東京は丸の内の出光美術館で開催中の「大雅・蕪村・玉堂と仙厓」展を見てきたのですね。

池大雅、与謝蕪村 、浦上玉堂(てっきり川合玉堂かと思ってました)、

そして仙厓 和尚の作品を並べて展示されておりました。


「大雅・蕪村・玉堂と仙厓」展@出光美術館


ただこの展覧会は副題に「笑(わらい)のこころ」とありますように、

見ている方までニヤリとする面白さを追求しているのでして、

見る側としては何の説明もなしににやりとさせられる点においては、

仙厓和尚がやはり一番手と言わざるを得ないような。


とはいえ、解説も参照しつつ見さえすれば、池大雅の「十二ヵ月離合山水図屏風」その他に

ところどころで出てくる唐子には、確かに笑いを誘われる面もあろうかと。


さりながら、そうはいってもやっぱり仙厓です。


仙厓「行脚僧画賛」


例えば「行脚僧画賛」に寄せた賛は「お影でたすかる南無酒か如来」。

描かれているのは、にやけだらけた顔で徳利(ひょうたん?)から酒を飲む坊主の姿。

「こうあってはいけんよ」という戒めと言いながら、

これだけ心地よさそうな姿を見せられますと、坊主ならずとも凡人ならなおのこと、

「南無酒か如来たぁ、こりゃいいや!」となりそうですものねえ。


もひとつ老境に迫りつつある身(?)にはいささか辛辣と思えるのが、「老人六歌仙画賛」でしょうか。


仙厓「老人六歌仙画賛」(出光美術館ポストカードより)
しわがよる ほくろが出る 腰が曲がる
頭がはげる ひげが白くなる
手はふるえる 足はよろつく 歯は抜ける
耳は聴こえず 目はうとくなる…

ちょっと前にアメブロ独自のブログネタに「年をとったと感じる瞬間」なるお題がありましたけれど、

こうしたことが結構我が身のことになってくるのですよね、冗談でなくして…。

ただ、身体的な部分だけならまだしも、賛の続きはこうなります。

心は曲がる 欲が深くなる
くどくなる 気短かになる 愚痴になる
でしゃばりたがる 世話やきたがる

いやはや「こうはなりたかぁないよねぇ」ということどもを並べてくれているわけで、

なりたくないと思ってもなってしまったりするんですかねえ。

ここまでくると、笑ってもいられないかと…。


絵は描けなくとも、客観視できるだけのものを

仙厓和尚にあやかっておきたいものだと思うのでありましたよ。

1741年。

アントニオ・ヴィヴァルディウィーン に客死す」の報がヴェネツィア のピエタ養育院にもたらされた。


赤毛の司祭と呼ばれ、このピエタ養育院で音楽教育に携わったヴィヴァルディを偲ぶ声がひきもきらず。

思い出話に花が咲く中で、養育院外からの通いの生徒として音楽を学んだヴェロニカが

今では養育院の事務を取り仕切るようになっているエミーリアに

ヴィヴァルディが書いた、ある楽譜の行方を探してほしいと依頼するのですね。


養育院で共に音楽を学んだ間柄とはいえ、孤児として他に居場所なく育ったエミーリアとは違い、

ヴェロニカはれっきとした貴族のお嬢さま。


「楽譜が見つかったら、これまで以上の寄付をするわ」

逼迫する財政のみならず、ヴィヴァルディ先生がヴェロニカに残した楽譜とは…?


関係先をあれこれ尋ねるうちに、

エミーリアは尊敬おくあたわざるヴィヴァルディ先生の隠された部分を知ることに…

こうして語り起こされる物語が大島真寿美さんの小説「ピエタ」でありました。


ピエタ/大島真寿美


史実と虚構を巧いこと綯い交ぜにしたお話の中で、

このピエタ養育院でヴィヴァルディから音楽の教えを受けた「合奏・合唱の娘たち」の活躍というのは、

実際たいへんなものであったようですね。

当時の客観的記録として、ジャン・ジャック・ルソーはこんなことを書き残しているそうです。

スクオレというのは、貧しい少女たちに教育をさずけるために設けられた慈善院で、共和国政府は、やがて彼女らが結婚するなり、修道院に入るなりするときに、資金をだしてやることになっている。こうした少女たちにおさめさせる芸のうちで、音楽は第一位をしてる。毎日曜日、これらのスクオレのそれぞれの教会堂では、晩祷のあいだに、大合唱と大管弦楽によるモテットをうたう。…この音楽ほど官能的で、心をうつものはないと思う。

孤児であるという出自はともあれ(と、片付けられるものでもありませんけれど)、

こうした活動を通じて生き生きとした生を享受する姿というのは、本書を通じても感じられないではない。


当時のヴェネツィアは、本書の中で描かれるようなカーニバル期間の誰しも仮面をつけているような

妖しげな雰囲気をぬぐい去れない世界ながら、そうした世界と表裏のようでありながら(だからこそ?)

