園内のメインとなる構造物である戸定邸は、最後の水戸藩主でありました徳川昭武公が、明治になりこの地に居を構え晩年を過ごした私邸です。昭武公の私邸である戸定邸は、建物そのものが建てられたのは明治期ではありましたが、江戸時代の大名屋敷の姿形がそのまま残されている貴重な建物。そのため国の重要文化財にも指定されています。昭武公の子孫は、その後家督を分けた後、「松戸徳川家」となったのですが、昭和40年代には昭武公から受け継いだ邸宅と敷地を松戸市に寄贈して下さいました。それ以前には、この場所は「松戸徳川家」の敷地でありましたから、敷地の内側を知る由もなく、ただ立派なお屋敷が存在していた事のみを記憶しているchu少年爆笑当時、母親に“ここには何があるの??”との素朴な質問に“ここは徳川様のお屋敷だから、普通の人は入れないのよ”と諭されていたことを今も思い出しますウインクしかしその後、その邸宅と庭園の寄贈を受けた松戸市では整備を行った後、「戸定が丘歴史公園」として広く市民に一般開放するようになったのでした。ですので「戸定邸」が国の重要文化財の指定を受けたのは2006年(平成18年)と、比較的最近の事なのですウインクこちらは「戸定邸」の由来などが彫りこまれています。

そしてこの場所は、「戸定邸」と、そのお屋敷の庭以外にも起伏に富んだ周辺の庭園が一体となった「戸定が丘歴史公園」として市民に親しまれており、早春には紅白の梅、春には桜、秋には紅葉と黄葉などが入り混じる、二つの季節を彩る花が咲き競う素晴らしいスポットなのです照れ(梅雨時には紫陽花が開花すること、また初冬には梅の蕾も膨らみ始まるので季節の移ろいを感じることが出来るのですが、真夏は何もありませんニヤニヤ)またこの場所は「日本の歴史公園100選」にも選ばれていますウインク

それでは、本日の「戸定が丘歴史公園」の紅葉と黄葉、主に黄葉がメインです。紅葉の方はあと一週間後くらい後かと思いますが、大イチョウの黄葉を是非とも御覧頂き下さいウインク

そしてこれらのイチョウは、公園入口にある茅葺門(山門)に覆いかぶさるかのように聳える大イチョウです。例年よりも確実に一週間以上は早く濃い黄色に染まりましたビックリマーク今年は猛暑の影響もあり、“紅葉は遅い”若しくは“色焼けしてしまっているので綺麗ぢゃない”など、2025年の紅葉に対してはあまり期待が持てないかのような観測が多く見られたのですが、どうしてどうして、各地でも“今年の紅葉は特に美しい”と言った声も聞こえてきていますびっくりchuも負けじと各地の紅葉めぐりに馳せ参じる予定ですウインクそれでは今度は庭園内の紅葉を御覧頂きましょう。前述しましたとおり、モミジの紅葉はまだこれからといったところかウインクあと一週間してからが見頃を迎えると思います照れ

こちらは「戸定邸」の庭園の敷地外から邸宅を望むの図。ひと月のうち、何度かはお庭に降り立つことが出来る

ので、紅葉が綺麗なときであればそれもありかなウインク(別途、戸定邸への入園券が必要です。なお「戸定が丘歴史公園」は無料です)

こちらは庭園の西南端に近い場所にあります東屋。またこの場所は北総台地の最西端に位置しており、眼下はスパッと切れ込んだ斜面になっています。ですので視界を遮る構造物はすぐ滝汗目の前にはなく、その分眺望が効きますニコニコ(視界の少し先にはニッポン一の山の観賞を邪魔する建物がありますプンプン)

で、真正面には秀麗富士が…今日はコンデジしか持参していなかったので、望遠もこれが精いっぱい滝汗しかし、返す返すも、あのタワマンがぢゃまですパンチ!プンプンあのタワマンの所在地は松戸駅の一つお隣のJR常磐線・金町駅前に建っています。抗議したいところですが、あの場所は東京メトロポリタン葛飾区ですので、千葉県民にはなんとも抗じがたいのですショボーン

東屋の真下、スパッと切れ込んだ斜面の下にはJR常磐線の5本の線路(快速線、緩行線、松戸車両センターに入線する単線)が通っています。この時はちょうど、上り方面の常磐快速線が走行中でした。

うほ~ビックリマークこれなど、紅葉と黄葉が織りなす見事なコンラストチュー

公園最深部にあたる、千葉大学松戸キャンパス(園芸学部が置かれていますが、この学部は国公立すべての大学を含め、国内唯一の学部です(^^)v)と接したところに、またもや大イチョウビックリマーク見事に黄葉していますウインク

