『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(六・人選基準の整理と残る疑問)
6.五虎将の人選基準 ここまでの整理(※1)『水滸伝』の五虎将には、関勝、林冲、秦明、呼延灼、董平が名を連ねています。いずれも武勇に優れる好漢ですが、関勝、林冲、秦明、呼延灼に比べると、董平の物語における重要度や活躍度は一歩譲る印象があります。そこで、五虎将の共通点を出発点として、どういった条件で人選されているのか検討を行い、以下の考えに至りました。人選基準として有力な共通点は「朝廷や州・府が関わる官軍で、指揮・指導する立場にあった」であり、この条件を満たす好漢の中から、物語での重要度や武勇の高さなどの要素を加味して、5人選んだのではないか。その根拠ですが、まず五虎将それぞれが梁山泊に加入する前、全員官側の人物で以下のような経歴を持っています。・関勝と呼延灼は、朝廷から梁山泊討伐軍の主将に任命された。・林冲は禁軍(皇帝を守る軍)の槍棒班教頭だった。・秦明と董平は、州や府という大きな行政単位の軍を指揮する立場だった。いずれも、高い武勇や軍の指揮能力が求められる立場です。『水滸伝』で記される地位が、宋代の実態を正確に反映しているかは別にして、少なくとも物語では官軍における重要な地位にあったと考えられるでしょう。梁山泊内で軍事面の最高位ともいえる五虎将の権威付けとしてもふさわしい条件です。ただ、同じような経歴を持つ好漢が多く該当するようでは、人選基準として十分ではありません。梁山泊に加入する前、官軍で同等の地位にあった人物を確認すると、以下の2名が該当しました。・徐寧 禁軍の教頭(林冲と同等)・黄信 州または府の兵馬都監(董平と同等)徐寧は林冲と比べると、物語における重要度や活躍度は一歩譲りますし、黄信は梁山泊内での武勇は中程度で、席次もそこまで高くありません。共通点を満たしている好漢であっても、総合的に判断された結果、選から漏れたように思われます。他にも五虎将の共通点として、「武勇に優れている」「個人を想起できる武器を用いている」点が見受けられますが、武勇は同程度の実力を持つ好漢がいて上位5人と考えにくいこと、個人を想起できる武器は多くの好漢で見られることから、人選基準とするには根拠が弱いように感じます。これらのことから、五虎将は「朝廷や州・府が関わる官軍で、指揮・指導する立場にあった」を満たす好漢の中から、物語での重要度や武勇など、他の要素も含めて総合的に人選されたと考えています。7.残る疑問ここまでの五虎将の人選基準を検討してきましたが、一旦その条件を白紙に戻して「梁山泊の軍事面における最高位5人を誰に与えるか」を考えるとどうなるでしょうか。梁山泊の一員としての功績を考えれば、加入が遅い関勝や董平は選ばれないかもしれません。軍を率いて戦った経験を重視すると、林冲は外れる可能性が出てきます。一方で、物語の序盤に主軸になった魯智深、武松、史進や、出自や由緒を見れば「楊令公の孫」とされる楊志がいます。個人的な強さであれば花栄、張清、孫立らがおり、強さと人柄を両立させるなら李応、あくまで山賊らしく単純に腕力を追求するなら李逵もいます。多くの有力な候補がいる中で再検討したとして、現状と同じ関勝、林冲、秦明、呼延灼、董平が選ばれるとは限らないように感じ、実に様々な5人の組み合わせが登場しそうです。衆目の一致する5人を選ぶことが難しいとなると、どうあっても選から漏れる有力な好漢が出てきます。五虎将は全員優れた人物ではありますが、他の有力な好漢にはどのような役割を与えられているのでしょうか。「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(七・有力な好漢の役割)」に続く(関連ブログ)「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(一・はじめに)」「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(二・五虎将の共通点)」「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(三・共通点の検証)」「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(四・他に共通点はないか)」「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(五・五虎将から漏れた好漢)」前回「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(六・人選基準の整理と残る疑問)」本ブログ「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか(七・有力な好漢の役割)」次回(続き)(※1)本稿ならびに一連の記事「『水滸伝』の五虎将はどのように人選されたか」を著すにあたり、主として現代語訳は岩波文庫『完訳水滸伝』、原文はWebサイト「中國哲學書電子化計劃(https://ctext.org/zh、2026年9月時点)」の『水滸伝』を参照しています。なお、前者(訳)は100回本、後者(原文)は120回本であり、対応しない箇所はありますが、本稿に必要な範囲では問題ないものと考えています。また、言葉の意味や表記は、以下のようにしています。・名前の前の数字を記載している場合、梁山泊内での席次が第何位であるかを表しています。・「好漢」は36の天罡星[天コウ星]、72の地煞星[地サツ星]を宿星とする108人を指します。・「武勇」は戦場で個人として戦う時の強さ、武芸の腕前を指す言葉として使っています。・梁山泊内における役割の表記は、原文(漢字は日本での字体にしています)および岩波文庫『完訳水滸伝』と以下のように対応しています。「五虎将」・・・原文「馬軍五虎将」、岩波「騎兵五虎将」「八驃騎」・・・原文「馬軍八虎騎兼先鋒使」、岩波「騎兵八驃騎兼先鋒部隊長」「小彪将」・・・原文「馬軍小彪将兼遠探出哨頭領」、岩波「騎兵小彪将兼遠距離斥候隊長」「歩軍頭領」・・・原文「歩軍頭領」、岩波「歩兵隊長」「歩軍将校」・・・原文「歩軍将校」、岩波「歩兵将校」「水軍頭領」・・・原文「四寨水軍頭領」、岩波「梁山泊四寨水軍隊長」なお、「八驃騎」の原文は「八虎騎」で「虎」になっていますが、岩波文庫の訳以外にも「馬軍八驃騎兼先鋒使」と表記されている場合があり、五虎将との違いを識別しやすいように「驃」を採用しています。