特別支援教育というと特別な何かを期待できると思うのが親心。
就学前にチョロちゃんを連れて学校に見学に行き、チョロちゃん自身が少人数の環境を選びました。
当時は聴覚以外の感覚過敏が治っていなかったし、パニックになる事もあったので、30人以上の子ども達の中で〜ザワザワした環境の中で〜ずっといられないとわかっていたのでしょう。
就学については年中児の時から幾つかの学校に見学に行き、年長児の時は教育研究所で親子で個別の面談や相談会がありました。
校区の学校に自閉症特別支援学級がなかったので、チョロちゃんが校区の小学校で特別支援教育の在籍を希望する場合、新設してもらう必要がありました。
新設は難しいと言われていたので、その場合の特別措置として知能指数が〇〇以下だったら知的障害特別支援学級に在籍して少人数の中での学習環境を整える。という案が出ましたが、2箇所での検査の結果「自閉症…特別支援学級」で判定(?)になりました。
ですから、校区の小学校に自閉症の特別支援学級が新設されない場合は、公共交通機関を使って通学する学校のどれかに決める必要があります。
ずっと待たされて、年を越した2011年2月〜就学を2ヶ月後に控えた〜になってやっと校区の小学校に自閉症の特別支援学級の新設が決まりました!
この当時、地元のあちこちの小学校で特別支援学級が新設されていました。
〜特別支援教育を強化していた時期でしたので〜
チョロちゃんが卒業する頃になってやっと通級特別支援学級の話が出たりしていました。
当時は取り出し授業(?)という事で、時々普通学級に在籍している児童の中で何人かが特別支援学級の教室で授業を受ける子がいましたが、まだ通級の特別支援学級はありませんでした。
小学校では高学年になると算数のTT授業が始まっていました。
少人数制のグループでの学習で、算数が好きなチョロちゃんにはこういった授業も楽しんでいました。
Twitterで今のチョロちゃんは何の支援も受けていないのか?
と、聞かれたのですが、実質的には中学生の頃も特別支援学級では学習保障が期待できなかったので、交流学級で授業を受ける事が多かったのです。
定期試験も普通にみんなと一緒に受けていました。
通知表を2枚出して貰っていたので、その時々の理解度がわかってよかったです♪
「特別支援学級」を文字通り特別視される事も少なくありません。
偏見を持つ教員もいたので中学ではそれが受験の妨げになったのも事実です。
それでも、チョロちゃんが自分で選んで決めた特別支援学級在籍でした。
高校生になって、特別支援教育とは全く縁のない環境になりましたが、全く問題なく過ごしているどころか
「今が一番楽しい」
とまで言っています
特別支援学級はスタートはきっかけに過ぎず、
「働く大人になる」
という大きな目標までのステップの一段だったのです。
そうやって段階的に少しずつ成長してきました。
未だ未だ発達途上だと思っています
凸凹発達の子育て育児を頑張っているお母さんへ
今日も一日お疲れ様でした
明日も一緒に楽しみましょう