神様からもらった最初のプレゼント『天国の人―中国河南省・家の教会の「奇跡と感動の物語」』 | MESSAGE + Private Note

MESSAGE + Private Note

メッセージ+プライベートノート

ある晩、母は朦朧とした状態で寝込んでいた。ところで彼女に突然はっきりとした優しい声が聞こえてきた。「イエスはあなたを愛している。」 母は床に膝をついて涙を流しながら自分の罪を痛悔し、主イエスキリストに再び献身することにした。... 私たちは皆,お母さんの出来事を聞いて神様に人生をささげることを決断した。そして父の体に手を置いて、夜が明けるまで、同じ言葉でお祈りして泣き叫んだ。 「お父さんの命を救ってください!」 翌朝、お父さんの体調は遥かに良くなったことに気づいた。 そして、数ヵ月ぶりに初めて食欲が湧いた。それから1週間もしないうちに彼は全快し,がんは跡形もなく消えてしまった。わが家庭は霊的復興を成し遂げ,家族の生活は急激に変わった。本当にとてつもない能力の時間を体験した結果、イエス様がお父さんを治癒して、ほぼ30年が経った今も私たち兄弟は相変わらず神様と同行している。

...

当時は中国のどこでも聖書は非常にまれだった。聖書を持っていて発覚する日には聖書は燃やされ、所有者の家族は村の真ん中でひどく殴られた。 ...
あの牧師先生は私にこう言った。 「聖書は天の本です。もしあなたがそれを願ったら、天にいる神様に祈らなければならない。あの方だけが、あなたに天の本をくださるでしょう。神は信実のある方です。全心を尽くしてご自分を探す人には必ず答えられます。」
私は彼の言葉を固く信じていた。帰って来た私は石を私の室に置いて、毎晩その上に膝を突いて祈った。 私の祈りはたった一つだけ、とても簡単だった。「主よ、私に聖書を下さい、アーメン。」当時私は祈りをどうするかも知らないまま、そう1ヶ月以上続けた。しかし何も起こらなかった。 ... 牧師先生の家をまた訪ねた。切実な私の気持ちに気付いた先生はこう話した。「本当にそうなら膝をついて祈るだけではなく、断食して泣き叫ぶべきです。もっとたくさん泣き叫べば聖書をもっと早く受け取ることができるでしょう。」 私は家に帰ってから毎日午前から午後まで飲み食いを全廃し、夜には小さいお椀でご飯一杯だけ食べた。 ... 聖書を得るために再び100日を祈ったのだから、もはや耐えることができなくなった。両親は私が精神がおかしくなっていると断定した。 ... そう何ヶ月間、神様に祈りを捧げてぶら下がっていたある日の午前、ベッドのそばで膝を沸かしていた私は突然神様が下さる幻想を見た。私は急な坂を重い車を押して登っていた。家族のために食べ物を求めてある村に行くところだった。幻想の中だが、私は絶食の連続によってひどく飢えて衰弱していたので、かろうじて車を押していた。古い車が今にも後ろに転がって私を襲った。ところが、反対側から三人の人が丘を下りるのが見えた。とても長いあごひげに慈しみ深くできた老人が、蒸したての餅をいっぱい積んだ大きな車を引いており、両側に二人が付き添ていた。その老人は私を見てとても可哀想に思い同情してくれた。幻想の中で老人は、餅を包んだ赤い袋を車からつかみ、そばに立った2人の下僕たちにそれを私に渡してくれと言った。そうして言った。「今すぐ食べないとならない。」 袋を開けてみると、蒸したてのお餅が入っていた。ところで餅を口に入れるや否や、それが聖書に変わるのではないか。直ちに私は幻想の中で聖書を抱いたまま、跪いて神様に感謝しながら叫んだ。...
目が覚めた私は家の中を探しながら聖書を探し始めた。幻があまりにも生々しく、それが夢だったということに気付いた時は落胆したあまり、つい、わあわあ泣いてしまった。...
その時、突然扉をそっと叩く音が聞こえてきた。私の名を呼ぶ、とても穏やかな声が聞こえた。急いで駆けて行った私は、鍵のかかっている戸口から聞いた。「お餅をお持ちですか?」 あちらの優しい声が応えた。 「あなたに餅の祭りをやろうと思って来たんだ。」 それが幻想の中で聞いたのと同じ声だということにすぐ気づいた。急いでドアを開けると、幻の中で見たお使いが、私の目の前に立っていた。手には赤い袋が握られていた。袋を開けて、貴重な私の聖書を取り出すと、胸が高鳴った。二人は静かな闇の中にすばやく消えていった。
私はその二人の名前を後日知った。遠く離れた村から私を訪ねてきた彼ら、ワン兄弟とスン兄弟は私が一度も見たことのなかったその伝道者の話をしてくれた。その伝道者は、文化大革命の時、主を信じるという理由で苦労し、拷問を受ける途中、死に瀕した。
老修道士は私が聖書を受ける数か月ほど前に神様の幻想を見た。神様がある青年を見せながら隠しておいた聖書を彼にあげろと言ったのだった。彼は幻想の中でうちの町の位置とうちの家を見た。その聖書は私が神様からの祈りでいただいた最初の贈り物だった。


(妻の話)
1980年代初には我々の聖書を持った人は誰もいなかった。数百人もの教会信徒のうち、新約聖書1冊だけがあるのみだった。ところで数日後、私たちは待ちに待った聖書を持つようになった。外国のキリスト教の人がいわゆる真珠作戦(Operation Pearl)というものを通じて、聖書を百万冊も船に載せて大胆に中国に送ったのだった。私たちが受け取った聖書は一様に水に濡れていたため、日差しに乾かしながら紙がくっつかないように一枚一枚剥がしておかなければならなかったが、私たちは少しも面倒くさがらなかった。金よりもっと大事なプレゼントだったからだ。
当時ウィンは政府の統制を受けている教会と戦っていたが、神が幻を見せて下さった。幻想の真ん中で、私が壁にかかった鏡に向かって歩いている姿が現れた。鏡を見ると、頭に聖書が2冊置かれていた。
幻想の中で私は鳥のように飛べると気づいた。はばかることのない自由だった。 私は聖書を頭の上に載せて飛び、ある岩の上に落ち着いた。その時、雲のように集まってきた悪い男女たちが岩に立っている私にヤジを浴びせ、汚物を投げつけた。彼らは私を捕まえようとしたが、私はいつでも他のところへ無事に飛び去ることができた。
神はウィンと私が経験する人生がまさにあの幻で見たようなものだということを教えて下さった。私たちは聖霊の中で自由を満喫しながらも、他方では我々を迫害し、倒そうとする多くの敵に出くわねばならなかった。本当に私たちは聖霊のおかげで飛び回ることができるが、いざ地面に降りるたびにそのような人生を経験することになるのだった。