東から上る朝日を取り込んで、その逆光線を利用しての撮影ですニコニコ

このあたりは、2月初旬には紅白の梅が咲き始めるエリア照れしかし見事なまでのグラデーションカラーラブ秋も捨てたもなぢゃ、ありませんチュー

「戸定が丘歴史公園」を後にします。最後にもう一度、茅葺門にかぶさる大イチョウをカメラまた来年バイバイバイバイバイバイ宜しくお願い致しますウインク

ところ変わって、こちらは相模台(さがみだい。千葉県の地名ですが神奈川県の相武台(そうぶだい)とよく間違えられます)の高台にあります「松戸中央公園」。この中央公園は色々な施設の変遷があり、その昔、と言ってもそれほど昔ではないのですが、太平洋戦争中にはここには陸軍の工兵学校が開設されていました。松戸は東京にも近いことから特に陸軍の施設が多く存在しており、「軍都」としての歴史があります。特に松戸駅の東側周辺には戦争当時に使用されていた倉庫などが点在するなど、“戦争遺産”を目にすることが多々あります。さて、この大イチョウはそのような戦争をも経験していたのでしょうか。その樹齢から見ると80年以上に達していることは明らかですから、戦前からこの場所に鎮座し、相模台の町を見続けてくれていたのでしょう。そして、戦前より前にこの地にありましたのが「松戸競馬場」びっくりただし、相模台の台地の下にはすぐに松戸の市街地が広がっていたことからこの場所を開墾して敷地を広げることが出来ず、しかし当時のままの規模では本格的な競馬場としてのコースを造ることが困難となり、「松戸競馬場」は同じ千葉県内の、比較的近くの場所に移転することとなりました。そうです、それが現在のJRA「中山競馬場」なのでありましたウインク

また相模台の歴史でが、もっと古くだとここは古戦場。戦国時代の天文七年(1538年)10月、現在の神奈川県小田原市を地盤としていた北条氏と、千葉県の一豪族でありました里見氏とがここで激突ビックリマーク「国府台の戦い」と言われている大激戦地の一つにもなった場所ですニコニコ

しかしその時からこの大イチョウが存在していたのかどうか…ですがにさすがに樹齢500年は数えてはいませんから、北条軍と里見軍とが戦闘を繰り広げていたころには、この大イチョウはなかったことでしょうウインク

こちらは「陸軍工兵学校」の歩哨が詰めていたコンクリート製の建物。戦争遺産として価値のあるものだと思うのですが、松戸市や、それ以外でも文化財保護団体からは何の手当てもされてはおらず、chuの小学校時代には、“ドロじゅん”のかくれ場所としてなどの恰好な遊び場の一つでありました爆  笑

こちらが「陸軍工兵学校」の正門。そこそこ歴史的価値は高いと思われるのですが、レンガ制の柱には“駐輪禁止”のポスターが無造作に貼られていましたニヤリわが故郷、松戸市ですが“、「更級日記」にも書き記されたことで、当時からこの集落のことは都人(京都の貴族など)にも知られていたはずですし、また江戸時代には水戸街道宿場町として栄えたほか、歴代の徳川将軍はお狩場として訪れたり、また松戸市北部の小金では、小金牧と言って、将軍家を始め幕府が使う馬を飼育するなど、1000年の昔からその歴史を有している歴史と伝統ある町なのです。しかし残念ながらそうした歴史遺産は何一つと言っていいほど残ってはおらず(戸定邸を除きます)、行政としては歴史の伝承と保護には何ら力を入れて来ていませんでした絶望これは、戦後復興期の1950年代から60年代にかけて、東京のベットタウンとして急速に市内全域の開発が進んだことで、歴史の保護や伝承が置き去りにされた結果に他なりません。しかし都心へのアクセスの良さをアピールし、“東京に最も近い千葉県”を謳いながらも、今では都市としての魅力は後発の柏市や流山市のはるか後塵を拝する垢抜けない街に成り下がっていますゲローですが、「戸定が丘歴史公園」や相模台の紅葉や黄葉、これだけは他市に自慢できる数少ない松戸の財産だとchuは考えます照れ

こちらは千葉地方法務合同庁舎。千葉地方検察庁と千葉地方法務局の松戸支部が入ります。

そしてこちらは千葉地方裁判所松戸支部。法務省や裁判所の支部があることからもわかる通り、松戸市は千葉県の東葛飾エリアでは拠点の都市なのですが、残念ながら町の勢いはまるでありません叫びドクロ