一面しっかりと、一面健気に生きているのだなと思ったりするわけです。


ということに思いを致すと、ヴィヴァルディという音楽家の存在、ヴィヴァルディを描くということは

どうでもいいことのようにも思えないではない。

そのくらいの普遍性を包含したものであるからでしょうかね。


もちろん全てが史実ではないにせよ、そうした物語に実在の人物が絡み、

しかも絡むにあたっては史実もおざなりにはしないとなれば、効果もいや増すことになろうかと。


かつて史実に創作の手を加えた作品を疎んじていたことがありましたけれど、

(もちろん吉村昭さんも言うように埋めねばならぬ部分があることは確かながら)

創作の部分を加えることを潔しとしていなかったのですね。若気の至りですが。


今は大人になってそうしたこだわりよりも、

印象に残る話を紡げるならば歪曲しない限りありかと思ったり。

いつぞや、こうした歴史上の人物を配した物語を自ら作り出すというのも

やってみようかな…てなことを思ってしまいそうになるだけの刺激をもらったのでありました。

先日、映画「赤い河」を見ていて「おやぁ?」と思ったのは、その音楽。
映画としては初めて見たのですけれど、時折流れるメロディには妙に聞き覚えがあるという。
なんだったけなと考えて思い出してみれば、映画「リオ・ブラボー」の挿入歌「ライフルと愛馬」でありました。

「赤い河」も「リオ・ブラボー」も共にハワード・ホークス監督作品でもって、
いずれの音楽もディミトリ・ティオムキンが担当していることから11年の時を経て、
メロディの再活用となったのでありましょうかね。

リオ・ブラボー [DVD]/ジョン・ウェイン,ディーン・マーチン,リッキー・ネルソン

「リオ・ブラボー」は1959年の作品で、その後のマカロニ・ウェスタン(米国風にはスパゲティ・ウェスタン?)に
本場西部劇のお株を奪われるちょっと前の娯楽活劇大作なのですね。

それだけに?トランペットをフィーチャーした挿入曲「皆殺しの歌」なんぞは、
マカロニ側にもしかして影響を与えたのではないかと思ってしまうところです。
ちょっと聴いてみるとしましょう。



どうでしょ?いささかマカロニっぽくないですか?

では全編にわたってマカロニっぽいかと言えば、さにあらず。
先に触れた「ライフルと愛馬」の方はショービズっぽいディーン・マーティンにぴったりの曲でありますね。
こちらも聴いてみますかね。



いかがでしたでしょうか。
ディーン・マーティンにリッキー・ネルソンのギターとウォルター・ブレナンのハーモニカ。
何でしょうね。なんかいい感じ。
実はこの後に続けてもそっとカントリー調の「シンディ、シンディ」という曲が続いて、
これはこれでウェスタンの酒場かなんかを思い出す良い曲だったりするという。

でもって面白いのはですね、
こうした音楽絡みのシーンでは主演のジョン・ウェインがまるっきりいいとこなしという。
歌は苦手だったんでありましょうか。というより、歌ってる姿が浮かびませんが…。

「ライフルと愛馬」の映像の中でもちらりと顔をのぞかせるものの、
なんとも居心地の悪そうなお顔つき。
心の中では「タフガイは歌じゃぁないけんね」と思ってたりするのかもですね。

実際(?)歌ってるディーン・マーティンの役どころは、
かつて駅馬車でやってきた女に恋い焦がれた揚句、降られてアル中になってしまった保安官助手
てなことですから、そりゃタフガイとは違いまさぁねえ。

そうは言っても、アンジー・ディキンソンにあっさり籠絡されるジョン・ウェインも
言えたもんではありませんけどね。

とまれ、思い出しついでに「リオ・ブラボー」をまた見てみましたけれど、
なかなかどうしての娯楽作だとは思うところでありますよ。

山梨の土産にもらった桔梗信玄餅。


桔梗信玄餅6個入り【お土産マップ 山梨】

小分けされた包みを開いて、たっぷりきな粉の上に黒蜜をとろぉりと。

多少まぜまぜして、いただきます!


