1.改名した人物の中で、陸遜は注目されている

名前が変わった人物は、歴史上の様々な時代や地域で見られますが、三国志の世界も例に漏れません。史書を見ると、例えば以下のような人物で改名(※1)したことが記されています。(※2)

王朗 王厳→王朗
程昱[程イク] 程立→程昱[程イク]
関羽(字) 長生→雲長
徐庶 徐福→徐庶
簡雍 耿雍→簡雍
李厳 李厳→李平
馬忠 狐篤→馬忠
王平 何平→王平
朱然 施然→朱然
陸遜 陸議→陸遜

これらの人物の中には、改名の理由や時期が記されている場合があり、簡単ながら以下に数例取り上げます。

・程昱[程イク]・・・呂布から兗州[エン州]を守ったあと、「泰山で太陽を捧げる」夢の話を聞いた曹操が改名させた
・李厳・・・230年に漢中に赴任した頃に改名した
・簡雍・・・元々姓は「耿」であったが、幽州の人の発音に従い「簡」に変えた
・馬忠、王平・・・母方の姓から変わった

一方、関羽や徐庶、陸遜は、『正史三国志』に改名したことが書かれているだけで、理由や時期はわかりません。中でも陸遜については、「いつ頃、なぜ改名したのか」検討されることが、他の人物より多いように思います。改名したほとんどの人物は、『正史三国志』で改名前か改名後のどちらかで表記が統一されています。ところが陸遜は、呉書が概ね「陸遜(改名後)」、魏書と蜀書は概ね「陸議(改名前)」になっていつつ、一部に例外が混在していることから注目されるように思います。

なお、混在という点では、李厳も「李厳(改名前)」と「李平(改名後)」の両表記が見られます。しかし、時期が明確であるためか、改名を境に「李厳」と「李平」が使い分けられています(※2)。また、李厳は蜀書のみの登場で、陸遜のように広く登場しないことから、改名したことにあまり謎を感じないのかもしれません。

「陸議から陸遜に改名した時期と背景に関する一説(二・改名時期を絞り込むには)」に続く

(※1)
例に挙げた馬忠や王平のように、母方の姓から変わったことを「改名」に含めるべきか、判断に迷うところはありますが、本稿では個別の事情は考えず、姓、名、字のいずれかが変わったことを「改名」としてまとめます。

(※2)
改名したことは、それぞれ『正史三国志』の以下箇所に記されています。
王朗 王朗伝『魏略』引用部
程昱 程昱伝『魏書』引用部
関羽 関羽伝
徐庶 諸葛亮伝『魏略』引用部
李厳 李厳伝
簡雍 簡雍伝
馬忠 馬忠伝
王平 王平伝
朱然 朱然伝
陸遜 陸遜伝