こちらは、色付きつつある相模台の様子。右手に見えている建物は「松戸市立相模台小学校」。女性宇宙飛行士の山崎直子さんは同校の卒業生。そしてchuもですから、山崎さんはchuの後輩と言うことになるのですが、同小学校を卒業後の二人の生きざまは180度異なる展開になっています爆  笑

そしてこちらは2025年11月22日 14時頃の街路の様子。京成松戸線常盤平駅南口から、南に向かい真っすぐに延びる「けやき通り」の紅葉は今が見頃ウインクしかしこの景色も例年よりは10日以上も早いですねキョロキョロ例年であればこの様子は12月に入ってからですから。1本目の動画は常盤平駅の駅前から子和清水交差点まで。

2本目の動画は子和清水交差点から牧の原エリアを走ります。牧の原地区は、松戸市内でも屈指の高級住宅街で、そこには環境に配慮した低層階のハイグレードなマンションも並びます。chuの友人であるS山君もそのような住人のお一人ですウインク

 

 

2025年11月14日、久しぶりに上京訪れました東京都武蔵野市内の様子を3回シリーズにてお届けしていますニコニコ前回は人気の街・吉祥寺駅周辺の商店街を中心に散策しました👇

そして晩秋の武蔵野散策、最終回の今回は「恩賜 井の頭公園」を散策するパーク編をお届け致しますウインクしかし、今回chuが「井の頭公園」を訪れました本当の目的は、とあるドラマの舞台になっていたから。この公園は、chuにとりましてはまさに聖地チュークラッカー合格chuの青春のいちページを飾る、とても思いで深い場所でもあるのです照れ詳細は、blogの後段にてウインク

こちらは吉祥寺駅から一番近い公園出入り口。懐かしいですウインクそしてこちらが公園の中核を成す井の頭池を横断する七井橋。吉祥寺駅南口から公園に直結する“公園通り”の正式名称が「七井橋通り」であることは前回blogに記しましたが、その通りの名称は、この橋(七井橋)から来ていますニコニコ

七井橋の上から井の頭池を見渡します。こちらは東側の様子。

びっくり、少しですが紅葉が始まっていますニコニコこの日は11月14日、そこから一週間が経過しましたのでこの3連休(11月22~24日)あたりの色付は一層進んでいる事でしょうウインクなんとか紅葉の見頃までにblogのアップが間に合て良かったです照れ

こちらは七井橋から西側を眺めた景色。正面には「メゾン井の頭」照れ12階建てのこのマンションの竣工は1970年ですから既に55年を経過していますが御覧の通り、健在ですウインクてか、もう50年以上も経過したこの構図ですから、公園の景色として定着しており、今では井の頭公園の背景にはなくてはならないシンボル!?になっています爆笑しかし築50年が経過したマンションですが、なんと一億円に迫る売値が付けられていますからビックリですポーン

七井橋を渡り、井の頭池の南側を目指しますニコニコ

こちら、「井の頭公園」のマップなのですが!?なんかいつもイメージしている公園の全体図と違うぞキョロキョロそうなんですよ、👇は「北」が下になっていますゲロー“地図は「北」が上”なのは大原則なのですがねえーてか、公園内に地図を掲示するに際して、なぜ、このような地図を掲げるのか、その意図がわかりませんプンプン

正しい地図はこちらです👇 なんでわざわざ天地を逆さまにしているのか、分かりませんよ真顔

こちらは「自然文化園」と「ボート乗り場」。特にボートの方は土曜休日であればボート待ちのため長蛇の列が出来るのですが、この日は平日と言うこともあり空いていましたウインク

そして、この日は少し早いものの井の頭池の紅葉と黄葉はそこそこ綺麗でした。ではご一緒に散歩して参りましょう走る人走る人走る人

そして井の頭池の東端まで来まして、この場所はこちら👇また「北」が下側に来ている“天地逆転”の地図ですよ絶望

ところで井の頭池は実は神田川の水源でもありますびっくり途中で善福寺川や妙正寺川と合流し、墨田区の両国橋脇で隅田川に注がれる神田川の総延長は24.6㎞とそこそこ長い。「駅からハイキング」で24㎞を歩かされてはかないませんニヤニヤ「箱根駅伝」の最長区間よりも1㎞くらい長い距離。箱根路を走るランナーであれば1時間10分ちょいで走り抜けてしまう距離ですが、もしchuがここを歩いたとしたら…そうだなぁ、途中休憩を挟んだとして300分くらいかなキョロキョロま、6時間近くはかかるでしょうねニヤリ歩きませんけど爆笑なお神田川は東京都内における中小河川としては最大の規模ウインクまた東京23区内を流れる河川の多くは一定の区間は暗渠化されていることが殆どなのですが、都心を流れているにも拘わらず全区間に渡り開渠であることは極めて稀な河川でもあります。また、今、70歳以上の方には直ぐにひらめき電球びっくりと来られる方も多いのでは!?そうです、フォークグループ「かぐや姫」を一躍、スターダムに押し上げました超ヒット曲「神田川」は、この神田川が題材となっているのでしたウインク

