何とも久しぶりに韓国映画を見たのですね。
しばらく前には結構見に行ったこともありましたけれど、
やたらにたくさん紹介されるようになるとどうも二番煎じ的なものが多いような気がしてしまい…。
もっとも、これは日本の映画にもハリウッドものにも言えることでしょうけれど。
とまれ、「殺人の追憶」やら「大統領の理髪師」、
「南極日誌」(これは怖かった、怖がりなのに間違って見てしまった…)やらで
印象に残るソン・ガンホが出てるということと「イル・マーレ」のイ・ヒョンスン監督が撮ったということを
新聞の映画紹介で見たものですから、「こりゃ、見てみるかいね」と思った「青い塩」でありました。
ヤクザの世界から足を洗って、母の郷里釜山で料理店を開こうと料理教室に通う「おじさん」ドゥホン。
料理教室で偶然?ペアになる、不自然なほどに翳りを湛えた若い女セビン。
そうそう簡単にヤクザ稼業から足を洗えないのは
映画の定石(現実にもそうかもですが…)で波乱は必至ですし、
女性の方もかほどにわざとらしい翳りには並々ならぬ曰くがあるに決まってるという
先が見え見えの幕開きです。
韓国での公開時にはかなり散々な批評のされ方だったようでして、
プログラムに紹介されていた韓国日報の評はこんな具合。
映像美にフォーカスを当てたせいで、無理のあるストーリー展開になってしまって残念
確かにとってつけたような人物設定とシチュエーションの作り方なのですよね。
ストーリー展開には(個人的な理解不足も伴ってでしょうけれど)「わからんなぁ」という部分があちこちに。
最後の最後、どうやって終わらせるんだと思っていたら、
アメリカ映画の犯罪コメディでまま見かけるようなエンディングで「結局、そうか」と。
そうではありながら、こういうのもなんですが、この映画には魅力がありますね。
先の映画評で「映像美にフォーカス」と言っているのはその通りでして、
「イル・マーレ」の詩情を頭の隅に残していた者からすれば、この点では期待通りとも言えますし、
監督のみならず撮影監督はどんな人だろうかと常日頃では考えてもみない点にも思いが行くくらい。
スタイリッシュな映像とも言えるかなと思いますけれど、
都会の情景を切り取った部分やカーチェイスなどのスピーディーな展開部分などでは確かにそうなのですが、
それだけでは(恥ずかしげもなく)「詩情」といった言葉にしっくりくるものではなかろうかと。
すっかり中年のおっさんになってるドゥホンが
(おそらくは)半分以下の年齢でもあろうかというセビンを「愛しているのか」と問われ、
愛にもいろいろあることを例えて「いろんな色の愛がある」と答えるところがあります。
そのやりとり自体もソン・ガンホが味を出しているところですけれど、これを聞いて
「映像から受け取るものも、ここでいう愛の色のようにいろいろあるなぁ」と思ったりしたのですね。
映像勝負の映画もあることはありましょうけれど、
タイトルとも絡む青さを湛えた塩田のシーンは「狙いにいってる」ものの、
そうではない普通のシーン、普通だったら見過ごすシーンで「うむぅ」と感嘆してしまうのでして。
ですから、ストーリーがどうのっていう部分をあんまりとやかく言うことは「おいといて」という映画なのかもですね。
暴力的なドロっとした映画は多々ある、コメディも恋愛ものも韓国映画は得意中の得意。
ところが、それぞれの要素を持ちながらそのいずれにも流れることなく、
ある意味「中途半端」の謗りにも繋がるのを承知の上で作ったとしか思えないような気がするわけです。
通しではまとまったストーリーとして見るよりも、
その映像をたっぷりと堪能することにして、部分部分では個々のエピソード、
フィルムノワールのようなところであったり、コミカルな会話であったり、
不思議な恋愛っぽさであったりといったあったり、
そしてソン・ガンホのそれぞれの場面での変わり身演技に目を向けることで
見る側にしてみればこの映画の存在価値はありと思ったりもするのでありました。






