北朝鮮抑留 | MESSAGE + Private Note

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メッセージ+プライベートノート

私は北朝鮮で何の罪も犯していませんでした。
20年近くの間、北朝鮮で悪いことをしたことも、不徳を致す及ぼすようなことも一切なく、振る舞いにも非常に気を付けました。数百人の証人が教会にいます。

にもかかわらず、当局が私を収監した理由は、私が脱北者を助けていたこと、北朝鮮の国連大使に福音を伝えたことで、私の国籍がカナダでなかったら、そこで死んでいたでしょう。

ところがそこにいる間、神様が力を下さって、死刑も怖くなく、うちの家内や会いたかった人が多いでしたが、天国でみんな会えると思うと、慰めとなりました。神様の仕事をたくさんできなかったのが残念でした。そんな中でも、「このままで生きたくありません。早く(天国に)連れて行ってください」と祈るほど辛い時期も何度かありました。

ところが神様は私に死を許して下さいませんでした。その時悟ったのは「殉教も誰にでもできることではないな」ということ、資格不足で私はできませんでした。

あまりにも矛盾して非合理的な裁判を受けたイエス様の苦難と死に比べれば、私の裁判の状況も全て慰めになりました。

10カ月の長い調査の末、死刑という最後の裁判を受けました。ただ訓戒措置として警告し、放免してくれるだろうと思っていましたが、検察が死刑を求刑しました。検察は私と5分程度しか話し合ったことがありません。

その次に自分たち同士で入ってきて何とか話し合うと、最終的に私に無期労働教化刑判決を下しました。私がやったことが北朝鮮でこれだけ深刻な罪だとは知りませんでした。スパイ罪も私の罪に比べれば何でもなかったです。

監獄でしばらく黙想する間に神様が私に平安を与えてくださって、あの夜夢を見せてくださいました。その夢に頼って2年6ヵ月9日間、その夢に頼って堪え忍びました。夢は短かったのですが、生々しくて忘れられない夢でした。夢は短かったのですが、生々しくて忘れられない夢でした。

その夢は、金のガマの夢でした。金のヒキガエルが大きな虎の姿をしていて、口も大きいのが何を食べたのか、よだれをたらたら流しながらずっと何かを食べ続けていました。夢の中で私は小さな姿でその前にぽろりと落ちました。

私が食べたければそのまま食えば良いのに、ただ私を見ながら何かを噛んでばかりいました。その顔が虎にも見えて、また人に見える怪物のようにも見えました。私には生々しいですが、皆さんの前でそれを表現するのは少し難しいです。とにかく、私は土の中に入って逃げました。その虎は私からだんだん遠ざかってきて、その時まで私を殺す気はなかったのです。そして、何かをずっと食べていました。そんな中、短く言えば、退屈なほど長々しい道が右に折れ曲がるところで、主の両手が表れ、私を持ち上げて地面に降ろしてくださり、地上に出ることができました。

夢の中に出てきたヒキガエルは神様のユーモアでしたが、私が若い頃、幹事として14年間大学生を教えた時、学生たちが私につけてくれたあだ名がヒキガエルでした。ところが、夢の中のヒキガエルは真っ黒なヒキガエルではなく、金色の赤みがかったヒキガエルの姿で現しました。

あの時思い出したのが、ペテロがイエス様を3度否認した後、逃げてガリラヤで漁をしていた時、復活されたイエス様がペテロのところに来られて、「ヨハネの子シモンよ」と彼の昔の名前を呼んで下さったのです。ペトロは多分びっくりしたでしょう。ペトロがイエス様が付けて下さった名前でしたが、その時は昔の名前だったシモンと呼んでくださいました。それが思い浮かびました。

ヒキガエルというニックネームを持っていたその時代が私にとって霊的にも若くて、神様のために働きながら純粋に生きていた時間でしたが、神様がその名前を呼んで下さって、過去を思い出しました。
それとともに夢の中で、私を両手で抱いて地面に降ろしてくださいますが、前にとても平和な川が流れ、森が茂ったところでした。そして「あなたにすべての自由を与える。心安らかに行って思う存分働きなさい。」という、 そういう夢でした。

その日からその夢を忘れずに、それに頼んで、神の手の現れを待ちながら、その方が私を自由にしてくださる時があるだろうという考えで耐えてきたのです。しかし今日のこの時間が来るまで待つことはやさしいことではありませんでした。

6ヶ月が過ぎて釈放されるだろうと予想していたが、6ヶ月が過ぎても連絡はありませんでした。ここに出てみると、その時期、失踪ニュースや私に関するありとあらゆる推測性の高い報道がありました。私はそれらを全く知りませんでした。

主がいつもお言葉を通して私に下さったお回答は「たとえ、遅くなっても、待っておれ。(ハバクク書 2章3節)」ということでした。

そのうち2017年8月9日になりました。釈放15分前に私は釈放について通知されました。その日も私が教化所の畑で労働をしていましたが、突然呼ばれ、荷造りをさせられて釈放されました。それまでは私はもちろん、そこの幹部たちもカナダから来た特使たちも知りませんでしたのです。目隠しをされたまま平壌に移送されて、ある部屋に入ると、一方には北朝鮮代表数人、その反対側にはカナダ人の特使6人が座っていて、両側とも緊張状態でした。

「北朝鮮代表が、ある宣言文を朗読しているが、文章一つ一つが整理されておらず、急いで書かれた感じがしました。そして、最後に「カナダ公民のイム·ヒョンスを釈放する」という言葉で朗読文が終わりました。 そこで初めて釈放を通知されて、カナダ人の人達に引き渡されました。

北朝鮮人の人達は「一切の希望を捨てろ。少なくとも15年は北朝鮮に捕まえておく」と言い、自分たちの好きなように私をいました。彼らは私が最低10年以上いることと知っていました。ただ私だけが心の中で、「あなたたちがそうしたって、神様がお望みになれば、私はいつでもここを出て行けるから心配はない」という思いをしていて、現実の中の展望はとても暗鬱でした。

そうしているうちに神様の時間になって釈放された時、外の状況をみると、私を釈放して下ってもいいような状況ではありませんでした。アメリカと北朝鮮との間では緊張状態が続いており(2017年8月)、そんな中で私を解放できるパワーは、北朝鮮では一人しかいませんでした。 突然神様が彼の心をどうされたのか分かりませんが、彼の決定だったのでしょう。

また、外に出てみると、私の釈放のために努力した方々がたくさんいました。カナダ政府はもちろんのこと、アメリカ政府、韓国政府などとても多かったのです。みんな私のために毎日祈って下さったそうで、本当に感謝でした。

そして、北朝鮮の中でも権力闘争が起きていたそうですが、私の味方の人達は私を助けようと大変努力してくださいました。権力のため私を助けることが難しかったのです。

私の釈放は神様の方法で、神様の時間に神様が主権的に行われたものです。神様はご自分の栄光を人間に奪われないでしょう。私があまりにも辛そうだから、神様が時間を少し早めてくれたのではないかと思います。すべてのことを働かせて益としてくださる神様の時間が一番良い時間だったと思います。

 

-Rev. HSL