神田川は、ここからスタートするのですウインク

そして神田川と言えば、こちらの構図が有名ですよねウインク撮影ポイントはお茶水橋から。JR中央線、総武線の分岐駅である御茶ノ水駅の北側を流れている河川が神田川です。正面は聖橋です(写真はお借りしました)

こちらは聖橋から秋葉原方面を望みます。御茶ノ水駅にて中央快速線と東京メトロ丸の内線とが、神田川上で交差する様子をカメラchuの作品ですウインク

神田川の御紹介を終えたところで、飲み会のスタート時間までまだ一時間くらいありましたので、一旦、池の南側を辿り七井橋に戻りますニコニコ

それでは今度は井の頭池の北側を歩いてみましょう走る人走る人走る人イチョウの黄葉が見事ですチュー

15時を過ぎたころ。西に日が沈みつつある時間帯。逆光線と紅葉とのコラボですが、これがまた美しい照れ

しかし一週間前(2025年11月14日)でこの状態ですから、明日からの3連休は紅葉狩りとしてベストなのではウインク

そして今回の“晩秋の武蔵野散策”最終盤がこちら👇 京王電鉄の「井の頭公園駅」ですウインクここは吉祥寺から渋谷方面に向かってのひとつ目の駅。普通(各駅停車)しか停まらない、京王井の頭線の沿線の中ではローカルな駅ですが…

blogの冒頭でチラリと触れましたが、今回、chuが井の頭公園を訪れてみたかった理由をお伝えいたしますウインク今から40年以上昔のことになるのですが、その昔、再放送で何回も観ました日本テレビが放映していた「俺たちの旅」は、chuにとりまして、まさに青春のバイブルチュー(本放送は1975年ですから50年も前のことびっくりしかしその頃はchuはまだ中学生でしたからリアルタイムには見ていなかったニヤニヤてか、家にTVは一台しかありませんでしたから、チャンネル権はchu少年にはなくて爆笑)なので、高校生になってから、平日夕方の再放送でこのドラマを見て、カースケとグズ六、オメダの生きざまを見て、その生き方に憧れ、そしてドラマそのものに共感し、魅せられたのでしたチューそして来年1月9日には「五十目の俺たちの旅」が公開されますビックリマーク主演の津村浩介(カースケ)を演じた中村雅俊さんがメガホンを取る映画が公開されるのですが、映画公開を記念して、当時の「俺たちの旅」を振り返ってもらおうと、現在、BS日テレでは月~金曜の正午から1時間、毎日、再放送をしていますニコニコそして同ドラマの設定では井の頭公園が頻繁に登場していた他、この「井の頭公園駅」がドラマの中では大切な人との出逢いや別れのSceneに何度も登場しており、「俺たちの旅」を語る上でこの駅は絶対に外せない駅なのでもあります照れ今回、学生時代の友人たちとの16時から会合(呑み会生ビール日本酒リキュール赤ワイン)に、5時間近くも先駆けて武蔵野入りし、武蔵境の「珍々亭」で「油そば」を食べ、吉祥寺のアーケードを彷徨い、そして井の頭公園を散策し、最後の最後に「井の頭公園駅」を訪れましたのはchuの青春のいちページを辿る旅でもあったのですチュークラッカー合格

映画公開に向けて、三鷹市ではこんな告知をして下さっています👇キラキラキラキラキラキラ

元祖、「俺たちの旅」はこちらから👇(最近、Wikipediaのリンクが貼れなくなりましたので、不調の場合は削除します)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%BA%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E6%97%85

 

今回、chuが歩きました井の頭公園はこちら👇(ちゃんと「北」が上になっていますウインク)この日は公園の東半分を歩いただけで終わりました。オレンジ色で囲んだ部分です。ポチッと記した赤い丸が、吉祥寺駅南口から公園通り(七井橋通り)を通り、最短で公園にアクセス出来るルートですウインク

