言霊による創造 (生殖器官としての喉(のど)) | 瑞霊に倣いて

瑞霊に倣いて

  
  『霊界物語』が一組あれば、これを 種 にしてミロクの世は実現できる。 
                            (出口王仁三郎)  

 “主(ス)の神より瑞(みづ)の御霊(みたま)太元顕津男(おほもとあきつを)の神に依さし給へる国生みの神業(みわざ)とは、荒果てたる国土を開拓し、神々の安住すべき土地を開かせ給ふの意にして、神生みの神業とは、国魂神を生み給ふの意なり。先づ国を生みて其(その)国魂たる、正しき清き神魂(みたま)を生まざれば、神々は優勝劣敗の気分を起して終に収拾すべからざるに至るを憂ひ、茲(ここ)に国の司たるべき御子を生み給ふの意なり。而して主の神より八十比女神(やそひめがみ)を与へ給ひたるは、現代人の如きヌホコとホトとの接合にあらずして、只両神の真言(まこと)の言霊の水火(いき)と水火とが融合調和し給ふ神業に感じて、ここに神霊胎内に宿りて、終には日を足らし月を満たして呱々の声と共に生まれ出で給ふ神業なり。比女神(ひめがみ)と比古神(ひこがみ)の澄み切り澄みきらひたるスの言霊の水火を初めとし、男神のウ声と女神のア声とここに凝りて神示の神業は完成するものなり。故に現代の如くペニスとムツシエリーとの交接の如き醜猥の手続を取るにあらざるを知るべし。

 世は次々に変り行きて現代人の如き、御子生みの手段を取るに至りたれども、遠き神代の神々は斯かる手段を取るの要なく、清く正しき真言の生言霊(いくことたま)を互に宣(の)り交しつつ、女神は男神に、男神は女神に融合親和して、二神は茲に一神となり、水火と水火とを蒸し蒸して其神業を為し終へ給ふなりき。男神女神が其の豊円なる肌と肌とを抱き合せ給ふ時は、互に舎密電気(せいみでんき)の発生により温熱次第に加はりて、蒸しつ蒸されつ御子の霊(たま)宿るなり。斯くして生れたる男の御子をムス子と言ひ、女の御子をムス女といふは、今に至るまでその称へは同じ。遠き神代に於ける太元顕津男の神が八十比女神に対せる御子生みの神業を聞きて、現代人は一夫多妻の邪道と誤解するの惧(おそ)れあるものなれば、ここに説示し置くものなり。”

 

     (「霊界物語 第七十三巻 天祥地瑞 子の巻」『第二十七章 神秘の扉』)

 

 

・喉(のど)は未来の生殖器官 (声変わりの霊的な意味) 〔ルドルフ・シュタイナー〕

 “そして、何よりもまず、人間は生殖力に働きかけます。生殖力が今日とは違ったものになるというのは、多くの人々にとって表象しがたいものです。けれども、生殖の仕方は変わるのです。今日の生殖や生殖衝動は将来、他の器官に移行変化します。将来の生殖器官となるように準備されているのが喉頭です。今日、喉頭はただ空気の振動を作り出せるだけ、言葉の中にあるものを空気に伝えられるだけであり、言葉の振動に相応しています。が、やがて、喉頭からは言葉の律動が発せられるだけでなく、言葉は人間や物質に浸透されるようになります。今日、言葉は単に空気の振動となるだけですが、将来、人間はその似姿を言葉のように喉頭から発することになります。人間は人間から発生し、人間は人間を話し、作り出します。話し出されることによって、新しい人間が誕生するようになるのです。

 このことが、現在私たちの周囲にあり、自然科学が説明できないでいる現象に光を投げかけます。生殖衝動は再び無性的なものへと変化し、かつての生殖の機能を担います。男性の人体組織は性的成熟期に喉頭に変化が生じ、声は低くなります。声変わりと、喉が将来、生殖器官になるということとは関連しているのです。神秘学は人生の諸事象を解明し、唯物論的な学問が説明できない現象に光を投げかけます。”

 

 “魂によって体を変化させ得るという観点から考察することによってのみ、人間に変容が可能になります。神秘学的な、霊的な意味において優れた思考を通してのみ、心臓と喉頭の変形は行われるのです。今日人類が思考するものが、将来の人類となるのです。唯物論的な思考をする人は将来、奇怪な存在を作り出し、霊的に思考する人は未来の器官に働きかけ、美しい人体を発生させます。”

 

 “真の認識をもって未来に生きようとするなら、これらのことを知らねばなりません。これらのことは人類の中で作用する力であり、これらを認識、顧慮しなければ、目隠しをして世界の中を歩むようなものです。善悪いずれかの方向に向かおうとする力を認識しようとしない者は、人間の義務を怠ることになります。認識のための認識はエゴイズムです。高次の世界を見るために認識しようとする人はエゴイストです。この認識を日々の生活において直接実行しようとする人が、人類の未来への進化に奉仕しているのです。霊学の中に存在するものをつねに実行に移すことを学ぶのには、非常に大きな意味があるのです。”

 

 “唯物論から脱却し、このような指導的な役割を傲慢、高慢さからではなく、義務から行う霊的な協会を考えねばなりません。未来を準備するために、人々は協力しなければなりません。けれども、地域的に結集するのだと思ってはなりません。種族はもはや問題にはならないので、地域性の概念は意味を失っています。健全な未来を作るために、全地球上の人々が霊的に協力することが問題なのです。それゆえ、この最も深く物質の中に嵌(はま)りこんだ時代において、四百年前に、日常生活のすべての問いに答えられる実践的な霊学が薔薇十字会によって打ち建てられたのです。”

 

         (ルドルフ・シュタイナー「薔薇十字会の神智学」平河出版社)