…なんですが、どうしてもきな粉がこぼれまくって仕方がない。

いったいどうやったら、あの小さな容器のまま、きな粉をこぼさずに食べることができるのか??

もともと器用な方ではないにしても、何かしら妙案があるのでありましょうや?


そんなことを書くと、何かしら妙案をおせーてくれる方がおいでかと思ってわけですが、

念のためと発売元の桔梗屋さんのHP を見て、びっくり!!!


おおおおお!

菓子皿にあけてから食するのであったくわぁ!


今まで何度も桔梗信玄餅を食べておりますが、そのたびにぼろぼろきな粉をこぼしつつ…。

他の器にあけてなんつう体裁の良いことは全くもって考えたこともなかったものですから、

衝撃を隠せぬわけでありますが、これって常識でしたかね…。


いやはや何ともお恥ずかしい…。

ちょおっと気になっていたニューオータニ美術館の「北斎とリヴィエール」展を覗いてみたのですね。

この美術館はいつもガラガラですのに、今まで訪ねたうちではいちばんの入りの良さ、

やっぱり葛飾北斎の人気ゆえなのでありましょうかね。


「北斎とリヴィエール」展@ニューオータニ美術館


副題に「三十六景の競演」とあるように、

葛飾北斎の手になる「冨嶽三十六景」の全46点(追加10点を含む)と

これに触発されてアンリ・リヴィエールが制作した「エッフェル塔三十六景」全点を一挙公開という、

小粒ながらもぴりりとした企画なのですね。


ロートレック と同年(1864年)生まれのアンリ・リヴィエールもまた当時の画家たち同様に

19世紀末のジャポニスムの影響を受けたわけですけれど、

それにしても「エッフェル塔三十六景」とは?!興味津々ではありませんか。

面白いことを考える人もいるものだなと。


アンリ・リヴィエール「エッフェル塔三十六景」扉絵(本展フライヤーより)



最初は浮世絵 よろしく木版で制作を始めたらしいところが、

やはりずいぶんと手間がかかると考えたのか、ほどなくしてリトグラフに切り替えたのだとか。


で、全体を展観して思うところは、「エッフェル塔三十六景」がどうのというよりも

「浮世絵ってのはすごいねえ!」ということの方なのでありました。

これは浮世絵が手間のかかる木版でできてるということにとどまらず、です。


ジャポニスムの影響としては、

日本風の小道具や衣装を配して描かれる作品というのがまま見られる一方で、

あたかも写真のような切り口を見せる構図なんかも挙げられますね。


リヴィエールの描き出したエッフェル塔を垣間見る風景の数々には

ものの見事に北斎や広重 の作品から構図を持ってきたものが多々あるという。

そばに置かれた参考画像の北斎や広重を見て「なるほどねえ」と思うとともに

改めて見れば見るほど「大胆だぁねえ、この構図」と思ったりするわけです。


こうした思いをもって、リヴィエール作品から北斎の「冨嶽三十六景」に目を移しますと、

今さらながらの驚きに包まれることしばし。


葛飾北斎「冨嶽三十六景」より「常州牛堀」


例えば、これは「常州牛堀」という一枚。

ぱっと見、「何がどうなっちゃってんの?」とも思うところですけれど、

常州ということでおそらくは霞ヶ浦の広い湖面越しの富士ということながら、

右手前の岩陰からぬうっと舟が出てきた一瞬なわけですよ、これは。


舟の後ろがまだ現れていないだけにとても動的な印象を与えますし、

そうした動的な場面の一瞬を切り取る写真っぽさが感じられるのではないかと。

突飛な喩えかもですが、「スターウォーズ 」の冒頭部を思い出してしまいました。


それこそこうしたびっくりが北斎(そして広重の参考図像)からはたくさん伝わってくる。

かといって本展は決して

「東かた、エッフェル塔三十六枚目 アンリ・リヴィエール、フランス出身、リトグラフ部屋。

 西のかた、冨嶽三十六枚目 葛飾北斎、東京都出身 浮世絵部屋。 待ったなし!!」

みたいな勝負事ではないのですけれど、どうしても軍配は西方に挙げてしまうのですよね。


…ということで、いつになくニューオータニ美術館が混んでいるのも頷ける展覧会でありました。