そして最後は、滅多に乗ることのない京王電鉄ニコニコ全路線図はこちら👇

千葉県民のchuにとりましては今回のような機会でもなければ京王電鉄に乗車することはありません。折角ですので電車に乗りましょうウインクもっとも「俺たちの旅」劇中では、コースケたちが井の頭線に乗車するsceneはあまりなく、ドラマでは実際に電車には乗るよりも、「井の頭公園駅」にて出逢いと別れが、見事なまでの感動Sceneとして描かれていましたことを今でも鮮明に思い出すのですチューキラキラ合格クラッカードラマの中でグズ六のお母さんが水戸に帰る時に、3人揃って頭を下げ、お母さんが乗った電車をずうっと見送る、そしてお母さんも電車の中から3人をずうっと見届けるsceneの演出などは、もう“芸術の域”に達していると思う程でしたチュー

懐かしい、懐かしすぎます笑い泣き

そして新春公開(2026年1月9日)の「五十年目の俺たちの旅」、皆様も宜しかったら、是非ウインク

実は2015年に、加入しているCS放送で放映されました「俺たちの旅」ビックリマークワタクシは全てを録画し、DVDにダビングしてあります“門外不出”の宝物となっていますクラッカー合格

 

ちょうど一週間前の武蔵野散策を、chuとしては驚異的な速さでアップし終えましたチュー明日からの3連休は「井の頭公園」の紅葉と黄葉の見頃を迎える頃です。お天気もまずまず晴れの予報です。足を運ばれてみては如何ですかウインク

 

2025年11月14日、久しぶりに上京訪れました東京都武蔵野市内の様子を3回シリーズにてお届けしていますニコニコ前回は「油そば」発祥の店、武蔵境にあります「珍々亭」さんで食しました「油そば」のグルメリポートラーメン直接のお店への訪問は3年半ぶりでしたウインク

「珍々亭」さんから武蔵境駅に戻る時には駅北口から200mに渡って続いている「すきっぷ通り」を歩きました走る人走る人走る人飲食店が連なるこの商店街、ドキドキワクワクなのですが、今は「油そば」を食べた直後ですのでどのお店にも立ち寄れません(^^ゞで、中央快速線に乗車し2駅ほど東京方面に移動すると…なお摩訶不思議なことに武蔵野市の表玄関でもあり、また人気スポットが密集する街の顔でもありながら、吉祥寺駅には中央快速線の「特別快速」(以下、特快と記します)は停車しません。これは一つ西隣の三鷹駅に特別快速が停車することで、“優等列車が二駅続けて停車していては速達性を保てない”とする国鉄時代からの運用です。しかし特快が停車する三鷹駅と吉祥寺駅とでは1日当たりの乗降客数は雲泥の差があるのですが、何故、その三鷹駅に特快が停車するのかと言うと、三鷹駅の構造にその理由を求められます。それは同駅が地上駅のため駅の拡幅がしやすかったこと。これは中央線の複々線化がなされた際に、JR総武線、東京メトロ東西線と相互直通運転をしている中央緩行線の始発・終点駅のホーム(1面2線)と中央快速線の2面4線のホームが拡幅して設置されました。三鷹駅のホームはこのように3面6線の構造になっているのですが、このうち2面4線を使用している中央快速線ホームでは中央本線を走る特急「あずさ」と「かいじ」が三鷹駅を通過する際には待避線として使用されている他、特快を停車させることで中央快速線との乗り継ぎ(追い越し)が可能となるから。しかし中央快速と緩行線の2面4線しかない吉祥寺駅の構造は高架構造。そして既に駅周辺には大規模な商店街が形成されているため、今から駅の拡張工事は出来ないためにやむなく特快を通過させているのが実情です。さらに一番大きな理由は三鷹駅には電車区が併設されているため乗務員交代が可能になること等が加味されています。しかしJRの見解ではchuの見立てと少々異なるようで“大商業地・吉祥寺に特快を停車させると中央緩行線や中央快速線の利用者は皆、特快を利用するようになり、特快とそれ以外(快速&緩行線)の列車との混雑度の均等を保てないから”というものえーもちろん、その理由にも一理あることは認めますが、本質は違うよね、というのがchuの推察ですニヤリ(JR側の“弁解”は経済のクオリティ誌でもある「東洋経済」に掲載されていました)

東京都の西部を代表する人気スポットビックリマーク吉祥寺(きちじょうじ)ウインク前編で御紹介しました武蔵境駅周辺も含め、今回chuが散策してる場所は東京都武蔵野市なのですが、この武蔵野市は“住んでみたい街”では常に上位にランクインしている人気の自治体で、武蔵野市の表玄関がJR中央線の吉祥寺駅なのですウインク

そして吉祥寺は東京都西部を代表する人気の街と御案内しましたが、駅の北口には最先端のファッションを先取りするショップや昔ながらのアーケードの商店街、行列必至の飲食店、しかしその中にはとってもディープな路地も混在するなど目が離せません。また中央線の高架線の南側(南口)にはファッションビルや個性的なショップ、ついつい店内に引き込まれてしまいたくなるような飲食店が並び、その奥には「恩賜 井の頭公園」が広がるなど、この町の魅力を短めの文章で言い表すことはとても難しいチューその吉祥寺の最新の情報を伝えてくれているようなサイトはあるかなぁ…キョロキョロと探してみたところ、こちらのホームページに辿り着きました👇

こちらのサイトの特徴としては同ホームページ内には“通称、吉ファン。ロゴはこの吉ファンを英語標記「Kichifan」としており、「K」は「吉祥寺を愛する全ての人へ」という意味を込めて、「吉祥寺」のイニシャル「K」とハートマークをかけ合わせています。吉祥寺のローカルなグルメ情報、イベント情報、誰も知らないような歴史の話など、とにかく吉祥寺に関する情報は吉祥寺ファンページにお任せを!”と記されており、2011年に開設されて以降、月間では100万PVを達成されており、実際に歩いて得た「吉祥寺」のローカルな情報が盛り込まれているのだそうですウインクでは早速、街歩きをして参りましょうニコニコと言うことで、今回のカテゴリーは“街歩き”になります(今までこうしたblogのカテゴリーは殆どが“お出かけ”だったのですが、今年の夏くらいからでしょうか、少し細分化させて頂きましたところ、“お出かけ”はざっくりと数が減ってしまいました爆笑)

 

まずは「サンロード商店街」から。吉祥寺駅北口ロータリーから五日市街道までの間、250mのアーケード型商店街です。お洒落な吉祥寺の商店街にあって、どちらかというと“普通使い”のお店が軒を連ねていますウインク

平日の昼下がりですが、御覧のように相当の人出がありましたニコニコさすが、人気の街スポット吉祥寺ビックリマークchuの地元の松戸駅界隈の商店街は、先月の「松戸まつり」等のイベントでもない限り、土曜休日でも閑古鳥が鳴いていますよニヤリグラサンショボーン

そしてこちらは「ダイヤ街」こちらのアーケードには人気の行列店などが軒を連ねています。吉祥寺の商店街では、アーケード毎のホームページもありますウインク

こちらは「サンロード商店街」と「ダイヤ街」に挟まれた“ファッション区画”ウインクアーケードはありませんので降雨時には傘が必要ですが、晴天のこの日は御覧のような混雑ぶりですあせるあせるあせる

そして、お洒落なファッションショップが立ち並ぶ中でも、突然、このような青果店もあったりします(笑)

人気の中華そば「青葉」の吉祥寺店もありましたウインク

こちらは「コピス吉祥寺」ニコニコ

元々、ここには「伊勢丹吉祥寺店」があったのですが、2014年3月に閉店泣38年間の幕を下ろしましたショボーン「コピス吉祥寺」は「伊勢丹吉祥寺店」の建物をそのまま居抜きで使用しています。なお新宿に本店を構える伝統ある百貨店「伊勢丹」は、その後、百貨店最大手でありました「三越」と経営統合し現在では「三越伊勢丹」となりましたが、百貨店業界では独立した専門店との競合が激化したことなどから収益低下を招き、店舗の撤退が進みました。実はchuの地元の松戸にも「伊勢丹松戸店」があったのですが、2018年に閉店えーんそれを機に、わが故郷、松戸市の表玄関である松戸駅周辺は急速に廃れたと思いますゲロー翻って、同じく「伊勢丹」が撤退した吉祥寺ですが、今なおこうして元気な街が続いていることを、わが松戸市は学ばなければなりませんねニヤリ(あと伊勢丹松戸店の撤退は、売り上げ減=人の流入減が先であるため、松戸が廃れたことを伊勢丹撤退の理由にしてはいけないのですニヤリ)

こちらは「ロフト」。ですがchuが学生時代に吉祥寺の街を闊歩していた時のこの建物は「緑屋」。“月賦制”の百貨店でしたが今はなくなってしまいましたねぇ口笛その後、西武セゾングループの「クレディセゾン」に吸収合併された後、今では「ロフト」店舗になっていました。いえね、chuが学生時代に月賦百貨店でお買い物をしたことはないのですが(てか、せいぜいバイトの収入しかない学生に、月賦と言う与信を認める筈はありません爆笑)、この建物の最上階にありましたのが「インディペンデントハウス」というディスコ。卒業後には故郷の石川県にUターン就職してしまいました同じT内ゼミのH見君とはよく通ったなぁ照れ何せフリードリンク、フリーフード(と言っても、ソフトドリンク以外にあるのはめちゃくちゃ薄いサワー類と、フライドポテトだけでしたが爆  笑)確か、1500円くらいだったと記憶しています。前回blogのグルメ編では“バイトで稼いだ内の500円札を握りしめて月一で「珍々亭」さんに通った”と書きましたが、当時のchuとしては、「インディペンデントハウス」に通うことに重きを置いていましたよニヤニヤネットで検索してみましたが、「インディペンデントハウス」、略して“インディ”と称していましたが、ヒットするものは殆どなく、リンクできるものはありませんでした。chuの青春の思い出として胸にしまい込んでおくことにします照れ

こちらは「東急百貨店吉祥寺店」。chuが吉祥寺を闊歩していた当時では、この「東急百貨店吉祥寺店」の他には前出の「コピス吉祥寺」に代替わりしました「伊勢丹吉祥寺店」と、“東京進出の旗艦店”と位置付けられていました「近鉄百貨店東京店」があったのですが、現在では近鉄百貨店は吉祥寺からは撤退し、その建物はヨドバシカメラが吉祥寺店として居抜きで使用しています。その中で当時から2025年の現在に至るまで営業を続けられているのはこちらの「東急百貨店吉祥寺店」合格クラッカー「三越」や「伊勢丹」「高島屋」の後塵を拝する後発の私鉄系の百貨店組でありながらも、若者の街でもある渋谷に本店を置く「東急百貨店」の就職先としての学生からの人気はそれなりに高く、chuの友人の何人かは同社に入社していました。そして「東急百貨店」を就職先に希望したことに関しては、慣れ親しんでいる吉祥寺に店舗を構えていたことも大きく関係していると思うのですが、確かに「東急百貨店吉祥寺店」は当時の「伊勢丹」や「近鉄東京店」に比べても輝いていましたねキラキラキラキラで、久しぶりに同店に立ち寄りましたところ、なんと百貨店に100円ショップの「セリア」と、家具の「ニトリ」がテナントとして入居していましたびっくりこうしたことは、例えば平成後期から令和の今に至ってはイオン系列のモール商店街などでは頻繁に見かける光景ですが、名の通った百貨店がテナントを入れる事に際してここまでするとは…“ブルータスよ、お前もか”の印象を受けましたニヤニヤ

こちらは「東急百貨店吉祥寺店」から東側に入った「ダイヤ街」の西側部分。

こちらは行列必至のお肉屋さん。なんでも和牛100%のメンチが有名らしいのですが、chuは🐄肉は食べられないので、その列に加わることはありません口笛ですが超有名店ですので参考までにオフィシャルWebをリンクしちゃいましょうかニヤリ

そしてここからはディープな路地商店街の御案内ウインクなんと、裏路地のようなこちらの商店街!?にもホームページがありましたびっくり

「ハモニカ横丁」は吉祥寺駅出てすぐの細い路地にある商店街で、縦横に伸びる細い路地が幾重にも入り混じっています。この一角には東側(JR吉祥寺駅側)から仲見世通り、中央通り、朝日通り、のれん小路、祥和会通り、の5つの通りで構成されています。これだけ小さな一角に、5つもの通りがあり、その一つ一つに名称まで付いているということにも驚かされますが、その細い路地の中には一軒一軒のお店の規模は大きくないものの、飲食店をはじめ、魚屋、漬け物屋、洋服屋などのお店が軒を連ねています。また「ハモニカ横丁」のルーツは、第二次世界大戦後の1940年代後期、荒廃した吉祥寺駅前にできた闇市からなのだそう。なのでその闇市の名残なのでしょう、入り組んだ細い路地の中に小ぢんまりとした商店がぎしりとひしめき合っているのです。また「ハモニカ横丁」という名前が付けられたのは武蔵野市在住の作家、亀井勝一郎さんが昭和37年の市政講座で、小さなお店がぎっしり並ぶ様を「ハーモニカ」の吹き口に例えたことが最初なのだとか。ハーモニカ横丁が時代の流れと共に、より発音しやすい「ハモニカ横丁」に落ち着いたのだそうです爆  笑このような「ハモニカ横丁」は“ふらっと行きたい穴場スポット”としても知られており、立派なアーケードが連なる商店街の中で、ここだけが異次元な空間目この雰囲気を味わうことなくして吉祥寺の魅力に触れることは出来ませんビックリマーク

たまたまchuが訪れた時はシャッターが閉まっているお店が多かったのですが、しかしこれは“シャッター通り”ではありません爆笑この時間帯はまだ昼過ぎと言うこともあり、営業時間前のお店が多かったニヤニヤそのため「ハモニカ横丁」には昼と夜、二つの顔があると言われており、“昼間は散策、夜は冒険”なんてテーマで訪ね歩いてみたい場所でもあるのですウインクなお数少ないながらもこの時間帯からオープンしているお店は、とっても味がある感じのお店でしたウインク

いかがでしたかウインクざっくりとでしたが吉祥寺駅北口にある複数の商店街を歩いてきました。そして学生時代のchuであれば授業の終わった夕方から街をぶらぶら歩き、そして夜の帳が降りた頃を見計らい「インディペンデントハウス」に行き、もはや今では“死語”になりました“Fever”なんてしてたのです爆笑ん、あの頃のchuは若かったですw爆  笑今はそんな元気はありませんグラサン

 

こちらは吉祥寺駅北口のバスロータリー。東武東上線の成増駅南側を通る川越街道には「成増町」というバス停があり、吉祥寺と成増とを繋ぐこのバスは「吉60」系統。武蔵野市、練馬区、埼玉県和光市、そして板橋区を縦貫する比較的長い路線のバス系統で乗車時間は1時間を優に超すのですが、全線乗り通したとしても均一料金で230円ですから驚きの安さですびっくり

実家が練馬区の西武池袋線の石神井公園駅近くに転居したことから、吉祥寺からはこのバスを利用してたまぁに行き来していたことを思い出します。こちらが「吉60」の路線図。「成増町」まで乗ることはありませんでしたが、それでも途中、横切る西武線は、新宿線、池袋線とも当時は踏切でしたので踏切渋滞には閉口したものでしたあせるあせるあせる(現在では池袋線の石神井公園駅付近は高架化されましたが、新宿線の上石神井駅はまだ踏切ですゲロー)

時刻表です👇あまり本数は多くなく、しかも路線バスとしては長距離を走る上に慢性的な踏切渋滞が重なりますから、時刻表などあって、無いに等しかったですねグラサン

さて、今度は吉祥寺駅の南口にやってきました走る人走る人走る人「KEIO吉祥寺駅」とありまように、吉祥寺駅には京王井の頭線も乗り入れています。井の頭線は吉祥寺と渋谷という共にお洒落で人気の高い街をJRよりもかなり短い距離で結ぶ路線でして、所要時間と運賃はともにJR線(中央線で新宿乗り換えの山手or埼京線)を凌駕(安い)する高パフォーマンス路線ですウインク

ただ南口の駅前はとてもごちゃごちゃしていて、吉祥寺駅周辺にしては魅力は少ないニヤリですが井の頭通りを過ぎるとその様相は一変びっくり正面には「〇I〇I」が。この「〇I〇I」、今ではファッション系の取扱いが主な商業ビルとしての形態転換に成功し、若者が集う場所になりましたが昔は「丸井百貨店」と言う、やはり“月賦販売”を主力としていたお店爆笑“月賦制百貨店”では若者は呼べませんよねニヤニヤまた吉祥寺駅の南口にはバスロータリーはなく、バス停は系統別に分かれて井の頭通り沿いに並んでいます。

「〇I〇I」の西側に隣接して井の頭公園に向かう道…正式名称は「七井橋通り」なのですが通称“公園通り”が始まりますニコニコこの通りの両脇には個性的なお店が軒を連ねており、先ほど歩いてきました北口商店街とは一味異なる、魅力ある散策路になっていますウインク

そして“公園通り”の南端で井の頭公園の出入り口と接しているのが「いせや」さんウインク吉祥寺には3店舗を構える「いせや」さんですが、ここは文字通りの公園店ビックリマーク

で、chuたちの仲間内では“コンパと言ったら「いせや」”が絶対でしたチューそして何と言っても焼き鳥の価格は1本100円からと、超破格値ポーン(もちろん、当時はもっと安かったビックリマーク1本30円もしなかったようなキョロキョロ)店内に入らなくても、お持ち帰りが出来ますのでこの時もよっぽど立ち寄ろうかと思ったのですが、お腹と相談してやめときました爆笑16時の生ビール日本酒会開始は迫って来てましたからねウインク(なお、お持ち帰りで焼き鳥を数本買ったとして、この近辺で飲み物生ビールを販売しているのは公園内の売店となりますから“公園価格”に爆  笑コンビニは公園近くにはないので吉祥寺駅南口まで戻らなきゃですあせるあせるあせる「いせや」さんでお持ち帰りを考えている方は、先に駅周辺のコンビニで飲み物を調達されることをお勧めいたします)

「吉テレ」さんが取材されましたYouTube、リンクさせて頂きますねウインク

今回、御案内させて頂きました位置は吉祥寺駅北口のアーケード商店街などが① 駅南口の“公園通り”や「いせや公園店」が②となります。ここまでお散歩に御同行下さり有難うございましたウインク